作家志望の高校生

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10/7/2025, 7:48:09 AM

「放課後暇?」
「……なんで?」
この手の質問をされる時は、大抵面倒事がついて回る。だから、それを警戒して聞き返した。目の前の男は腹立たしいほど純粋そうな笑顔で、俺の予想していた答えとは全く違った答えを返してきた。
「焼き芋する!」
拍子抜けしてぽかんとする俺をよそに、そいつはニコニコと楽しそうに話を続ける。曰く、知り合いからさつまいもを大量に貰ったらしい。色々と言いたいことはあったが、時期は秋、気温も下がってきて、スーパーの入り口の焼き芋につられる季節になってきていた。ツッコミをしたい使命感と食欲を天秤にかけ、僅差で食欲が買った。やはり三大欲求に入るだけある。
「……何時。」
「このあとすぐやりたい!てか一緒に帰ろ?」
高校生にもなって、保育園児並みの思考回路をしていそうな彼を目の前にしたら、ツッコミだとか世間体だとか、全部馬鹿らしくなってきた。
「……りょーかい。じゃ、校門で待ってて。」
飛び跳ねるあいつを横目に、昼休みの終わりを告げるチャイムを聞いていた。
*
放課後。2人並んで家に帰って、さっさと着替えてまた落ち合う。あいつの手には、確かに食べ切るのに苦労しそうな量のさつまいもが抱えられていた。
「……それ、全部焼くの?」
軽く十本は超えているだろう。2人で食べ切るのは至難の業だ。
「今夜家族も食べるんだって。あと俺の朝ごはん用!」
「……あそ。」
年甲斐もなく落ち葉をかき集め、数十分かけてこんもりとした山を作る。中にはアルミホイルと濡らしたキッチンペーパーで包んだ芋を詰め込んで、火をつけた。
パチパチと弾ける火は、いくつになっても気分が上がる。恥も忘れて少年のように笑い、ふと横を見た。
ゆらゆらと飛んでは消えていく火の粉があいつの目に映って、星の瞬きのように見えた。見惚れてしまった。普段キラキラしている瞳が、初秋の影を孕んで少し翳っている。そこに、真っ赤に燃えたぎった火の粉が揺らめいている。
相変わらず燃え続ける木の葉が爆ぜる音をBGMに、俺は芋で腹が満たされるより先に、心がいっぱいになってしまった。

テーマ:燃える葉

10/6/2025, 7:11:48 AM

身支度を済ませて、ベッドに潜り込んで、寝る準備は万端だ。目を閉じて息を落ち着かせる。けれど、いつまで経っても眠気はやって来なかった。いくら寝ようと格闘してみても、一向に眠れる気配は無い。
隣で眠る君も同じようで、さっきから何度も体勢を変えている。
「……ねぇ、起きてる?」
念の為の確認。答えが返ってくるのは分かりきっていたが、惰性で聞いていた。
「……起きてる……」
眠りたいのに眠れない苛立ちを込めたような声で返事が返ってきた。いつもより潜められて掠れたような声は、眠ろうと努力していた形跡だろう。
「……寝れないならさ、ちょっと出かけない?」
どこへ行くかも、何故誘ったかもよく分からない。とりあえず、眠れないのなら窮屈でしかないこの布団から抜け出したかった。
「……いいよ。どこ行くの?」
しばらく2人で黙り込んで考える。夜に開いている店なんてコンビニくらいしか無いし、それでは大して時間も潰せないだろう。
「……あの、団地の前の……」
「公園?やること無くね?」
そんなことは分かっている。でも、本当にそれしか思いつかなかった。
布団でぐだぐだと駄弁っていても仕方ないと、ひとまず例の公園に足を向けた。とっくに成人した男2人が並んでブランコに座っている絵面は、昼間なら不審者として通報されかねない。
キィキィと耳障りな金属音が夜の街に響く。この時間なら、どうせ誰も起きていない。そこまで迷惑にもならないだろうと言い訳をしてブランコを漕いだ。
「……お前漕ぐの上手いよな。」
隣で揺られる彼は、ほぼ同時に漕ぎ始めた俺より随分大きく揺れている。
「コツがあんだよ。」
「ふーん。」
あまり有益な情報だとは思えなかったので適当に返事をして、何気なく空を見上げる。子供の頃から、コイツはブランコを漕ぐのが上手かった気がする。
「……なんか眠くなってきた。」
本当は全く眠くなんて無い。けれど、なんとなく、横でゆらゆら揺れているこの男の温もりが恋しくなった。
帰り道、秋の夜の寒さに身を寄せ合う俺達を、冷たいようで温かい、隣の男に似たような月光が煌々と照らしていた。

