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10/16/2024, 10:39:45 AM


本日のテーマ『やわからな光』

物心ついた時から両親は家にいなかった。父さんは朝7時に俺が起きる頃には、すでに車で会社に出社していて、母さんも同じく会社勤めでいなかった。
なので、必然的に婆ちゃんが兄と俺と弟の親代わりだったが、婆ちゃんも大概、放任主義な人だったので、実質、俺の親代わりは兄だった。
小学生の頃、土曜日が半ドン(午前中だけ授業して昼までで帰れるのだ)で終わる日は、爺ちゃんと婆ちゃんは畑仕事をしていて昼ごはんを作ってくれる人が家には誰もいないので、兄がチャーハンを作ってくれた。俺は兄の作る塩っからい鮭フレーク入りの炒飯が好きだった。
「んまい! 兄ちゃん、料理人になれるよ、マジで」
正味の話そこまでではないが、せっかく作ってくれたので持ち上げる。
「まぁ、料理は嫌いじゃないからな」
と、まんざらでもなさそうな兄。単純な人だ。
そして、夜になると母さんが帰ってきて、夜ご飯を作ってくれる。兄が作ってくれた塩気の効いたチャーハンも好きだったが、母さんの作ってくれる料理は別格だった。中でも俺が好きだったのは、チーズをのせてオーブンで焼いて作ってくれるエビグラタンだ。
「母さんの料理が一番おいしいなあ」
「うんうん」
兄と俺がそういうと、母さんは無言で笑って、自分の分のグラタンのエビを兄と俺と、なにも言ってない弟にくれる。優しい人なのだ。
さらに夜が更けると、父さんが帰ってくる。
「父さんが帰ってきて嬉しい人~~~??」
と、帰宅するなり玄関口で、普段、無口なのに、仕事終わりでテンション高めなのかふざける父。
「「「「はーい!!」」」」
お決まりのように、母さん、兄、俺、弟の四人で手を挙げて答えてあげる。
「みんな、愛してるぞ~~!」
酒は一滴も飲んでいないのに、酔っぱらっているように、皆からそう言われるだけでご機嫌になる単純な父さんであった。

本題『やわらかな光』
あれは金曜か、土曜か……
昔、金曜ロードショーか、土曜なんとかって、夜の9時くらいから映画をテレビでやる日があった。もしかしたら今でもあるかもしれないが、俺は久しくテレビを見ていないので分からない。
とにかく俺が幼い頃の、その日……
小さい俺と弟は眠気に耐えられず、二段ベッドで眠りに就く。
父さん、母さん、兄の三人は、カーテン一枚向こうを挟んだ向こうの部屋で、テレビで映画を見ている。
カーテンの隙間から漏れる『やわらかな光』と共に、三人の笑い声が聞こえてくる。
俺は目を擦りながら起きる。仲間はずれにされているのが嫌だったのだ。
父さんと兄が映画の内容について、あーだこーだ討論してる中、ちょいと失礼と二人の前を通り過ぎ…
母さんが座っているソファの横に座り、映画の内容もロクに分かってないのにジっとテレビ画面を見つめる。
……が、眠気に耐えられず、結局、母さんに膝枕される形で眠りに落ちてしまう。
眠りに落ちる間際、蛍光灯の光と共に、僅かに感じるもの。
母さんが俺の頭を撫でてくれているのか、モミアゲのあたりに感じる人の手の感触。俺はあれが、大人になった今でも一番好きな感触だ。
だからなのだろうか,母猫が子猫を毛繕いしてあげてる動画を見ると涙が出てくるのは…
いや、べつに俺はマザコンじゃない。断じて違う! 父さん母さん爺ちゃん婆ちゃん兄、弟、皆好きだ! そこに優劣なんかつけられない! けど、やっぱり母親という存在は大きい。肯定されてる時の安心感が圧倒的に違う。
主張せず、そこにいて、いつも俺を安心させてくれる…俺にとっての『柔らかな光』の代名詞は母さんなのだ。
ますますマザコンみたいになってきたので、これ以上はよそう。

