作家志望の高校生

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目の前に広がる、どこまでも青い水。視界を泳ぐ魚の群れに、ひらひらと漂うクラゲ達。水族館の大水槽のようなそこに、ただひたすら2人で沈んでいく。俺を見つめるお前の目は、何か恐ろしいものでも見るかのようで。ずっと連れ添ってきた片割れのそんな目が気に食わなくて、俺はその頭を押さえつけた。がぼ、と2人の口から泡が逃げ出しては上に浮いていく。酸欠なのか錯乱なのか、もう訳が分からないままふわふわとした感覚に身を任せる。
ふと、誰かに名前を呼ばれた気がして顔をそちらに少し向ける。違う、これは俺を呼んでいるんじゃない。誰かが彼を、呼んでいる。否、呼ぶなんて生優しいものじゃない。ほとんど絶叫に近いそれが妹のものだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
ざばりと水から顔を上げる。相変わらず頭はふわふわしたままだ。ぼんやりと辺りを見渡すと、そこは家の風呂場だった。あの魚の群れも、クラゲ達もいない。ああ、あの水槽も、魚もクラゲも彼も、全部俺の夢だったのか。
荒い呼吸音に気を引かれ、ドアの方を見やる。妹は、顔を真っ青にして彼の名前を呼びながらへたり込んでいる。まただ、また、彼と同じ化け物でも見るような目でこっちを見てくる。どうしてそんな目で見てくるのか気になって、水から上がろうとした。足に伝わったのは、ステンレスの浴槽の床ではない、柔らかな感触。ぐに、と沈み込む感覚に顔を顰めて浴槽の中を見やる。瞬間、ぼんやりしていた思考と視界の霧が晴れた。血の気が引いていく。

彼の存在だけは、夢ではなかった。

テーマ:夢じゃない

8/8/2025, 10:22:18 AM