Open App
8/10/2024, 1:54:57 PM


本日のテーマ『終点』

これまでいろいろありながらも、なんとか生き延びてきた俺の道程に、ついに人生の終点が訪れた。
具体的に言うとエアコンが壊れてしまった。
リモコンを冷房に設定して温度を20℃に下げてもエアコンの送風口からぬるい風しか出てこないのだ。
まごうことなき死活問題である。なにしろ昨今は温暖化の悪化により気温35℃超えが当たり前の時代に突入している。さらに悪いことにモノで溢れた俺のアパートの一室は風の逃げ場が無く、室温は37℃に迫る勢いであった。
はっきりいって、夜でも35℃近い部屋で眠るのは拷問に近い……
俺はアパートの管理会社に修理の依頼の電話をした。
「あ、もしもし、すみません……〇〇の〇〇号室の梶ですが…エアコンが壊れてるみたいで修理をお願いしたいんですが……」
管理会社の方から業者の人に確認を取ってもらったところ、折り返しで電話があった。
それによると今はエアコン関係の修理やら取付けやらの依頼が込み合っていて、俺のところの修理は最短でも8月の半ば頃になるそうだ。
俺は深く絶望し、同時に激昂した。
「ふっざけんなよ!」
俺はスマホを壁に投げつけ大声で怒鳴りたてた。怒鳴りたてようとしたが……俺もいい歳をした大人なので、あくまで心の声にとどめ「あ、そうですか……じゃあ、それでよろしくお願いします……」と言って電話を切った。

さて、そういうわけで8月半ばまでエアコン無しで過ごさなければならなくなってしまったわけで。
そうなって一番困るのは、とにかく眠れないことだ。
いつもの生活パターンだと深夜0時~2時までに床につく俺であるが、エアコン無しだと暑くて眠れないのだ。汗がダラダラと溢れてくる。
首周りとふくらはぎの裏に大量のあせもまで出てきた。これはまずい……
とりあえず近所のドラッグストアで制汗剤スプレーを買って体にまぶしてから眠るようにしてみるとだいぶマシになった。が、汗の問題は解決しても温度の問題のほうは何も解決していない。
まさか暑いというのがこれほどまでに過酷だとはエアコンが壊れるまで想像もしていなかった。
エアコンがないと眠れない。眠れるのは室温がいい具合になる4~5時ぐらいになる。そうなると仕事にでかけるまでの時間を差し引いて数時間しか眠れないので疲れも取れない。
さらにエアコンをつけずに眠った後の寝起きは地獄だ。起きたて数十分は脳が煮だっている感じがして数十分は何も行動できなくなる。水分不足なのか、ふくらはぎやお腹の筋肉までつってきた。かなりヤバイ感じであった。
「夏に、ころされる……」
寝起き、ゴミに溢れた狭いアパートの一室で俺はひとしれず呟いた。

そこで俺は考えた。エアコンの修理の日まで、仕事終わりにネットカフェに立ち寄ってそのまま宿泊することにしてみた。
からあげをパックに詰め込むだけの仕事を終えると、その足で近くのスーパーに立ち寄って発泡酒とチューハイを買い、飲食物持ち込み可のネットカフェにチェックインする。もちろん選ぶのはフラット席だ。
このネカフェはナイトパック9時間で1800円と良心的でさらにシャワー料金が20分まで無料なので最高なのだ。
俺はシャワーを浴びて空調の効いた快適なフラットシートで無料の映画を見ながら発泡酒を飲んで最高のひと時を過ごした。
そんな生活を続けていると一週間ほどでお金がカツカツになってきた。
「ふっざけんなよ!」
俺はペイペイの残高を確認して声を荒げて叫んだ。が、俺もいい歳をした大人なので深呼吸をして心を落ち着け、自分を窘めた。
「ネカフェに泊るのはもうよそう……」

ということで今は暑さに耐えながらこの文を書いている。
業者さん、どうか俺の部屋のエアコンを一刻も早く直してください!

