作家志望の高校生

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10/2/2025, 5:41:32 AM

「……ねぇ、今ってほんとに秋……」
「だーもーうっさい!何回言うの!?」
ぐだぐだと流れるとある休日。2人並んで、公園にも満たないような微妙な空き地でアイスを囓っている。一昔前の小学生のような行動だが、我らは立派な令和の高校生である。
「だってさぁ……暑すぎじゃね〜……?」
そう言われるとぐうの音も出ない。今は9月も後半、そろそろ秋本番に入ろうかというところだ。現在気温は30℃。夏真っ盛りよりは涼しいが、依然として暑いのは変わらない。
「……それは同感……」
この時期にアイスを食べるなら、前は濃厚なバニラやチョコ系一択だったのだが。最近ではこの時期でも暑すぎて、氷菓を選びがちになった。
秋の足音が近付いては遠ざかるせいで、なんだか体調も良くないようだ。何とも言えない倦怠感で、ほぼ毎日だるいと口にしている気がする。
そんな、五月病のような状態になった2人が意味もないような話をしていれば、あっという間にアイスは食べ終わってしまった。手持ち無沙汰になって、アイスのパッケージを読んでみたり、棒をバキバキに折ってみたりはするが、あまり時間は潰せない。
「……スーパー行こうぜ。あそこなら涼しいし。」
俺は特に断る理由も無かったので頷いた。ついでに、このゴミも捨ててしまおう。あまり良くはないかもしれないが。買い物はきちんとするから今日だけは見逃してほしい。
スーパーに着くと、店内に入った瞬間甘い匂いが俺達を誘惑した。そう、焼き芋である。外の気温では到底食べようとは思わなかっただろうが、生憎店内は生鮮食品の保管のためか少し肌寒いくらいだ。
男子高校生2人は、気付けば湯気を立てる焼き芋を手に、よく日の当たる公園のベンチに居た。
「……暑いし熱い。」
全く同じ感想である。しかしまぁ、買ってしまったものは仕方ない。包装から取り出して、一口かぶりつく。どうやらねっとり系の品種らしい。砂糖とは違う品のいい甘さと、舌に触れる滑らかな質感が素直に美味しかった。
「……美味いけど暑い。」
思わず口に出た一言に同調するように、横に座る男も頷いた。
秋真っ盛りみたいなことをしているのに、秋の足音はまだまだ遠い。俺達は秋の訪れを心底待ち遠しく思いつつ、早めに引き寄せてしまった手元の秋を食んでいた。

テーマ:秋の訪れ

10/1/2025, 5:25:34 AM

さくさくと小気味良い音を立てながら、表面に薄氷の張った雪の上を歩いていく。
これまで、多くの街や集落を訪れてきた。多種多様な種族に民族、それに合わせた風習と文化。どれもが刺激的で目新しかった。元々俺の種族は、平々凡々としていて特徴も無い。良く言えば穏やかな、悪く言えば代わり映えのしない日常が退屈になって、仲の良かった親友を誘って二人で街を出た。
出会った人々は、誰もが違った常識で生きていて、そのどれもがキラキラしていた。当然、中には救いようのない悪党や、泣きたくなるほど不遇で憐れな人々だって居た。けれど、彼らのもつ価値観や善悪も全て、これまで生きてきた経験と景色の作り出した概念なのだ。だから、言動の一つ一つをよく観察して読み解けば、必ずどこかには輝く星のような綺麗なものが見える。俺はそれが好きだった。
親友はそういった読み取りが苦手なようで、ただひたすら真っすぐ、純粋に見える美しさを好んでいた。だから、「その人たちが今持つ幸せ」を重視して関わらないようにする俺とは少しだけぶつかることもあった。
ずっと前、どこかの村の孤児を見たときに、俺達は一番激しくいがみ合った。親を亡くし、忌み子だと村で虐められていた子だった。俺は、可哀想だとは思った。けれど、手は差し伸べない。その子が自ら得た小さな幸せこそ、他者から与えられる何より綺麗で、その子にとっても自らの力で得た幸福こそ真実だと思ったから。逆に、あの真っすぐで純粋な親友は手を差し伸べた。俺達が旅立つまでの僅かな間でも、心が休まるようにと。たぶん、どちらも間違いではなかった。正義と悪なんかじゃなくて、正義と別の正義でいがみ合ったんだと思う。
それを収めたのが、渦中に居たその子だった。その子は、自ら考え、少しギスギスした俺達を誘って遊んだ。それは、俺達2人をどちらも満足させる行動であった。
旅立つ頃には俺達3人はすっかり打ち解けて、出立の日には泣かれた。一瞬、あの子を連れて行こうかとも思ったが、それはあの子が拒否した。ここでの生活は辛いことも多いけど、いいこともあると教えてくれたから、と。強い子だった。
2人でそんな過去の思い出を語りつつ、雪原に二筋の足跡を残していく。なんとなく、別れの日に見たあの子の涙に似ている気がして、またあの村に寄ってみるのも悪くないかもしれないな、と思った。表情的に、たぶん隣を歩く彼も同じようなことを考えているのだろう。この旅がいつ終わるかなんて分からない。けれど、またあの子のような、強く綺麗な人の世界観が知りたくて。あるいは、あの子のような存在に気付いて少しでも救いたくて。何もかも正反対で、何かと馬が合う俺達は、次の街へと歩を進めた。

