作家志望の高校生

Open App

「ねー、次いつ来てくれんの?」
さらりと素肌に当たる上等な毛布を蹴り飛ばして、ベッドに腰掛けて紫煙を吐き出す男ににじり寄る。足腰が重くて、わざわざ立ち上がって近寄るような元気は出なかった。
「……1週間後。」
「りょーかい。」
スマホを立ち上げ、カレンダーアプリを開く。来週の今日、木曜日にマルと男の名をメモして、スマホを閉じた。
別に、誰かに抱かれたいわけではなかった。性的志向だって、基本どちらだってイケる口だが、どちらかといえば女子が好きだ。ただ、なんとなく人肌寂しくなって始めただけだった。けれど、行為中は誰もが俺を愛で、耳元で甘い言葉を囁いた。本来なら「可愛い」とは対極の存在だろう俺みたいな男でも、「可愛い」と言われた。その上、行為が終わったら皆してお金を渡してくる。こんな都合の良いものが世の中にあったなんて。
その日から、俺の生活は爛れたものになった。SNSで際どい自撮りと一緒に客を釣って、夜になったら一緒に一夜を明かす。大抵はそれで終わりだった。一晩だけの関係で完結して、その後はもう他人に戻る。そんな地に堕ちたような生活を続けた。しかし、一人だけそれに当てはまらない者が居た。
それが、冒頭の男。見た目も良いし、金払いの良さ的にたぶん稼ぎも相当。なのに、俺のリピーター。変な奴だと思った。これだけ整った容姿をしているなら、女子なんて選び放題だろうし、別に俺じゃなくても男だって釣れるだろう。何故俺を選ぶのか心底理解できないが、如何せん金払いが良い。コイツが勝手に俺を選んでいるだけ、となにかに言い訳しつつ、俺はほぼ毎週コイツと会っていた。
カチカチと時計の針の音だけが響く。漂う紫煙を掴もうと、気紛れに手を伸ばした。当然だが、煙が掴めるわけがない。ふと、その手を取られた。横から伸びてきた手に、指を絡められ引き寄せられる。その力に従って体を起こせば、ずきりと腰が痛んだ。
「わ……なになに、どしたの?」
突然の行動に戸惑いながら、いつもの調子で聞いた。彼は煙草を灰皿に押し付けて、さらに俺の腕を引いて胸元へ抱き寄せる。今まで何人もの男に抱かれたが、こんな扱いは初めてだった。これじゃ、まるで、
「なぁ。」
思考を無理矢理声で中断させられる。ぼんやりしたまま男を見つめると、彼の腕がさらに俺を抱きしめて閉じ込めてくる。
「俺以外の男、全員切れ。二度と俺以外に抱かれんな。」
あまりに唐突な独占欲に、俺は動けなくなった。男の声が切実すぎて、その場に縫い留められたように、指先さえ動かせない。
カチリ、と時計の長針が動いて、12を指して短針と重なる。灰を被ったお姫様の童話では、ここで魔法が解けたんだったか。
静かに時を刻む秒針と、男の少し跳ねた鼓動が痛いほどよく聞こえた。頬を伝う液体に気付いた時、俺は知った。俺はずっと、愛されたかったんだと。一夜だけの偽りでもいいから、誰かに必要とされたかったんだと。
時計の針が重なって解けたのは、キラキラした魔法なんかじゃない、俺が何重にもかけた、心の器の鍵だった。

テーマ:時計の針が重なって

9/25/2025, 12:44:13 AM