6/19/2024, 4:30:43 PM

みなさん、初めまして。私はビニール傘です。
私は恋人の梶さんと六畳一間の狭い部屋で同棲しています。
「いいなあ、ソロキャンプ。俺もやってみたいなあ。スキレットにマクライト、デルタナイフも欲しいなぁ…置く場所がないけど…」
パソコンのディスプレイを見つめて意味不明なことをブツブツ呟いているのが私の恋人の梶さんです。
さっきまで「今日のテーマは『相合傘』か…」なんて言って、珍しく真剣な表情で考えごとをしていたのに、今は『ゆうちゅうぶ』っていうインターネットのサイトを見るのに夢中みたいです。
なので本日のテーマは梶さんにかわって私が書いてみようと思います。
ですが、ビニール傘の私は今まで一度も文章を書いたことがないので、上手く書けるかどうかわかりません。ですから温かい目で見守って頂けると幸いです。

梶さんと出会う前の私は『こんびに』という物で溢れる雑然とした場所に監禁されていました。狭くて、息苦しくて、外の世界に逃げ出そうと何度も思いました。けれどビニール傘の私には歩くための足がありません。困りました…
そんなときに現れて、私をこんびにから助け出してくれたのが梶さんです。
こんびにに入ってきた梶さんは私のところまで一直線にやってくると、私の手を掴んで引っ張り上げ、私の体を固定していた傘立てという拘束器具から私を解放してくれました。
まるで、囚われの身になっているお姫様を助けにきてくれた王子様のようでした。その英雄的な行動に感銘を受けた私は、一瞬で梶さんのことが好きになりました。
きっと梶さんも、私の透き通るようなビニール製の肌に一目惚れして、助けてくれたのだと思います。両想いですね。

梶さんに連れられてこんびにの外に出ると、雨がサァサァと降っていました。
「…いきなり降ってくるんだもんなあ」
梶さんが憂鬱な顔で空を見上げて恨めしそうに言います。私を助け出してくれた大好きな恩人の梶さんに、そんな顔をしてほしくありません。
私はニコっと微笑んで梶さんに言いました。
「大丈夫ですよ、私が守ってあげますから」
「…………」
私と梶さんは相合傘をして家まで帰ることにしました。
「ちゃんとささないと濡れちゃいますよ」
「…………」
梶さんは恥ずかしがり屋な性格の人なので、私が話しかけても何も答えてくれません。
ですが、言葉はなくても、私の手をしっかりと握ってくれます。虚弱体質な私の体が傷つかないように、大事に丁寧に接してくれます。
「おっと危ない、ぶつけて傘を壊すとこだった。700円もしたんだから気をつけないと…」
…………とにかく。
不器用だけど優しい梶さんのことが大好きです。

本日のテーマ『相合傘』
梶さんの代筆をなんとか勤め上げることができました。
ところで明日の天気は雨でしょうか? 雨だったらいいなと思います。梶さんと相合傘で、お出かけできるから…
梶さんに聞いてみましょう。
「梶さん、明日の天気は雨ですか?」
「ふぁぁ…ねむ…いけど…寝る前に歯を磨いて、洗い物を片付けないと…ペットボトルのラベルも剥がさないといけないし、ああ面倒臭い…」
それどころではないようです。
困っている梶さんのお手伝いをしてあげたいところですが、ビニール傘の私には見守ることしかできません。
歯ブラシを咥えたままコップやお皿を洗っている梶さんをそっと応援してあげます。
「頑張ってください、梶さん。生活のお手伝いはできませんが、雨の日は私を頼ってくださいね」

6/17/2024, 3:55:14 PM

本日のテーマ『未来』

…ということで、『未来』について考えてみる。
…なんかやたらと嫌なことばかり思い当たってしまった。たとえば年金問題とか、自身の健康問題とか、今月の家賃のこととか…
いかん、ゴミにまみれた狭い部屋の中で『未来』について黙考していたらだんだん気が滅入ってきた。
(音楽でも聴いてリフレッシュしよう…)
そう思った俺は動画投稿サイトを開くと『心が落ち着く曲』で検索をかけた。
すると『自律神経に優しい音楽! 経性胃炎、過敏性腸症候群、吐き気、立ちくらみ、頭痛、不安、イライラなどの症状を和らげることができ睡眠の質を良くしたり、自律神経緩和、リラックス効果、集中効果あり!』というなんだかよく分からないが、とにかく体に良さそうな素晴らしいタイトルがつけられている動画を発見した。早速、流してみる。
優しい音楽と共に、水の流れる音が聞こえてきた。
「よし……未来に対する不安な気持ちが薄れてきたぞ。ああ、でも眠たくなってきた」
だが、まだ眠るわけにはいかない。今日のお題を書き上げねば…

