作家志望の高校生

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9/27/2025, 2:54:23 AM

今日は、丸一日このカフェに居座っていた。普段なら迷惑だとか世間体だとかを気にして、こんなことはしないが。今日だけはダメだった。今日は平日だから、とか、他の客も居ないから、とか色々と罪悪感に言い訳を並べ立てて誤魔化す。
振られた。アイツは優しいから、直接的には断られなかったが。泳ぐ目線が、少し強張った笑顔が、距離感を測るような態度が、もう全て物語っていた。元より付き合えるなどと思ってはいなかったが、それでもやっぱり失恋は辛かった。一度言ってしまった以上、もう友達にも戻れないだろう。
そもそも、最初から叶うはずのない恋だった。アイツは誰にでも優しくて、顔だって格好良くて。俺なんかじゃ絶対釣り合わない。
そんなことを考えている間に、コーヒーはすっかり冷めきってしまった。冷たくなった7杯目のコーヒーを一気に飲み干したところで、カフェのドアベルの音がした。客が来たのだろうが、そんなの気にしている余裕も無かった。空いたコーヒーカップをぼんやり見つめながら俯いていると、突然肩を掴まれた。
さすがに顔を上げると、よく見慣れた、今は一番見たくなかった顔だった。何故か息は荒くて、散々走り回った後みたいだ。気まずくて、顔を背ける。顔を見てしまったら、また全てが伝わってきてしまいそうで怖かった。
「はぁっ……やっと見つけたぁ……」
彼は、肩に縋り付いたまま、力が抜けたようにへたり込んだ。肩を掴んでいた手が背中に回されて、ぎゅっと強く抱きしめられる。
ぐちゃぐちゃだった思考が真っ白に塗り潰されて、何も考えられなくなった。抱きしめられている、誰に?振られたはずの彼に。なぜ、どうして、と取り留めも無い考えの濁流が遅れてやってきて、動けなかった。
「……昨日の、アレ……」
反射的に目をぎゅっと瞑った。馬鹿真面目なコイツは、わざわざ言葉で振りに来たのか。でも、それならこの体勢は?またぐるぐる考えていると、蚊の鳴くような声でまた話しだした。
「……昨日は急だったから、頭真っ白になっちゃって……それで、あんな態度取っちゃって……えっと、だから……」
普段、言いたいことはきっぱり言うタイプのコイツが珍しく口籠っている。それが不自然に思えて、恐る恐る目を開けた。
瞬間、目に映ったのは、自分を抱きしめている彼の、真っ赤になった耳だった。
頼んでいた8杯目のコーヒーが提供される。囁かれた言葉に見開いた目には、マスターの祝福するような生温い笑顔が映っていた。
きっともう、冷めきったコーヒーを一人で飲むことは無い。温かいコーヒーを、温かいまま二人で飲みながら、昨日までより少しだけ近付いた距離に心臓を弾ませていた。

テーマ:コーヒーが冷めないうちに

9/26/2025, 2:24:18 AM

夢を見た。それはリアルな夢だった。夢にありがちなな意味不明でふわふわとした世界観ではなかった。ある一点を除いて、現実世界からほとんど逸脱していない。けれど、確実に現実ではない世界。そんな夢を見ていた。
学校からの帰り道、あえて道路から外れて草むらを踏みしめる。隣を歩いていたはずのアイツは、どこかで見つけたらしいアマガエルに夢中になっている。
「ねー!コイツめっちゃかわいい!」
なんて手に乗せてつついてはケラケラ笑っていた。もう高校生にもなるのに、テンションが小学生すぎて思わず笑ってしまった。変なツボに入ったのか、段々笑いが深まっていく俺を見て、アイツが若干不服そうな顔をしている。早く機嫌を取らないと後が面倒だが、生憎笑いが収まる気配はまだ無かった。
しばらくしてようやく笑いが収まると、また2人で歩き出した。途中にあるコンビニで適当に菓子パンを奢ってやって機嫌を取って、ホットスナックの誘惑に負けて2人してコロッケをかじる。本当にくだらなくて、本当にどうでもいい日常の風景だ。
家に着いて、その後の予定をグダグダと話す。別に何をするでも無いが、この後も2人でいることは確定していた。親友以上恋人未満のような関係が心地よすぎて、その先に踏み込むのが怖かった。
家の中、ベッドにもたれ掛かって床に座る。真隣に座るアイツの体温を感じた瞬間、目が覚めた。
そこにあるのは、ひとりぶんの体温と、手先に触れる冷えたシーツだけ。アイツの影はとうに塗り潰されて見えなくなっていた。
乾いた笑いが零れた。高校生のアイツなんて存在しないのに。馬鹿みたいに幻想に縋って、あり得ないもしもを願いすぎて、遂に夢にまで見てしまった。あんな幸せなifを、俺が見ていいわけがない。
中学生の時に死んだアイツは、俺が殺したようなものだった。本当は、アイツの家族がネグレクトをしていたことを知っていた。知っていて、無視した。関係が崩れるのが怖かった。ずっと俺に依存していてほしかった。純粋無垢で何も知らなかったアイツを、無垢なまま歪めたのは俺だ。
この罪に汚れた手では、アイツと普通に笑い合えるような、ありふれた、しかし幸せなパラレルワールドを描くことさえ許されない。
瞼に焼き付いた残夢が、雫になって温もりを失ったシーツに染み込んでいった。

