作家志望の高校生

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10/10/2025, 7:13:29 AM

ガサガサと乾ききった落ち葉を踏み砕きながら、秋の山を歩く。薄い長袖で丁度いいような心地よい気温と秋色を孕んだ風は、夏の暑さに参った心を和ませるのには十分だった。
目的は特に無い。強いて言うのなら、散歩がてらの紅葉狩りだろうか。とにかく、外を歩きたかった。ここ最近はずっと蒸し暑く、いかにも夏といった天気が続いていた。それで、涼しい室内で過ごす機会が多かった。その上、間に合わなかった夏休みの課題まで詰め込んでいたせいで家に引きこもっていたのだ。季節感を失ったまま夏が過ぎ、外が恋しかった。
普段訪れないような、少し遠くの山を選んだからだろうか。見慣れない植物や動物がいて、それなりの刺激になった。
満足するまで山を歩いて、麓の街に下りた。小さいが長閑で賑やかそうな街で、このご時世珍しく、駅前商店街が栄えている。電車の時間までまだ時間があったので寄ってみれば、案外悪くない。昔ながらの八百屋や鮮魚店が並び、刃物や陶器なんかの専門店も多い。電車が来るまでの暇つぶしには事足りそうだ。
ざっと全体を見て、気になった店にふらりと立ち寄った。そこは、どうやら古書店らしい。比較的新しそうな本から、色褪せた古そうな紙の本までびっしりと本棚を埋め尽くしている。色々と見て回っていると、ずっと前に絶版した本に出会えた。フリマサイトやオークションアプリでは値段がつり上がって買えなかった本だ。迷わず手に取ってみると、値段は驚異の500円。少しだけ店のことが心配になるほどの価格で即決だった。
さっさとレジに持っていくと、先ほどまで本を読んでいた店員がこちらに気付いたのか、本に栞を挟んで立ち上がった。店の風貌の割に若そうな男で、一昔前の書生のような雰囲気がある。シャツに袴の書生スタイルがよく似合いそうな男に、目を奪われてしまった。つまるところ一目惚れである。
荒ぶる心を落ち着けるように響く会計の声は落ち着いていて、聞き心地がいい。ふわふわと優しく耳に入ってくる低音に、この短時間で惚れ直しそうになった。
本を一冊買うだけの会計だ。すぐに終わってしまった。けれど、もっと彼と過ごしてみたい。そう思った。それで、この時代にはそぐわない古典的なナンパを仕掛けた。
「あの、連絡先教えてくれませんか。」
下手を打てば不審者だ。けれど、これが限界だった。
店員はきょとんとしている。
その数秒後、温かく程よい秋の風が店内の空気をさらっていった。清々しくなった店内、彼の顔は秋の山のような色をしていた。

秋恋

10/9/2025, 7:50:16 AM

腹部に強い衝撃が走って、それから少し遅れて鈍い痛みが襲ってくる。何度も繰り返し振り下ろされる拳に耐えきれなかった僕は、胃の中のものを全部吐き戻してうずくまった。
彼と僕は、親友以上恋人未満のような曖昧な関係を保っていた。どちらかが踏み込めば崩れてしまいそうなほど脆くて、けれど他の誰が入ろうとしたって入れない固い縁。僕らを繋ぐ糸があるとしたら、赤なんて綺麗な色じゃなくて、どす黒く濁って相手を縛って離れないような醜いものだろう。でも、それを僕達は望んでいた。
今日もまた彼を怒らせてしまった。他の人と話すなと言われたのに話してしまったから。痛みで涙が滲んでくる。手酷い暴力を振るわれて、その後で甘やかすように抱きしめられる。いつものパターンで、僕はそれに安心した。どれだけ痛くても、血が出ても、腹の中身をぶち撒けても、ご褒美みたいにぎゅっと抱きしめられれば全て許せた。
だけど、ある日。彼は他の人を殴っていた。僕だけのものだった痛みを、他の人間が知った。それは、僕を激昂させるには十分だった。
見たこともないほど怯えて震える彼を縛り上げ、そのまま胸ぐらを掴んで引き寄せる。怖がらせないように笑ったのに、なぜかもっと怯えられてしまった。
僕は彼みたいに力が強いわけじゃないから、暴力なんて振るえない。だから、態度で躾けることにした。丸一日無視し続けた翌日は目一杯可愛がってみた。ぐちゃぐちゃになった僕の心を丁寧に解いて、出てきた感情を強く強く彼にぶつける。一ヶ月もする頃には、彼はすっかり反省したみたいだった。
彼を僕の部屋に繋いでいた鎖を解くと、彼はすっと立ち上がって僕を蹴り倒す。久しぶりに感じる痛みに、僕は思わず口角が上がった。体温も上がった気がする。きっと、頬は上気していたのだろう。
これまでで一番、酷い暴力だった。足かどこかの骨が折れる音がしたのに、どこが折れたのか分からないほど全身が激痛に襲われていた。でも、幸福だった。彼からこれほどの痛みを与えられるのは僕だけなのだ。世間から見たら異常でも、僕にはこれが不器用な彼の愛情表現のように思えて愛しかった。
僕らの関係はきっと醜くて、けれど何より美しいものだ。言葉と態度で彼を縛り付けることしかできない僕と、暴力でしか相手を愛せない彼。そして、それを受け止められるのはお互いだけ。
痛くて歪で気持ちの悪いこの関係を、僕らは愛と名付けていた。