10/16/2024, 8:11:39 AM


時刻、午後四時過ぎ。夕と夜の間のスーパーマーケットの中、カップラーメンやスパゲティが売られているコーナーの一角から『鋭い眼差し』でお惣菜売り場の様子を覗っている怪しい人物が一人。
誰だ? 俺だ。
何をしているのかというと、お惣菜に割引シールが貼られるタイミングを見計らっているのだ。
(くっ……まだか……いつもなら、そろそろ割引シールが貼られてもおかしくない時間だが……)
と、不審者丸出しな感じでラーメンコーナーを行ったり来たりしながら、さりげなくスマホを見て時間を確認していると

ピンポンパンポーン

(きたきたきたきたあっ!!)
何が? 店内放送だ。それも俺が待ち望んでいた『現在、お惣菜売り場では全品2割引きで……』ってな感じのお得情報を報せてくれるヤツである。
それすなわち、俺の大好物である『鮭ハラス炙り焼き』がお値打ち価格で買えることを意味する。
何を買うでもなく、ボケっとラーメンコーナーをうろついていた俺のテンションが一気に爆上がりした。
(今日は疲れたし、鮭ハラスをつまみにして一杯やるか!)
そう決め、急ぎ足でお酒売り場に立ち寄ると、缶チューハイ2缶をカゴの中に入れ、そのまま来た道を引き返してウキウキ気分でお惣菜売り場に向かう。
向かおうとした……が……聞こえてきた店内放送を前に、俺は我が耳を疑った。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、いらっしゃいませ~! 現在、お惣菜売り場ではオセチの予約を承っております」
冷凍食品コーナーのあたりで、ぴたりと足を止め、フリーズしてしまう。
(そうか、もうオセチの季節が近づいてきてるのかあ)
ボケてしまって何もできなくなってしまったけど、オセチに入ってた婆ちゃんの作るゴマメは絶品だったなぁ、母さんの作るブリの照り焼きなんか最高で、一切れで日本酒一本はいけるなぁ…などと、思い出に浸る。
……じゃなくて、
(割引のお報せじゃないのかよ!!)
通路の端で立ち止まり、苦虫を噛み潰したような顔をしているであろう俺を見て、通り過ぎるお婆さんが怪訝そうな顔をする。
ごまかすように『鋭い眼差し』で、買う予定もない冷凍ギョーザを品定めしているフリをして取り繕う俺であった。

10/14/2024, 12:17:26 PM


本日のテーマ『高く高く』
そのテーマとは真逆のベクトルにある地位で『低く低く』生きている俺。
そもそも生き方のような抽象的な崇高さを話す以前の問題で、俺は物理的に高いところが苦手だった。
高い場所から下界を見下ろすと、頭がボーっとしてきて、吸い込まれるように自分から飛び降りたくなってしまう、という謎の病気を患っているからだ。この話を友人にした時は、「お前、憑りつかれてるんじゃね……」と若干、引かれたくらいである。
「それに、太陽を見るとクシャミが出んだよね……」
「ふうん」
そっちの話は、同意も否定もなく、なにごともなかったかのように流されたが。
それはさておき、友人が俺に言った『憑りつかれている』……
なにに? おそらく悪いモノだろう。悪魔とか悪霊とか、そういう感じの一般的にいって好ましくないものだと思われる。
良からぬ魔物たちが俺の思考を操り、冥界へと誘うかの如く、無意識のうちに高所から飛び降りさせようとしているから気をつけろよ、と友人は短い言葉でドンビキしながら忠告してくれていたのだ。
心配性の俺としては、一刻も早くどうにかしなければならない問題であった。しかし、そういった類の目に見えないエネルギー体と戦う力など俺にはない。最悪の場合、悪魔や悪霊にやられてしまった後に、エーテル体となった俺が、あん時はよくもやってくれたなと一対一で悪魔や悪霊に戦いを挑むことはできるかもしれないが、たぶんそれでもあっさりと負けるだろう。
やはり自分の手に負えないことは専門家に頼むべきである。エアコンが壊れたらエアコン業者さんに頼むように……
悪魔や悪霊に憑りつかれているかもしれない、となって、この国で頼れるのはお寺や神社だ。お坊さんや神主さんにお祓いを頼むのが定石であろう。
だけど、お祓いの料金は高そうだし、それになんだか、「高いところにいると飛び降りたくなって、思わせぶりな友人が言うには悪霊に憑りつかれているみたいなんですけど……」と真顔で説明するのは恥ずかしかった。
それに無理してお祓いを受けたとしても、おごそかな空気の中、神主さんが祓いの祝詞を唱えているのを正座して聞いている自分という状況を俯瞰で見ると、その奇異なる雰囲気に耐えられなくて、俺は噴き出した挙句、爆笑してしまう。そうなると神主さんに「な、なんだコイツ……」と思われてしまう。想像したら、恥ずかしさと気まずさで死ねる…
神主さんやお坊さんに頼るのは、やめておいたほうがよさそうだ。