テーマ:パラレルワールド

9/25/2025, 12:44:13 AM

「ねー、次いつ来てくれんの?」
さらりと素肌に当たる上等な毛布を蹴り飛ばして、ベッドに腰掛けて紫煙を吐き出す男ににじり寄る。足腰が重くて、わざわざ立ち上がって近寄るような元気は出なかった。
「……1週間後。」
「りょーかい。」
スマホを立ち上げ、カレンダーアプリを開く。来週の今日、木曜日にマルと男の名をメモして、スマホを閉じた。
別に、誰かに抱かれたいわけではなかった。性的志向だって、基本どちらだってイケる口だが、どちらかといえば女子が好きだ。ただ、なんとなく人肌寂しくなって始めただけだった。けれど、行為中は誰もが俺を愛で、耳元で甘い言葉を囁いた。本来なら「可愛い」とは対極の存在だろう俺みたいな男でも、「可愛い」と言われた。その上、行為が終わったら皆してお金を渡してくる。こんな都合の良いものが世の中にあったなんて。
その日から、俺の生活は爛れたものになった。SNSで際どい自撮りと一緒に客を釣って、夜になったら一緒に一夜を明かす。大抵はそれで終わりだった。一晩だけの関係で完結して、その後はもう他人に戻る。そんな地に堕ちたような生活を続けた。しかし、一人だけそれに当てはまらない者が居た。
それが、冒頭の男。見た目も良いし、金払いの良さ的にたぶん稼ぎも相当。なのに、俺のリピーター。変な奴だと思った。これだけ整った容姿をしているなら、女子なんて選び放題だろうし、別に俺じゃなくても男だって釣れるだろう。何故俺を選ぶのか心底理解できないが、如何せん金払いが良い。コイツが勝手に俺を選んでいるだけ、となにかに言い訳しつつ、俺はほぼ毎週コイツと会っていた。
カチカチと時計の針の音だけが響く。漂う紫煙を掴もうと、気紛れに手を伸ばした。当然だが、煙が掴めるわけがない。ふと、その手を取られた。横から伸びてきた手に、指を絡められ引き寄せられる。その力に従って体を起こせば、ずきりと腰が痛んだ。
「わ……なになに、どしたの?」
突然の行動に戸惑いながら、いつもの調子で聞いた。彼は煙草を灰皿に押し付けて、さらに俺の腕を引いて胸元へ抱き寄せる。今まで何人もの男に抱かれたが、こんな扱いは初めてだった。これじゃ、まるで、
「なぁ。」
思考を無理矢理声で中断させられる。ぼんやりしたまま男を見つめると、彼の腕がさらに俺を抱きしめて閉じ込めてくる。
「俺以外の男、全員切れ。二度と俺以外に抱かれんな。」
あまりに唐突な独占欲に、俺は動けなくなった。男の声が切実すぎて、その場に縫い留められたように、指先さえ動かせない。
カチリ、と時計の長針が動いて、12を指して短針と重なる。灰を被ったお姫様の童話では、ここで魔法が解けたんだったか。
静かに時を刻む秒針と、男の少し跳ねた鼓動が痛いほどよく聞こえた。頬を伝う液体に気付いた時、俺は知った。俺はずっと、愛されたかったんだと。一夜だけの偽りでもいいから、誰かに必要とされたかったんだと。
時計の針が重なって解けたのは、キラキラした魔法なんかじゃない、俺が何重にもかけた、心の器の鍵だった。

テーマ:時計の針が重なって

9/24/2025, 6:53:36 AM

夕暮れ時の屋上。ふたりぶんの影が伸びて、誰もいない床の一部に黒い染みを零していた。子どもの頃通った秘密基地への抜け穴のようなフェンスの隙間を通って、僕らは人工的な崖っぷちに立った。

