今年もまた、この季節がやってきた……
そう、花火である。お互いに腐れ縁と言い合う仲の幼馴染を横目に、手持ち花火をありったけ買い込んで帰路につく。なんだかんだ言って、コイツと過ごすこういう時間は嫌いじゃない。馬鹿で女好きの癖にモテない、どうしようもないタイプの人間だが、一緒に居て気が楽なのだ。俺の家に着いて、適当に靴を脱いで上がる。コイツがお邪魔しますの一言も無しに入ってくるのは、ここがコイツにとっての第二の家みたいなものだからなのだろうか。蒸し暑い外を歩いていた体に、エアコンが放つ冷たい風が染み渡る。汗のせいで濡れた体では、少し肌寒いくらいだ。
夜になるまで、グダグダと適当に時間を潰す。特別なことも、面白い話も何も無い。ただ隣に座って、お互いにスマホの画面だけを見ている。そんな距離感が、やけに心地良いのだ。面白かった動画を共有して、2、3言話す。そうやって時間を潰しているうちに、日は暮れた。俺達は暗くなった途端に外に出て、去年のロウソクの余りを引っ張り出して火を点ける。
色とりどりの花火は、男子高校生2人で遊ぶには少しはしゃぎすぎな気もしたが、そんなことは気にしない。俺達は男子高校生らしく、ススキ花火を両手に持って、危険だと分かりながらそれを振り回してしまうのだ。枯れ草を焼き払い、花火をお互い向けあって威嚇する。そんなことをしてゲラゲラ笑っていると、あれだけあった花火はあっという間に終わってしまった。最後はやっぱり、定番の線香花火で締めることにした。
ぱちぱちと火花が弾ける音をBGMに、またどうでもいい話をする。
「来年は彼女と花火するから!1人でやることになっても恨むなよ!」
去年も同じセリフを聞いた気はするが、知らないフリをしてやった。気が付いたらどちらが先に落とすか、なんて定番の勝負が始まっていて、俺達は線香花火を動かさないことに全力を注ぐ。ちらりと奴の顔を盗み見すると、ばちりと目が合った。考えることは同じだったようだ。妙にツボにハマって、2人して笑い出す。俺達の火が落ちるのは、ほとんど同時だった。どっちが先だったか言い争いながら、後片付けをする。ほんのり残った煙の匂いが、来年の夏にも漂っているような気がした。
テーマ:真夏の記憶
「あっっっつい!!」
体温をゆうに超える気温に、じっとりと纏わりつく湿度。そのどちらもが、俺の不快感を刺激してやまない。あまりの暑さに悲鳴を上げ、俺は買い食いを決行することにした。コンビニに入ると中はエアコンがよく効いていて、汗が引いていくのを感じる。若干寒いくらいの室内で、俺は目当ての棚まで一直線に歩いていった。今求めるものは、その冷たさと甘さで俺を癒してくれるアイスクリームただ一つだ。冷凍庫にぎっしりと詰められたアイスの中で、俺が選んだのは2人で分けることを想定されたアイス。味はホワイトソーダにした。誰かと分けて食べる訳ではない。2人分を1人で食べる、そこにロマンがあるのだ。
外に一歩踏み出した瞬間、俺の体を再び熱気が包む。湿度に日差しのダブルコンボで、さっき出たばかりだというのにもう店内の涼しさが恋しい。そそくさと店の裏の影に逃げ込み、アイスの包装を破った。くっついている2つを分け、1つを開ける。この暑さだと溶けるのも早いのか、少し吸い上げただけで簡単に中身は出てきた。ホワイトソーダの爽やかかつまろやかな甘みに癒されつつ、手持ち無沙汰で辺りを見渡す。蜃気楼でどこもかしこも揺らめいて見える中、ふと目の前を通った毛玉に気を取られた。
「あ、猫……」