テーマ:旅は続く

9/30/2025, 5:29:34 AM

こいつしかいない。そう思った。
郊外の寂れた小さな町の、小さなピアノスクール。そこが、俺の唯一の居場所だった。家庭環境に難あり、それ故性格にも難ありな俺を受け入れてくれる場所は、そう多くはなかった。不貞腐れて適当に彷徨い歩いていた俺に手を差し伸べたのが、そこの教師だったのだ。
雑踏に塗れて辟易していた俺に、ピアノは向いていたようだ。綺麗で整った音だけを、譜面通り弾く。それだけで、醜い俺でも綺麗だと言われる音が奏でられた。だが、そんな弾き方をする俺には、絶望的に足りないものがあった。それは、感情の籠もった音。
俺は元々、ピアノに思い入れなんて一つも無い。あの日俺を拾った教師に感謝して、ピアノの音色を気に入っていても、込められるほどの想いが無い。だから、機械的に弾くことしかできなかった。そんな大事なものが抜け落ちた俺でも、チャンスは巡ってきた。
地区で行われる小さなコンクール。そこに出られることになった。規模が小さいだけあって、ルールも緩いようだ。課題曲なんかは特に無く、自分の弾きたい曲を、公共のマナーに反さない程度に弾けばいいらしい。しかし、俺にピアノ曲の知識なんてあまり無い。スクールで弾けと言われた曲を弾いているだけだったから。スクールが終わった後、近場の公園で適当に調べて出てきたピアノ曲を何曲も聞いた。そして、その中で一曲、なんとなく惹かれた曲を選ぶことにした。
それには一つ問題点があった。それは、連弾曲であったこと。一人で弾けなくも無いが、二人で弾いたほうが格段に良い演奏になる。スクールは小さいものなので、所属している人数もそう多くない。メンバーを全員思い浮かべてみるが、ピンと来る奴はいなかった。
この曲は諦めるしか無いか、なんて思って歩いていた。演奏が機械的すぎる俺と組もうとする奴はそう居ないだろうと思っていた、その時だった。ピアノスクールの教師と、誰かが話していた。新しい生徒らしく、色素の薄い髪をしていた。
翌日。案の定スクールに姿を現したそいつに、俺は2度絶句した。まず、容姿。北欧とのハーフらしいそいつは、純日本人の俺からすれば目が眩むほど美しい容姿をしていた。白みがかった金髪と、空とも海とも違う青い目が印象的だった。次に、演奏。そいつは俺とは正反対で、楽譜の指示なんてほとんど無視。音階は辛うじて保っているものの、感情の乗りすぎたそれは、過度なアレンジによって原曲からはかけ離れている。コンクールで順位は取れないだろう演奏。けれど、俺の心を掴んだのはそいつだけだった。
それで、冒頭に戻る。俺は咄嗟にそいつの手を取って、俺と組めと迫った。見た目にそぐわぬ能天気な性格らしく、朗らかに笑ってそいつは頷いた。
そいつと弾くピアノは、楽しかった。コンクール当日、会場はどこもかしこも白黒で、誰もが真面目ぶったスーツやドレスばかり着ている。
でも、目の前のそいつは、眩しいほどの青を湛えて笑っていた。弾き始めれば、白黒の鍵盤と楽譜しか目に入らない。けれど、弾き終わった後。割れんばかりの喝采と、そいつの青が見られるから。
俺のピアノが、ただの白黒の木の塊でなくなったのは、きっとこの時からだった。