テーマ:愛する、それ故に

10/8/2025, 8:06:55 AM

ダン、と派手に火薬が爆ぜる音を立てて、ここ数日ですっかり慣れ親しんでしまった元非日常な武器が鉛玉を放つ。某国某所で突如発生した生ける屍、俗称ゾンビが街を闊歩するようになったのも、ここ数日のことだった。
「ほら兄さん!早くしないと逃げらんないじゃん!」
僕は屈んで何かをしている双子の兄の首根っこを掴んで、引きずるように近場の隠れ家に逃げ込んだ。皆疑心暗鬼になっているのか、人の密集する大衆シェルターには自称警備員が現れ、入るために何かしら物資が持っていかれるようになってしまった。2人だけでもカツカツだった僕らは、そこへは逃げ込めない。だからこうして、外の適当な洞穴や森の奥の廃墟を拠点としていた。
「今日は……お、あのゾンビの持ってた鞄、結構色々入ってんじゃん!」
前なら他人の鞄を勝手に漁ったりなんてしなかったが、命がかかっているのだ。そうも言っていられない。ゾンビとなって息絶えた誰かの持ち物で、僕らが命をつなぐ。今はそうしないと生きていけない。
「あれ、これもう弾切れになってる……」
パニックが起こった初期の頃、鎮圧のため出動し未知の敵に散っていった軍人達。僕の武器は、そんな彼らから拝借した銃火器だった。初めこそ扱いに困ったが、毎日数十から数百のゾンビを撃ち抜いていれば嫌でも慣れる。今ではリロードも何もかもがお手の物だった。
「明日また弾薬取ってこなきゃか。」
後ろで兄が食事を取っている音が聞こえる。僕が銃に慣れなかった頃と同じ時期、兄さんは食事を嫌がって大暴れしていた。僕がせっかく外から回収してきても、泣き喚くばかりで口を付けようとしなかった。でも、数週間経つ頃には空腹が限界だったのか、呻き声を上げながら食べていた。
「ふふ、それ美味しい?昨日のは固そうだったから、今日はもっと柔らかそうなのにしたんだ。」
ガシャガシャと金属の擦れる音がする。どうやら食べ終わったらしい。僕はくるりと振り向き、兄さんの頬を軽く撫でる。
「あ、こら。僕は噛んじゃだめって言ったでしょ。」
意味の無い母音を叫びながら噛みつこうとしてくる兄さんの口に、大型犬用の口輪を嵌める。足元には、兄さんが食い散らかした若い女の子の腕が転がっていた。
「もー、綺麗に食べてって言ったのに〜……」
それを適当に拾って外に放り投げ、兄さんに手枷と足枷を着けて縛り付けた。
「明日外に出るから、その時はまた今日みたいにおんぶしてあげるね。」
相変わらず吠えている兄さんの頭を撫で、僕は冷たくなった兄さんの体温を感じながら眠りについた。
外はゾンビの呻き声と逃げ惑う人々の悲鳴で随分騒がしい。けれど、僕の耳には兄さんと過ごす静かな静寂の空間しか耳に入らない。たまに兄さんが呻くが、それすら愛おしい静寂の一部になり得た。
僕は狂ってしまったのか、あるいは初めから狂っていたのか分からない。でも、兄さんが今は僕だけのものである現実だけで、僕の心は静かに凪いでいた。