……とにかく。
俺の人生の目標は『高く高く』、戦闘機みたいに刹那的にぶっ飛ばしながら高空飛行をすることではなく、『低く低く』、低空飛行しつつ、85歳くらいまで燃費よく長距離飛行することである。
その目標を達成するためにも、万が一にでも、謎の持病のせいで若くして高台から飛び降りてしまうような失態があってはならない。それが悪魔や悪霊のせいであるなら、平和主義者の俺としては不本意ではあるが、腹を括ってそいつらと戦うしかない。

「うわあ、なんだ、くそ、スズメバチだらけだ! これも悪霊の仕業か!?」
グーグルマップで検索した、自分の住んでいる場所から一番近い場所にある神社にやってきて、鳥居をくぐった俺はスズメバチに襲われて慄いていた。
金銭面と精神的な不安から、お祓いを受けることを諦めた俺は、とりあえず近所の神社の神様に救いを求めることにしたのだ。
スズメバチの猛襲を数ヶ月しか通ってないキックボクシングジムで習ったスウェーバックで避けつつ歩を進め、神社の祭殿に到達する。
とりあえず、近くにあった手水舎で手を洗う。神様に会う前は身を清めるのが礼儀なのだ。昔、初詣の際に両親がやっていたのを思い出し、いちおう、口の中もゆすぐ。詳しくは知らないので作法は俺流だが、神様は寛大なのでたぶん許してくださるだろう。
そして、いよいよお参りだ。
財布の小銭ポケットから、なけなしの500円玉を取り出し、それを賽銭箱に投げ入れ、正式名称は知らないけど、とにかくガラガラを鳴らして祭殿に向かって一礼し、柏手をパンパンしてから再びお辞儀する。
「あれ、お辞儀って何回すればいいんだっけ……」
わからないのでお願いする前にオマケ感覚でさらに三回した。神様、無礼であったらお許しくださいと最初の願いを心の中で呟きながら目を閉じ合掌し……
(どうか、俺の家族が健康でありますように……)
お参りするときのクセで、本来の目的を忘れているかのようなお願いをしてしまった。
慌てて開眼すると、賽銭箱に100円玉を投げ入れて、パンパンと拍手を慣らし、再び目を閉じ
(金持ちになりたいっす……大金持ちじゃなくていいんで、それなりの……)
またしても、本来の目的とは別の、しかも煩悩にまみれたお願いをしてしまった。
「じゃなくて……てか、一度にこんな頼んでいいものなのか……?」
セルフツッコミを入れつつ思った。神社と神様をファーストフード店みたいに扱う俺は、凄いバチアタリなんじゃないだろうかと。
まぁ、ここまできたら、やぶれかぶれだ。
また100円玉を賽銭箱に入れて、今度はちゃんとお願いする。
(頑張るんで、見守っててください。余裕があれば俺の大切な人たちも……)
遥か彼方にいるかもしれない高尚な存在に、フワッとした思いを願う。
なにはともあれ、『高く高く』ついた参拝であった。

10/13/2024, 11:04:43 AM


『子供のように』生きたい。
具体的に言うと、お金に縛られることなく生きたい。
税金や預金残高や水道光熱費、家賃、食費に怯えることなく生きたい。
例えるとするなら、そう、子供の頃の夏休みの朝、なんの不安もなく、しかし面倒臭いなぁと思いながらラジオ体操会場の広場に向かい、誰だか分からないおばさんにラジオ体操カードにスタンプを押してもらって、帰ってきて朝ごはんを食べていたあの頃のように。
大人になって思う。
なぜ、生きるだけでお金がかかるのだ……罰金か何かなのか? 俺がなんの罪を犯したというのだ……
俺はただ、ラジオ体操をして、セミの抜け殻を集めて、婆ちゃんの作ってくれたソウメンを食べて、友達とプールに行きたいだけなのに……