その猫は相当頭が悪いらしく、さっきから何度も挑戦して、届かないと分かっている木の上の鳥を狙っている。ぴょんぴょんとその場で跳ねる猫が面白くて眺めていたら、いつの間にかアイスが溶けてしまっていたらしい。ぽたぽたと地面に溢れたアイスを見て、なんだか若干損した気分になった。俺もあの猫のことを馬鹿にできないくらいには頭が悪かったかもしれないな、と思いつつ、1つ目を食べ終わって2つ目を開けた。既に溶けたそれは開けた瞬間溢れて手を汚す。慌てて口に含むと、7割液体のアイスが口に流れ込んでくる。ほぼ飲み物となったそれを飲みながら地面に溢れたアイスに視線を落とすと、蟻がそこに寄ってきていた。一匹が寄ると、それ以外もどんどん寄ってくる。アイスの池は、いつの間にか蟻の補給所となっていた。こいつらの餌になったなら、俺が零したアイスも無駄にはならなかっただろう。そう思ってもまだ若干拭えない損した気分を抱えたまま、俺は食べ終わったアイスのゴミを捨てに涼しい店内に吸い込まれていった。
テーマ:こぼれたアイスクリーム
いつもお前はそうだった。どうしようもないくらいお人好しで、他人に甘い癖に自分に厳しい。そんなんじゃすぐ潰れるぞと何回言っても直らなくて、目が離せなかった。戦場では、優しさは弱さと同義だ。味方を庇おうと思えばその分隙になる、命を救おうとすればそこに付け込まれる。それが、戦場というものだ。誰が悪い訳でもない。そうしないと、生きていけないから。それでも、お前は優しかった。傷付いた味方を見捨てられなくて、お前は右目を失った。空腹で泣き喚く子供に食糧をみんなやってしまうから、お前はいつも空腹だった。なのに、お前は笑っていた。誰よりも幸せそうに、ここが戦場だと忘れてしまいそうなくらいに。無愛想で、血を浴びながら平然と立っているような俺に声をかけたのはお前くらいだった。お前のせいで、俺は冷酷になりきれなくなった。
戦況が悪化して、俺達は辟易していた。攻め込んでも倍の軍勢に押し戻され、一人、また一人と仲間が死んでいく。優しいお前はその度に泣いて、一人が死ぬ度に弱っていく。そんな優しいお前と居たから、俺まで弱くなってしまった。
腹を貫かれる痛みが、燃えるような熱さが、俺の頭を支配していく。弱りきった味方を庇って敵に撃たれるなんて、前の俺ならしなかった。
でも、お前だったから。弱りきって狙われたのがお前だったから、俺は庇った。お前の優しさで、俺は救われた。でも、優しいお前のせいで、俺は死ぬんだろう。だから、優しいお前の隣にいた冷酷な俺として、最期に最悪の置き土産をやろうと思って、お前を傷付けると分かっていて、それでも生きて欲しくて。俺は、お前の優しさを壊した。
「お前の優しさは、罪だったよ。」
テーマ:やさしさなんて
真っ暗な部屋の中、電子機器の眩い光だけが満ちている。俺はそんな中、目の前のモニターから放たれるブルーライトを真正面から浴びていた。俺が部屋に引きこもってから、そろそろ1年が経つ。母さんはもう諦めたようで、食事を部屋の前に置いていく時に掛けられる一言以外は声も聞いていない。高校入学初日、中学までの陰気な自分と決別したくて、わざわざ遠くの高校を選んだ。髪型も整えて、大丈夫だと何度も自分に言い聞かせて。でも、ダメだった。自己紹介、席を立った瞬間に自分に集まった視線に、息が詰まって声が出なかった。俺が長らく黙ったままだから、怪訝そうな視線が余計に突き刺さってきて。入学初日から、俺は自己紹介で黙りこくった挙げ句泣き出した奴になってしまった。翌日から学校に行きたくなくて、部屋から出ないようにした。窓もカーテンも閉め切って、家族とさえ顔を合わせないように生活した。いつの間にか昼夜は逆転していて、もう普通の生活はできないんだと悟ったとき、俺はまた息が詰まってベッドで震えていた。何かをしていないと、世間から後ろ指を差されている気がしてならなくて、大して興味も無かったネットゲームにのめり込んで。すぐ近くのはずの天井がぼやけて見えるのが、すっかり下がりきった視力のせいなのか、涙のせいなのかも分からないような生活を1年続けた。