テーマ:静寂の中心で

10/7/2025, 7:48:09 AM

「放課後暇?」
「……なんで?」
この手の質問をされる時は、大抵面倒事がついて回る。だから、それを警戒して聞き返した。目の前の男は腹立たしいほど純粋そうな笑顔で、俺の予想していた答えとは全く違った答えを返してきた。
「焼き芋する!」
拍子抜けしてぽかんとする俺をよそに、そいつはニコニコと楽しそうに話を続ける。曰く、知り合いからさつまいもを大量に貰ったらしい。色々と言いたいことはあったが、時期は秋、気温も下がってきて、スーパーの入り口の焼き芋につられる季節になってきていた。ツッコミをしたい使命感と食欲を天秤にかけ、僅差で食欲が買った。やはり三大欲求に入るだけある。
「……何時。」
「このあとすぐやりたい!てか一緒に帰ろ?」
高校生にもなって、保育園児並みの思考回路をしていそうな彼を目の前にしたら、ツッコミだとか世間体だとか、全部馬鹿らしくなってきた。
「……りょーかい。じゃ、校門で待ってて。」
飛び跳ねるあいつを横目に、昼休みの終わりを告げるチャイムを聞いていた。
*
放課後。2人並んで家に帰って、さっさと着替えてまた落ち合う。あいつの手には、確かに食べ切るのに苦労しそうな量のさつまいもが抱えられていた。
「……それ、全部焼くの?」
軽く十本は超えているだろう。2人で食べ切るのは至難の業だ。
「今夜家族も食べるんだって。あと俺の朝ごはん用!」
「……あそ。」
年甲斐もなく落ち葉をかき集め、数十分かけてこんもりとした山を作る。中にはアルミホイルと濡らしたキッチンペーパーで包んだ芋を詰め込んで、火をつけた。
パチパチと弾ける火は、いくつになっても気分が上がる。恥も忘れて少年のように笑い、ふと横を見た。
ゆらゆらと飛んでは消えていく火の粉があいつの目に映って、星の瞬きのように見えた。見惚れてしまった。普段キラキラしている瞳が、初秋の影を孕んで少し翳っている。そこに、真っ赤に燃えたぎった火の粉が揺らめいている。
相変わらず燃え続ける木の葉が爆ぜる音をBGMに、俺は芋で腹が満たされるより先に、心がいっぱいになってしまった。

テーマ:燃える葉

10/6/2025, 7:11:48 AM

身支度を済ませて、ベッドに潜り込んで、寝る準備は万端だ。目を閉じて息を落ち着かせる。けれど、いつまで経っても眠気はやって来なかった。いくら寝ようと格闘してみても、一向に眠れる気配は無い。
隣で眠る君も同じようで、さっきから何度も体勢を変えている。
「……ねぇ、起きてる?」
念の為の確認。答えが返ってくるのは分かりきっていたが、惰性で聞いていた。
「……起きてる……」
眠りたいのに眠れない苛立ちを込めたような声で返事が返ってきた。いつもより潜められて掠れたような声は、眠ろうと努力していた形跡だろう。
「……寝れないならさ、ちょっと出かけない?」
どこへ行くかも、何故誘ったかもよく分からない。とりあえず、眠れないのなら窮屈でしかないこの布団から抜け出したかった。
「……いいよ。どこ行くの?」
しばらく2人で黙り込んで考える。夜に開いている店なんてコンビニくらいしか無いし、それでは大して時間も潰せないだろう。
「……あの、団地の前の……」
「公園?やること無くね?」
そんなことは分かっている。でも、本当にそれしか思いつかなかった。
布団でぐだぐだと駄弁っていても仕方ないと、ひとまず例の公園に足を向けた。とっくに成人した男2人が並んでブランコに座っている絵面は、昼間なら不審者として通報されかねない。
キィキィと耳障りな金属音が夜の街に響く。この時間なら、どうせ誰も起きていない。そこまで迷惑にもならないだろうと言い訳をしてブランコを漕いだ。
「……お前漕ぐの上手いよな。」
隣で揺られる彼は、ほぼ同時に漕ぎ始めた俺より随分大きく揺れている。
「コツがあんだよ。」
「ふーん。」
あまり有益な情報だとは思えなかったので適当に返事をして、何気なく空を見上げる。子供の頃から、コイツはブランコを漕ぐのが上手かった気がする。
「……なんか眠くなってきた。」
本当は全く眠くなんて無い。けれど、なんとなく、横でゆらゆら揺れているこの男の温もりが恋しくなった。
帰り道、秋の夜の寒さに身を寄せ合う俺達を、冷たいようで温かい、隣の男に似たような月光が煌々と照らしていた。

テーマ:moonlight

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