昔はこんなのじゃなかったのに。今日もまた溢れて止まらない、真っ黒に澱んだ汚い自分が嫌になる。アイツだって、変わりたくて変わったんじゃないのに。
昔は、明るくて社交的な奴だった。勉強こそできなかったけど、優しくて、勇気があって。だから、あんなことになってしまった。いじめの現場を見たアイツは、正義感が許せなかったらしい。止めに入って、代わりに殴られて、帰って来る頃にはボロボロだった。
それから、いじめのターゲットは完全にアイツになった。アイツと違って、弱虫で利己的な俺はアイツを助けられなかった。日に日にやつれて表情を失っていくアイツを、見ていることしかできなかった。
中学2年生になって、アイツは学校に来なくなった。ずっと引きこもりがちで、外で顔を見かける回数も減った。だから、俺はせめてもの償いとして、アイツを救おうと思った。遅すぎると怒鳴られても仕方ないと覚悟して、アイツの家のインターホンを押したのが今から4年前だ。
アイツは俺に怒鳴らなかった。へらりと力無く笑って、全てを諦めたような目で俺を受け入れた。それが逆に何より辛くて、何もできなかった俺への天罰のように感じた。なんとか説得してアイツを同じ高校に入れて、不定期ではあるが一緒に登校した。ニコイチにされるくらいべったりくっついて、お節介なくらい世話を焼いた。
けれど、病んだ奴の世話をする側も危ういことを俺は知らなかった。何もやる気が出ないという人間を、なんとか励まして、けれどそれも無視されて。段々と、俺の心も擦り減っていった。
高校2年の秋。俺はもう限界だった。あの時アイツを見捨てた俺が、そして俺の人生をめちゃくちゃにしたアイツが憎くて、けれどどうしても傍にいたくて。矛盾した思いと一向に進展しないアイツの心の整理に、俺の中で何かが壊れた。
ある日、いつも通り布団に包まって動けなくなったアイツを抱きしめながら呟く。
「もう、楽になっちゃおうか。」
翌日。放課後に屋上へ上がった俺達は今までで一番綺麗な夕日を見た。屋上の縁に立ち、いざ飛び出そうといったその時。アイツが、躊躇った。どうやら俺の努力は完全に無駄になったわけでもなかったらしい。
でも、もう俺の方が壊れきっていた。躊躇ったアイツの腕を掴んで、そのまま飛び降りる。目を見開いたアイツを空中で抱きしめて、そのまま俺達は鈍く夕日を反射する血溜まりの中転がる肉塊になった。

テーマ:僕と一緒に

9/23/2025, 5:22:47 AM

昔から、他人の目が好きだった。正確には、人間のパーツの中で唯一、目だけが好きだった。
日本人は大体黒曜石に似た透明感のある黒。でも、よく見れば茶色に近いものや墨汁と見紛うほどの漆黒もある。
外国の人ならもっと色とりどりだ。多いのは青やヘーゼル。珍しいので緑。日本人ではあまり見かけない色は、やはり珍しいだけあって美しく見える。
もっと珍しいのなら、赤や紫だろうか。
そんな目の中でも、俺が群を抜いて好きなものが一つあった。それは、世界に影を落とす雲のような色あり、澄み渡った青空のような輝きを持った瞳。俺の親友の目が、好きだった。
東欧から移住してきた彼は、明るいブラウンの髪にグレーの瞳の綺麗な人だった。グレーの瞳は珍しいから、実物を見られると思わなくて思わずじっと見てしまう。目ばかり見ていたからだろうか。教室に入ってきて自己紹介をしていた彼と、目が合った。撃ち抜かれたような心地になって、俺は呼吸さえ忘れてその目を見ていた。それが、俺とアイツの最初の出会い。
かなりしっかり目が合ったせいか、休み時間、クラスメイトに囲まれていた彼がそっと抜け出して俺の元に来た。最初の会話なんて覚えていないが、たぶん天気だとか違いの文化だとか、他愛もない話だったと思う。それから俺達はなんとなくで一緒に過ごすようになった。特に遊んだりするわけでもなく、惰性で一緒に居るだけ。一言も話さず寄り添って本を読んだり、スマホを見る。それだけの距離感が、やけに心地よかった。
それが変わったのが、修学旅行の夜。俺とアイツは、別の友人の部屋で雑魚寝に等しいような寝方をしていた。それで寝苦しさに目を覚ますと、ぎゅうぎゅう詰めの布団の中、目の前にアイツの顔があった。
普段は目ばかり見ているからよく見ていなかったが、瞼を下ろされてから分かった。アイツは、相当整った容姿をしている。俺の両手で包めそうなほど小さい顔に乗せられたパーツは、どれも憎たらしいほど整っている。鼻筋はすっと通っていて、ほぼ左右対称に目がある。薄い唇は赤く色付いていて、色素の薄い、真っ白な肌によく映える。
本来の目的も忘れて見入っていると、彼の長い睫毛がふるりと震えた。ゆっくりと開かれた瞼から現れた瞳は、寝起きのせいか少しだけ潤んでいて。息を呑むような美しさに、目が合う気まずさも無視して見つめ続けていた。
しばらく無言の間が流れ、処理が追いついたらしい彼ががばりと起き上がる。見つめすぎて照れてしまったらしいその顔は、ほんのり赤らんでいて。
うるりとした光を纏った、曇り空のような瞳は美しかった。でも、俺はその時初めて、他人の目より、何よりその人自身に美しいと、可愛らしいと思った。自分を見下ろす青みを帯びた灰色さえ目に入らないほど、その肌に浮かんだ曇天を裂く夕日のような赤色は鮮明に見えた。

テーマ:cloudy

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