作家志望の高校生

Open App

ガサガサと乾ききった落ち葉を踏み砕きながら、秋の山を歩く。薄い長袖で丁度いいような心地よい気温と秋色を孕んだ風は、夏の暑さに参った心を和ませるのには十分だった。
目的は特に無い。強いて言うのなら、散歩がてらの紅葉狩りだろうか。とにかく、外を歩きたかった。ここ最近はずっと蒸し暑く、いかにも夏といった天気が続いていた。それで、涼しい室内で過ごす機会が多かった。その上、間に合わなかった夏休みの課題まで詰め込んでいたせいで家に引きこもっていたのだ。季節感を失ったまま夏が過ぎ、外が恋しかった。
普段訪れないような、少し遠くの山を選んだからだろうか。見慣れない植物や動物がいて、それなりの刺激になった。
満足するまで山を歩いて、麓の街に下りた。小さいが長閑で賑やかそうな街で、このご時世珍しく、駅前商店街が栄えている。電車の時間までまだ時間があったので寄ってみれば、案外悪くない。昔ながらの八百屋や鮮魚店が並び、刃物や陶器なんかの専門店も多い。電車が来るまでの暇つぶしには事足りそうだ。
ざっと全体を見て、気になった店にふらりと立ち寄った。そこは、どうやら古書店らしい。比較的新しそうな本から、色褪せた古そうな紙の本までびっしりと本棚を埋め尽くしている。色々と見て回っていると、ずっと前に絶版した本に出会えた。フリマサイトやオークションアプリでは値段がつり上がって買えなかった本だ。迷わず手に取ってみると、値段は驚異の500円。少しだけ店のことが心配になるほどの価格で即決だった。
さっさとレジに持っていくと、先ほどまで本を読んでいた店員がこちらに気付いたのか、本に栞を挟んで立ち上がった。店の風貌の割に若そうな男で、一昔前の書生のような雰囲気がある。シャツに袴の書生スタイルがよく似合いそうな男に、目を奪われてしまった。つまるところ一目惚れである。
荒ぶる心を落ち着けるように響く会計の声は落ち着いていて、聞き心地がいい。ふわふわと優しく耳に入ってくる低音に、この短時間で惚れ直しそうになった。
本を一冊買うだけの会計だ。すぐに終わってしまった。けれど、もっと彼と過ごしてみたい。そう思った。それで、この時代にはそぐわない古典的なナンパを仕掛けた。
「あの、連絡先教えてくれませんか。」
下手を打てば不審者だ。けれど、これが限界だった。
店員はきょとんとしている。
その数秒後、温かく程よい秋の風が店内の空気をさらっていった。清々しくなった店内、彼の顔は秋の山のような色をしていた。

秋恋

10/10/2025, 7:13:29 AM