大幅に横に逸れてしまった話の流れを元に戻す。
先日のバイト中、どでかい銀色のボウルに材料をぶち込んでポテトサラダを大量生産している後輩の大竹くんが俺に話しかけてきた。
「俺らのやってる仕事って機械にやらせたほうが絶対に効率いいっすよね」
俺はカラアゲをパック詰めしていた手を止め、大竹くんの意見に対して異論を唱えた。
「いや、だめだよ。そんなことになったら俺らの仕事がなくなるじゃん」
「俺はベツにいいっすけどね」
大竹くんはそれでよくても、俺は全然よくない…
しかし、たしかに大竹くんが言うように機械にやらせたほうが効率の良い仕事は数多に存在する。そして、その事実を証明するように人の仕事は機械に侵略されつつある。飲食店で活躍している配膳ロボットなんかが典型例だ。
技術の進歩によって生活は便利で豊かになっていく一方、人間の仕事は機械にどんどん奪われていく。
恐ろしいことだ……

10年後の『未来』の自分を想像してみる。
『全自動からあげパック詰めマシーン』に仕事を奪われた俺は職安を訪れて求職活動に励んでいる。
新しい職を斡旋してくれる担当の職員さん(人工知能が組み込まれた人型ロボット)は、こんなふうに俺にたずねることだろう。
「なにかやりたい仕事はありますか?」
俺は答える。
「そうですね…商品の梱包作業とか…」
「ああ、それはロボット用の仕事ですね」
「じゃあ、配送業は…」
「配送ドローンの仕事なので人間は募集していないですね」
「タ、タクシードライバーとか…?」
「今はもう全ての車両がAIを搭載した自動運転のものになってますね」
「…………」
詰みだ。お先真っ暗である。

本日のテーマ『未来』
まさしく地獄のようなお題であった。
大きく削られたHP(ヒットポイント)とMP(メンタルポイント)を回復させる為に、引き続き『心が落ち着く曲』を聴きながら、お酒をかっくらって何も考えられないレベルまで頭を麻痺させて寝てしまおう。
そうする前に、俺から『未来』へ向けて一言。
「どうか、俺の仕事を奪わないでくれ!」

6/13/2024, 4:10:46 PM

本日のテーマ『あじさい』

そのお題を前に、俺は部屋の中で頭を抱えて思い悩んでいた。
「あじさい…あじさいかあ…」
数十分ほど考えてみたものの、『あじさい』のテーマに関するアイデアがなにひとつとして降りてこない。当たり前である。
俺には誰かと一緒にあじさいを見に行った思い出などないし、あじさいを見て美しいなあと思う感性もないし、そもそもあじさいってどんな感じの花だったのかすらネットで画像検索するまで忘れていたのだから。そんな俺に『あじさい』について思ったことを書けと言われても、そんなの読んでもいない本の読書感想文を書けと言われているのと同義である。はっきり言って無茶振りだ。
「だめだこりゃ」
本日のテーマについて考えるのを放棄した俺はベッドの上に寝転がると、大人気携帯ゲーム機の電源を入れた。
「うわ…これは酷いな…」
買うだけ買って満足して、いっさい手をつけていない大量の積みゲーがずらっと並んでいるライブラリーを見て呟く。気分転換のつもりでゲームをやろうと思ったのに、ゲームを始める前の段階でげんなりしてしまった。
(ダルいけど積みゲーは少しずつでも消化していかないとなあ…とりあえず、これをやってみるか…)
そう思い、パッケージにロボットが描かれていること以外は内容のよくわからないソフトを起動する。
タイトル画面に浮かび上がってきたNew Gameの項目に選択カーソルを合わせてコントローラーの決定ボタンを押すと、早速ゲームが始まった。
昔の俺なら新しいゲームを始める時は気分が高揚したものだが、今となってはちっともワクワクしない。加齢によって感受性がすり減ってしまったのか、あるいは疲れているのか…それは分からないが、少し眠いのだけは確かだった。
あくびしながらボタンを連打してオープニングムービーとキャラクタークリエイトの画面をスキップすると、ゲームの進行を手助けしてくれるナビゲーターと思わしき女性が俺に語りかけてきた。
やはりボタンを連打して会話をスキップしたので、女性に何を言われたのか断片的にしか理解できていない。たぶん、目の前にあるロボットを改造して襲ってくる敵と戦え!みたいな話、だと思う。
とにかく…右も左も分からない時は勝手を知る人物の指示に従うのがセオリーである。そういうわけで、女性に言われた通りロボットを改造してみることにした。
ここがそのロボットを改造できる場所ですよ、とでも言わんばかりにナビゲーションアイコンが表示されているところにあった端末を調べてみると、文字入力用のウィンドウが自動的に開かれた。どうやらカスタマイズに移る前に、俺の乗機となるロボットに機体名をつけろということらしい。
「そう言われてもなあ…」
実家で飼っていた猫に、ニャーと鳴くからにゃあ、カメには亀吉、ハムスターにはハムハムと名付けてきた絶望的ネーミングセンスの持ち主の俺に、急にそんなことを言われても困ってしまう。