テーマ:moonlight

10/5/2025, 6:37:31 AM

「犯罪をします。」
「そんな某クッキングみたいなノリで……?」
季節もそろそろ秋本番。気温も下がり始めて、上着を1枚羽織りだした頃。穏やかな秋晴れの昼下がり。突然バイオレンスなことを言い出した友人を、じとりとした目で見上げる。かっこつけて、窓にもたれて黄昏れる彼は、なんだか哀愁漂っている。
「……で、何があったの?」
椅子に座って、机に肘をついて、紙パックのいちごミルクを啜りながら尋ねる。質問の答えは粗方予想がついているが、話を続けるためだけに聞いた。
「…………振られた……」
予想通りの回答。コイツがこんなふざけたことを言い出すのは初めてではなかった。たぶんもう片手では足りないほど聞いている。
「あっそ。今回は何?」
「テンションがキモいって……」
危なかった。危うくスマホの画面がいちごミルクでびしょびしょになるところだった。歴代の失恋理由の中でも群を抜いて酷い言われように、可哀想だが笑いが止まらなかった。
「ちょっと!俺傷心中なんだけど!?」
ギャンギャンとチワワの如く吠え立てる彼を適当に制し、いつも通り慰めてやることにした。
「……要するに、爆食いして忘れたいってことね。」
「そう!!ってことで放課後ファミレスね!!」
半ばヤケクソのように叫ぶ彼に、また吹き出しそうになった。
放課後になって、ファミレスに入る。グチグチと垂れ流される未練達を、ドリンクバーのコーラで流した。宣言通り、目の前の男はバカみたいな量の注文をする。いくら健全な男子高校生とはいえ、相当お腹に溜まる量だ。
「…………お腹いっぱい……」
案の定である。いつもこうなのだ。無鉄砲に頼んで、食べきれない。俺は溜息を吐きながら、半分ほど残った料理の皿を手に取った。
「いい加減学習しろよ……」
呆れつつ、彼が食べ残した肉を食む。少し冷めてはいるが、これを見越してあまり食べていなかった俺には十分美味かった。
「返す言葉もない……」
しょげる彼を尻目に料理を平らげ、混んできた店に迷惑をかけないようさっさと会計をする。
「……今日奢る。」
「え?いや、いいよ悪いし……」
彼を無視してそのまま支払いを終えて外に出る。ファミレスの賑やかで温かい空気が一変し、秋の夜の冷たく静かな空気が頬を撫でた。
「ねぇ、ほんとお金返すって!ほぼ俺の注文だし……」
「いいってば。その代わり、もう明日には未練残すなよ。」
この可哀想な男のために、今日だけは甘く対応してやることにした。