子供の頃、恐竜が好きだった。
母さん曰く、子供の頃の俺は恐竜図鑑に載っている恐竜の名前を全て暗記していて、「これは何?」と訊ねると、一字一句間違うことなく正式名称を答えられたそうだ。
そんな俺の子供の頃の夢は、もちろん恐竜博士だった。正式にいうと古生物学者……だろうか……?
……が、今では恐竜の名前は、ほとんどわからない。ティラノサウルスとトリケラトプス、かろうじてプテラノドンが見分けられるくらいだ。
(くそ……あの頃、もっと真剣に勉強していれば……!)
職場のから揚げ屋でカラアゲをパック詰めしながら、たまにそう思う。
しかし、それは大きな間違いだ。俺の勝手な想像かもしれないが、おそらく、専門職に就ける人達はブレることなく、それだけを一途に好きな人たちだと思う。
小さい頃、好きだったものを見限り、テレビゲームやアニメや漫画に逃げた俺とは根本的に違うのだ。
だがテレビゲームやアニメや漫画が悪いかというと、そうではない。人生の教訓として、教えて貰ったことは沢山ある。たとえば、それらの媒体において共通して、いきがっているヤツは大体ひどい目に遭う。また、弱いモノいじめをしているヤツも悲惨なことになる。おそろしいことだ。だから俺はやらない。
また、俺の好きな漫画の主人公がこのように独白する。
『愚か者は、いつも過去を悔やむのだ』
「俺のことじゃねえか!!」
キレ散らかしそうになったが、かろうじて堪える。

……まぁ、なんだ。なんの話だったか。
そう、俺は、ただ、子供のように生きたいのだ。
しかし現在の俺は立派な大人だ。大人になった俺を誰も甘やかしてはくれないし、失礼な態度を見過ごしてくれたりもしない。大人なのだから当たり前である。
それを許してくれる人を見つけるというのも、いい歳して、それはただの他者に対する甘えでしかない。
同い年の皆と同じラインに立つのだ。大人にならなければならない。そこがスタートラインだ。
けど、大人になるってどういうことなのだろうか。
当然、最低限の礼儀や立ち居振る舞いは身に着けているが、それは大人の皮をかぶっているだけだ。思いっきりふざけろ!と拳銃を突き付けられて命令されれば、今すぐにでも小学五年生に戻れる。
子供、大人、子供、大人、子供……
考えてもわからない。ただ一つわかるのは、
俺は、恐竜図鑑を暗記してる俺を見て喜ぶ母さんの笑顔が嬉しかっただけで、実は俺自身はそれほど恐竜博士になりたくなかったのではないかということだけだ。

10/13/2024, 9:15:04 AM


高校生の時、『りっくん』という友達がいた。
身長170センチほどの痩せ型、塩顔のイケメンで、将棋部かテニス部に入ってそうな感じなのに、なぜか柔道部に入っていて、クラスではいつも気怠そうにしていて、学校もサボりがちで、だからといってヤンキーというわけでもなく、正義感が強くて、陽キャがイジメてる子の机を教室の外に出してクスクス笑ってると、無言で立ち上がってその机を教室の中に戻すことができるような不思議なヤツだった。
イジメられてる子を助けて、陽キャから「かっこいい~」と、からかわれても、「だせーことすんなよ」とボソっと返すのがかっこよかった。
記憶が正しければ、りっくんに話しかけたのは俺からだ。
「俺も空手やってたんだ」みたいな感じで。
りっくんは柔道部なのに、なにが『も』なのかは不明だが、とにかく、それをきっかけに仲良くなったのを覚えている。
りっくんは不思議なヤツで、見た目はそれなりに良くて、陰キャがつけないヘアーワックスをつけてバシっと髪をキメてたし、なんかダルそうな感じもヤンキーぽかったし、学校の校則で禁止されているにも関わらず関係ねぇよってロックな感じで原チャで通ってきてたけど、ヤンキーじゃなくて、陽キャグループにも入ってなくて、俺みたいな陰キャグループにも入ってなくて、かと言って一匹オオカミ!って感じで尖ってるワケでもなくて、休み時間はいつも寝たフリしてるような人だった。なのに、二人きりで話す時は芸人みたいに面白いヤツだった。
だから好きだった。変な意味じゃなくて、個性的でカッコいいなぁと思ったのだ。
なにより前述したように、陽キャ連中がイジメられてる子の机を教室の外に出してニヤニヤした時、俺だって「こいつら……!」と思ったけど、助けてからかわれたり、バカにされるのが怖くて、なにもできず見てみぬフリをして友達とどうでもいい会話をして気づいてないフリして、あえて知らんぷりしたのに、りっくんは動いた。
今になって思う。りっくん、彼は大人だった。
この歳になって思うのが、後になって後悔して、自分を嫌いになるくらいなら、やれることをやるべきなのだ。誰に嫌われようが恥をかこうが馬鹿にされようが、そんなものは過ぎ去ってみれば本当にどうでもいいことなのだから。