俺は悩んだ。先刻、本日のテーマの『あじさい』について考えていた時のように…
そこでハっと閃いた。ここにきてようやくアイデアが降ってきた。
「そうだ、あじさいだ!」
俺は愛機となるロボットを『あじさい』と命名することに決めた。その時、ふと思った。
(……なんだろう、なんか絶妙にダサいぞ。あじさいて)
戦闘用ロボットというより、耕うん機とかトラクターなどの争いとは無縁な農機具を連想させる名称に近い気がする。
なんだか弱そうだ。『あじさい』に搭乗して出撃したら、根拠はないが、簡単にやられてしまいそうな予感がする。
どうにかしなければいけない。
(横文字にしてみるか…? あじさいって英語でなんていうんだろ)
タブレットを使ってネットで検索すると、すぐに答えが見つかった。あじさいの英語読みはhydrangea(ハイドレンジア)というらしい。
「うん、いいじゃないか」
入力画面にハイドレンジアと打ち込んでロボットに名前をつける。ついでにロボットのカラーリングも、あじさいを思わせる淡い紫色で仕上げてみた。なかなか良い感じだ。
そして……
「ふう……」
やりきった、という表情でゲーム機の電源を切る俺であった。

本日のテーマ『あじさい』
こんなのでいいのだろうか…そんな思いが頭をもたげたが、ゲーム画面を見続けたせいで目がしょぼしょぼしていたし、なにより眠くてしかたなかったので、まあいっか…と自分に言い聞かせて眠りにつくことにした。

6/12/2024, 12:13:40 AM


今日のテーマ『街』

本日の業務終了。
バイトが終わったので帰路につく。自宅に向かって歩く道すがら、俺は「はあ…」とため息をついた。
疲れているせいではない。いや、正直に白状すると少し疲れていたが、そんなことよりも変わっていく街並みに物悲しさを感じて気分が沈んでしまったのだ。
たとえば、ついさっき通り過ぎたうどん屋。感じの良い店主のおっちゃんが切り盛りするカレーうどんが激ウマな店だ。が、いつの間にか潰れてしまった。
閉店した後も建物自体は健在で看板も掲げられたままになっているが、あの妙にがたつく横開きの戸を開き、紺色の暖簾をくぐって入店し、コスパ最強のカレーうどんをおっちゃんに注文することはもうできない。
「はあ……」
憂鬱になる。

たとえば、さきほど通り過ぎた行きつけの店だったコンビニ。これもまた、うどん屋と同じく、いつの間にか潰れてしまっていた。
思い返せばこのコンビニにはよくお世話になった。
バイト帰りに立ち寄って、おにぎりやカップ麺、お菓子やお酒をカゴに入れてレジに持っていくと、店員のおじいさんが「お疲れさん、いつもありがとね」と声をかけてくれた。仲良く雑談するような間柄ではなかったが、その何気ないおじいさんの声かけが嬉しかった。
今の俺に「お疲れ様」と言ってくれるのはバイト先の店長と同僚くらいしかいない。
おじいさんの「お疲れさん」が恋しい。
「はあ……」
憂鬱が加速する。

たとえば、いましがた通過した老舗っぽい感じのお寿司屋さん。
ここは今も営業している。さすがは老舗だ。
俺は行ったことないけど、出てくるお寿司はさぞや美味しいに違いない。
「はあ……」
お金持ちになったらいつか入ってみたいけど、そんなときがくるかどうか怪しいものだ。やっぱり憂鬱になる。

……と、まあ、そんな感じで『街』は少しずつ変化していく。それに伴って少しずつ寂しくなっていく。
(いや、そうでもないかもなぁ……)
立ち止まり、現在工事中の敷地を眺めて思いなおす。ネットで調べたところによると、この場所に大型のディスカウントストアが建設されるらしい。それはつまり、自宅のアパートから離れた場所にあるスーパーに行かなくても、バイトの帰りにここで買い物してそのまま帰れることを意味する。しかもディスカウントストアなので品物が安い。俺にとって良いこと尽くめだ。
「はやくできないかな。楽しみだなぁ」
下降の一途をたどっていた俺のテンションは一気に平常値まで回復した。

このように『街』は良くも悪くも変わっていく。
ふと考える。俺はどうだろうか、と。
わからない。そもそも変化するのが必ずしも良いことなのだろうか。変わらない良さっていうのもあると聞くし…
しばらくボケーっと考えてみたが答えは出なかったので、とりあえず、いつもと違う道を通って帰ってみることにした。
すると見慣れた『街』の光景が、いつもと少しだけ違って見えた。

Next