テーマ:今日だけ許して

10/4/2025, 3:46:33 AM

数回手元の液晶画面をタップして、投稿を完了する。少し胸元の開いた服を着た、首から下を写した自撮り。可愛子ぶった文言とともにネットの海に放り出せば、欲望を隠しもしない見知らぬ人から反応が来る。
「こんな貧相な男の体なんて見て何が楽しいんだか……」
若干嘲笑うような調子を含んだ冷笑。自分の投稿に群がる男達を馬鹿にしているが、その反応欲しさにこんな馬鹿げた投稿を繰り返す自分も馬鹿だ。俺は別に男が好きなわけでもないし、そういう趣味は一切無い。
にも関わらずこんなことをしているのは、偏に誰かに構ってほしかったからだ。初めは首元や脹脛なんかをちらりと写すだけだった。けれど、面白いくらい貰える賛辞の声に、段々エスカレートしていった。要するに、調子に乗りすぎたのである。
「ねぇ、これ君だよね?ねぇってば。」
因果応報。そんな言葉が脳裏をよぎった。スマホを持つ手が思わず震える。目の前の男が持つスマホの画面に映った投稿は、間違いなくさっき俺が投稿したもので。背筋を嫌な汗が伝い、普段は人に憎まれるほどよく回る頭と舌は凍りついて動かない。
その男に引きずられるままに連れ込まれた店は、意外にも落ち着いた雰囲気のカフェだった。俺は正直拍子抜けした。でも、あまりに自然で、逆に妙な違和感を覚えたことを、その時は深く考えなかった。
話してみるとそいつは案外いい奴で、件の投稿も、俺が大学のトイレで撮影したためバレたらしい。確かに、同じ大学に通う者ならばギリギリ分かるかもしれない。
最悪な出会いの割に仲良くなった俺達は、一緒に過ごす時間も増えていった。大学ではニコイチ扱いされる程度には一緒だった。それで、ある日俺はそいつに愚痴に近い相談を持ちかけた。
「そうそう、この……こいつ。ネットストーカーっていうの?」
彼とと出会ってからも、俺の悪習慣は直らなかった。相変わらず際どい投稿を続けている。しかし、彼と出会うずっと昔、それこそ投稿を始めた初期の頃からずっとコメントをしてくる者が一人いた。そいつは所謂ネットストーカーで、最近になっていよいよ住所がバレたのだ。
「え、大丈夫なの?」
「うん。今んとこ何もされてない。」
でも怖いからという理由で相談したのだ。そいつの投稿をいくつか見せて、問題の投稿も見せる。送られてきた住所が合っているのかと聞かれ、合っているから怖いのだと話した。
しばらく様子見しよう、という結論に落ち着き、その日は解散した。
『今日そっち行くね』
夜、問題のアカウントから届いたDMに俺は恐怖を感じ、確実に鍵が閉めてあるのを確認して部屋に引きこもる。時刻はもう深夜だ。彼に助けを求めるのも悪い。
数分後。本当に鳴ったインターホンの音にびくりと体を震わせ、恐る恐るドアスコープを覗き込む。そこに立っていたのは彼だった。
「大丈夫?心配だから来ちゃった。開けてほしいな。」
俺はほっと溜息を吐き、ドアを開け彼を迎える。そこで気付いた。
俺は、彼に家なんて教えていないということに。

テーマ:誰か

10/3/2025, 3:43:08 AM

立てない。立てないどころか、布団から起き上がることさえままならない。鬱病の辛さを、俺はこの日初めて体感した。頭では動きたい焦燥が募るのに、動けない。寝ているのがこんなに苦痛だったのは生まれて初めてだ。
寝不足の頭にガンガン響く怒鳴り声。無意味で理不尽な叱責に、残業続きで疲弊した身体が更に重くなっていく。
遂に倒れた日、見舞いに来た上司は俺を嘲笑った。少しだけでも労りを期待した俺も馬鹿だったが、それで完全に俺の心は折れた。
上司の顔も見たくなくて、辞職届を退職代行に頼んで叩きつけ、俺は晴れて自由の身になった。けれど、自由の身になったところで折れた心がもとに戻るわけでもない。俺は、何もできない社会のお荷物に成り下がった。
他の人は、どれだけ落ちぶれていても何かしら役に立っているように見えて、自分だけが不適合者の烙印を押された気がしてならない。
そうやって、今日もまた布団に包まって倒れ込んでいた。何かすればこの罪悪感も少しは薄れるだろうに、俺の体は指先の一つさえ動いてはくれない。罪悪感、焦燥感、ありとあらゆる負の感情が濁流となって一気に頭に流れ込み、俺は強く掛け布団のカバーを握りしめた。
何かの通知が来たらしい。遮光カーテンを年中閉め切った薄暗い室内に、スマホの明かりが灯る。通知を確認するのもしんどいが、きっと俺に届く通知なんて一つしか無い。
『俺今日そっち行く』
それだけのメッセージ。それだけなのに、スマホの明かりなんかよりずっと明るく見えた。
社会に耐えきれなくて、潰れてしまった不適合者の俺。そんな俺を、唯一最後まで見捨てなかったのが彼だった。来たって、何を言うでもない。ただ静かに、俺が飲み散らかした薬の包装を片付け、食べられたらでいいと作り置きのおかずを冷凍庫に入れて寄り添うだけ。それが、何より嬉しかった。余計な詮索も心配もされないから、変な自己嫌悪もしなくて済む。傍に居て俺が泣きたくなったらそっと抱きしめてくれる。そんな彼が、唯一俺に許された社会とのつながりだった。
古いマンションの、トタンでできたような階段を上る独特の足音がする。ここは階段から一番遠い角部屋。まだ距離はある。
遠くに聞こえる足音が段々近付いてくるにつれ、沈みきった心にじわりと明るい感情が滲む。さっきまで全く動かなかった体が、少しだけ動くようになっている。
俺は、半ば這うようにではあるが、少しでも早くアイツの顔を見たくて玄関へと移動する。トタンを踏む音がコンクリートを踏む音に変わって、その音だけが今の俺をこの世に繋ぎ止めていた。

テーマ:遠い足音

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