テーマ:モノクロ

9/29/2025, 4:33:21 AM

「ねぇねぇ、明日世界滅ぶってなったらさぁ、どうする?」
よくある、陳腐な心理テストみたいな質問。大抵は、家族と過ごすだとか豪遊するだとか、そんな感じの答えになるのだろう。
俺は昔から変な奴とよく言われた。クラスの男子がこぞって外でドッジボールをする中、一人で裏庭に行ってうさぎ小屋の兎と戯れていた。人と接するのが苦手で、反対に動物と接するのが好きだった。
だから、例の質問にも当然のように動物が絡んでくる。
「……さぁ。たぶん猫とか撫でてるんじゃない。」
適当に返したが、案外その通りかもしれない。普段どれだけ無気力に過ごしていても、いざ終わりが来ると怖いだろうから。いつも通りすぎる気ままな猫を見て、落ち着こうとするのはありそうだ。
「え〜?お前ホント動物好きだよなぁ。世界の終わりでも猫かよ。」
愉快そうに笑いながらスマホを見ている目の前の男をちらりと眺める。何故か俺によく絡んでくる、明るくてスポーツができるおバカキャラ。所謂陽キャだ。本当に、何故俺に絡むのか全く理解できない。
「俺なら絶対片っ端から女子に告るわ〜。最後くらい彼女欲しくね?」
また馬鹿なことを言っている。あまりにも男子高校生然としていて、あまりにも下らないからつい笑ってしまった。奴は話すのを止めスマホから目を離して、一瞬呆けたような顔をした。直後、表情筋も音量的にも全てがうるさいくらい全力で不服を示してきたが。
それにうるさいと直接言わないのは、やはり俺もコイツに絆されているのかもしれない。馬鹿ではあるが、愚かではない男だ。何も考えていないようで、無意識なのかこちらが踏み込んでほしくない所には絶対に入ってこない。きっちりと保たれたこちら側のパーソナルスペースギリギリの距離を保つのが上手い奴なのだ。
「……まぁ、でも。……お前なら、一緒に猫撫でてもいいかもね。」
だから、少しだけ素直になってやろうと思った。奴が何故か目を見開いて硬直しているが、気恥ずかしさから俯いた俺の視界には入らない。しばらくの間不自然な沈黙が流れた後、奴の顔がみるみる真っ赤になっていく。ものの数秒で茹でダコのようになったのが面白くてまた笑ってしまったが、俺も恥ずかしくなってきた。顔に熱が集まるのを感じながら、適当に照れ隠しの言い訳を並べる。
「……ほら、お前犬みたいだし。猫と犬揃ってる感じで良くない?」
我ながら意味が分からないが、同じく恥ずかしさで頭が余計馬鹿になったアイツにはこれでも通じたらしい。何故か納得した。
生きている以上、いつかは来る終わり。けれど、コイツと話すこんな下らない日常の中なら、いつ終わりが来てもなんだかんだ笑って終われそうだ、なんて気恥ずかしいことは絶対言えそうに無かった。


テーマ:永遠なんて、ないけれど

9/27/2025, 7:25:34 PM

昔から君は泣き虫だった。転んで泣いて、いじめられて泣いて、果てには上手く折り紙が折れなかっただけで泣いていた。君以上の泣き虫を、僕は知らない。
それが、保育園の頃。小学生に上がると、君は声を上げては泣かなくなった。相変わらず泣き虫だったけど、押し殺したような声で泣いていた。中学生になる頃には、学校ではあまり泣かなくなった。それでも月に一回は泣いていたけど。
そして、高校生。君はすっかり強くなって、もう人前ではほとんど泣かなかった。本当は祝うべきことなのだろう。保育園からずっと一緒だった君が、少しずつ成長しているんだから。でも、僕は素直に祝えなかった。確実に変わっていく君が、弱さを失っていくのが寂しくてたまらなかった。僕はもう泣いている君を慰めることもできないのかと、今度はこっちが泣きそうになった。
高校に入学して2年。僕の生活は一変した。机の中に入れられたゴミ、汚された上履き、無くなる教科書。典型的ないじめだった。君は僕の異変になんとなく気付いていたらしかったけど、僕は全力で隠した。こんなこと君が知ったら、泣き虫な君はきっとまた泣いてしまうから。
けれど、結局バレた。一緒に登校して、靴箱を開けた瞬間紙くずが流れ出てきたから。なんとも手の込んだいじめで、ゴミと一緒に詰められた紙くずには、わざわざ僕への罵詈雑言が書かれていた。
「……ねぇ、これ何?なんでこんなことなってんの?」
初めて聞いた声だった。底冷えするような、本気の怒りが込められた声。あまりに冷たいそれに、僕は背筋を冷や汗が伝うのを感じた。もう誤魔化せない、そう思った。
観念して全部話すと、君は怒ったような、それでいて泣きそうなような、なんとも言えない顔をしていた。だから話したくなかったんだと思いつつ、どうすればいいか分からなくて黙り込んでしまう。君はその沈黙をどう受け取ったのか、突然僕を抱きしめてきた。
「え、あの……ど、どうしたの?」
驚いたせいで言葉が詰まりがちになった僕が問うと、やっぱり我慢できなくて泣き出してしまった君が言った。
「……気付けなかった……お前がこんなになってるのに、俺……」
抱きしめてくる腕の温かさに、僕までつられて泣きそうになった。それでも、堪らえようとしたんだ。
「なんで泣かないんだよ……泣いて、いいんだよ……!」
思いっきり泣きながら、それでも強い意志の籠もった光を失わない瞳で見つめられる。高校生になってから、ほとんど泣かなかった君が泣いている。ああ、これじゃ保育園の頃と立場が逆じゃないか、なんて思うが、じわじわと滲み出す視界は、もう止められそうにない。
堰を切ったように流れ出す涙は、いじめへの悲しみなのか、慰めへの喜びなのか、はたまた別のものか。泣いている僕にさえ、分からなかった。

テーマ:涙の理由

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