……で、本題。
今日のテーマ『放課後』
あれはたしか、文化祭だか体育祭だかが終わった後の放課後だったか。
陽キャ主催の、クラスの男子全員参加の腕相撲大会が開かれた。と、いうのも、その時の担任の先生が、なんか分からないけど皆頑張ったので、全員にお弁当を奢ってくれるという話になって、一人500円までで好きな弁当を選べということになったのだが、陽キャがそれだけじゃつまらないと言って、腕相撲をして優勝者はどれだけ高い弁当でも頼んでもいいことにしようというミニゲームが催されたのだ。
こういう時、やっぱり強いのはヤンキー連中だ。たぶん普段、喧嘩してるからだろう。
いっぽう、陽キャはあんまり強くない。なんなら恰幅のいい陰キャに一瞬でのされることもある。しょせんヤツらは勢いだけだ。いや、ベツに俺が陽キャを嫌ってるとかそういうわけではなく、真実として。
そして、俺も、それなりに強かった。なにせ中学までは伝統派空手を習っていて、こう見えて黒帯もとっているのだ。現にクラス19人の男子のうち、11位という高成績を納めた。
そんで散々、書き連ねてきた『りっくん』の成績は、ここまで書いたのだから当たり前というか一位だった。
陽キャも陰キャも女子も関係なく、皆が応援する中、勝ち残った『りっくん』とクラスのヤンキーの一騎打ち。あの時じゃないだろうか、文化祭や体育祭より、クラスが一丸となった感じがあったのは。
結果は『りっくん』の圧勝だったけど、ヤンキーも「つえーわ」とか言って笑ってたし、陽キャも陰キャも盛り上がってて、女子も楽しそうで、先生も笑ってて、そこにイジメやからかいなんか1ミリもなくて凄く良い雰囲気だった。

腕相撲大会が終わって、弁当を先生が買ってきてくれた、すっかり夜の学校の放課後。物凄い非日常感があった。
「楽しかったな」
一人だけ1000円近くする、すき焼き弁当みたいなのを喰いながらりっくんが言う。
普段そんな気配りなど絶対しないくせに、陽キャ連中がペットボトルのお茶を皆に配ってくれる。もちろん、ふだんイジメられてる子にも。女子が「お疲れ」と笑顔で声をかけてくれ、飴やお菓子をくれる。ヤンキーが「結構やるやん」と俺の肩を叩いて笑う。
「うん、楽しかった」
あの頃、300円いくかいかないかくらいだった高菜弁当をくらいながらりっくんに答える。
こんなふうにクラス全員、仲良い日がずっと続けばいいと素直に思った。皆、普段、かっこつけたり大きく見せようとしたり、子供ながらに駆け引きしたり、いろいろあるけど、一皮むけば子供で仲良くなれるのだ。
だけど楽しいのは今日だけだ。明日から、また日常が始まる。
陽キャは、やはり誰かをからかってイジメるだろうし、ヤンキーもフンって感じで冷たくなる。俺達もそちら側に関わろうとはしない。
楽しかったけど、無性に切なくなった。

……と、いうような昔話を、一昨年のお正月に帰省した時に久しぶりに会った『りっくん』に居酒屋で飲みながら話して聞かせた。
俺としては、あの時の『りっくん』の心情などを聞きたかったのだが……
「はは、あったなぁ、そんなこと」
そう言って笑うと、りっくんはスマホの画面を俺に見せた。
「これ、こないだうちの妻と子供とお義母さんで旅行に行ってきたんだけど、ゴーカート乗ってさ……」
俺の話はさらっと流され、幸せな画像を見せつけてきて、なにか、自分語りまで始まってしまった。
まったく、大人の放課後はつらいぜ……

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