ゲームをやる気力さえ失せてきて、俺はベッドに倒れ込んだ。部屋を照らしていた唯一の光が消えると、俺の思考もぐるぐると悪い方へ傾いていく。じわり、とまた涙が溢れそうになった時、ふと扉がノックされた。始めは母さんが夕飯でも持ってきたのかと思ったが、それにしては時間が早すぎる。仕方がないので、半分出し方も忘れかけたような声で返事をしてやると、返ってきたのは予想もしていなかった声。
「にゃあ!」
飼い猫の声だった。俺の居る2階には入ってこられないはずなのに、どうして。そう思いはするが、あまりにしつこいので少しだけ扉を開けてやる。普段なら絶対に開けないが、今日はどうしてか気が向いた。そいつは俺の部屋を我が物顔で徘徊し、当然のようにベッドに居座る。追い出してやろうかと考え始めた頃、猫はふと窓の方へ向かった。俺が止める間もなく、猫はカーテンにじゃれついて開け放つ。月明かりが部屋に差して、俺は眩しさに目を細めた。猫の暴走は止まらない。どこで知ったのやら、窓の鍵を開けだした。流石に俺も止めに入るが、猫が窓を開ける方が先だった。外の風が、光が、部屋に満ちていく。こんなにも簡単に俺の殻を破ったそいつは、月明かりに照らされて、若干腹の立つドヤ顔でこちらを見つめていた。
呆気に取られながら、1年振りの外を見つめる。いつの間にか、季節は夏になっていた。久しぶりに感じる暑さと生温い風も、今だけはどこか心地よかった。
テーマ:風を感じて
目の前に広がる、どこまでも青い水。視界を泳ぐ魚の群れに、ひらひらと漂うクラゲ達。水族館の大水槽のようなそこに、ただひたすら2人で沈んでいく。俺を見つめるお前の目は、何か恐ろしいものでも見るかのようで。ずっと連れ添ってきた片割れのそんな目が気に食わなくて、俺はその頭を押さえつけた。がぼ、と2人の口から泡が逃げ出しては上に浮いていく。酸欠なのか錯乱なのか、もう訳が分からないままふわふわとした感覚に身を任せる。
ふと、誰かに名前を呼ばれた気がして顔をそちらに少し向ける。違う、これは俺を呼んでいるんじゃない。誰かが彼を、呼んでいる。否、呼ぶなんて生優しいものじゃない。ほとんど絶叫に近いそれが妹のものだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
ざばりと水から顔を上げる。相変わらず頭はふわふわしたままだ。ぼんやりと辺りを見渡すと、そこは家の風呂場だった。あの魚の群れも、クラゲ達もいない。ああ、あの水槽も、魚もクラゲも彼も、全部俺の夢だったのか。
荒い呼吸音に気を引かれ、ドアの方を見やる。妹は、顔を真っ青にして彼の名前を呼びながらへたり込んでいる。まただ、また、彼と同じ化け物でも見るような目でこっちを見てくる。どうしてそんな目で見てくるのか気になって、水から上がろうとした。足に伝わったのは、ステンレスの浴槽の床ではない、柔らかな感触。ぐに、と沈み込む感覚に顔を顰めて浴槽の中を見やる。瞬間、ぼんやりしていた思考と視界の霧が晴れた。血の気が引いていく。
彼の存在だけは、夢ではなかった。
テーマ:夢じゃない