年をとると涙もろくなる。
現に俺も映画や漫画などを見ていると、ふとした拍子に涙が溢れ出て来る。
子供が奮闘しているシーンなんかは、なぜかは分からないが『ガンバレ!!』という気持ちと共に涙が零れてくる。結婚してないし、子供もいないが……
最近だと、ラッコの赤ちゃんが初めてお腹でブロックをカチカチやったシーンをテレビで見て泣いてしまった。俺の人生において、これから先も、いっさい関係ないだろうに……
……とにかく、もっと建設的な涙の理由を考えるべきだ。
本日のテーマ『涙の理由』
そこで本格的に頭を捻って考えてみる。
ここ最近、一番、本気で泣いたのっていつだろうと。
……ない。なかった。
そもそも俺は、昔から今まで本気で泣いたことってあるのだろうか。
学生時代の部活の試合で負けても「わり~まけちまったぁ~」ってゴクーみたいにヘラヘラしてた気がするし、車の教習所の仮免落ちた時も「なんでなん?」って真顔で呟いてた気がするし、貯金の残高が10万きった時も「ギリ生き延びられるか……」とたかをくくっていた。
敗北だらけの人生なのに、俺には本気で悔しがった経験がないのだ。
甲子園や格闘技の試合なんかで負けて泣いている人の感情が俺には分からない。
いや、言語化すればギリギリわかる。たぶん、こういうことだろう。これ以上ないくらい頑張って自分を追い込んで、それでも自分より上の連中がいて敵わなかった、あるいは本気の自分のベストコンディションを出し切れなかった、そういうのが悔しいのだろう。
だが、俺からしてみれば俺より強いやつは強い、しゃあないって感じだ。悔しくもなんともない。強かったぜ、後は勝手に頑張ってくれって感じである。涙は一滴たりとも溢れてこない。たぶん、俺がそこまで自分を追い込んでいない証拠だろう。部活の練習も、教習所の勉強も、たぶんそんなふうに適当だったのだ。しらずしらずのうちに自分に逃げ道を残していたのだと思う。負けても落ち込まないように……
書いてて情けなくなって涙まで出てきた。
だが、今からでも遅くはないはずだ。なにかを始めるのに遅いということはない。
そう、明日からでも始めるべきだ。本気で何かに取り組むのだ。『涙の理由』を見つけるために!!
だが、なにを頑張り、涙すればいいのだろう……
仕事、だろうか? 本気でカラアゲをパックに詰め込むのか? そして泣くのか? そんなの、ただのやばいやつだ。
もしくは、本気で酒を飲みながらユーチューブを見て泣いてみるか? そして、酔っぱらった頭で考えたウザいコメントをコメント欄に書き込むのか。それはそれでただの厄介な飲んだくれファンだ。別の意味で翌日、自分のコメントを見返して泣きたくなる。
「だめだ、俺には何もない……ううぅ…」
絶望し、ゴミだらけの狭い部屋の中で頭を抱えて唸る。
涙は出ない。が、心は泣いていた。
本日のテーマ『過ぎた日を想う』
「後悔先に立たず」というコトワザがある。
後になってから、いくら悔やんでも過去のことは取り返しがつかないという意味だ。
俺には、その経験がいくつもある。
たとえば、専門学生時代と会社員時代……
あの頃、変な夢に妄信せず、仕事を辞めずに真面目に働いていれば今頃は年収も年相応であったはずだ。だが、俺は逃げた。
おかげさまで、今ではカラアゲをパック詰めする仕事をこなしてギリギリで生計を立てている。
たとえば、高校生時代……
好きだった人に「好きです」と伝えられるだけの勇気があれば、うまくいくとは思えないが、仮にうまくいっていれば、俺はその人だけを愛してその人を守る人生を選べたはずだ。こんな所でカラアゲをパック詰めせずに、町工場とかで働いて、貧しいながらも幸せに好きな人と暮らせていたかもしれない。
だが、そこからも、俺は逃げた。
そして、現在……
『過ぎた日を想う』……
立派な大人になった俺は、酒を覚えてしまった。
350mlほどのチューハイ缶を一気にグイっと飲み干せば、嫌なことの大半を忘却してしまえる。
過去の過ちも、ついさっき犯したばかりの失態も、その全てを。
そして、翌日、普段はROM専なのに、酒の勢いで調子にのって書き込みした好きなユーチューバーの動画のコメント欄に熱く語り散らしている自分の小っ恥ずかしいコメントを見つけ、二日酔いの頭で読み返しながら思う。
酒はやめようと……
本日のテーマ『終点』
これまでいろいろありながらも、なんとか生き延びてきた俺の道程に、ついに人生の終点が訪れた。
具体的に言うとエアコンが壊れてしまった。
リモコンを冷房に設定して温度を20℃に下げてもエアコンの送風口からぬるい風しか出てこないのだ。
まごうことなき死活問題である。なにしろ昨今は温暖化の悪化により気温35℃超えが当たり前の時代に突入している。さらに悪いことにモノで溢れた俺のアパートの一室は風の逃げ場が無く、室温は37℃に迫る勢いであった。
はっきりいって、夜でも35℃近い部屋で眠るのは拷問に近い……
俺はアパートの管理会社に修理の依頼の電話をした。
「あ、もしもし、すみません……〇〇の〇〇号室の梶ですが…エアコンが壊れてるみたいで修理をお願いしたいんですが……」
管理会社の方から業者の人に確認を取ってもらったところ、折り返しで電話があった。
それによると今はエアコン関係の修理やら取付けやらの依頼が込み合っていて、俺のところの修理は最短でも8月の半ば頃になるそうだ。
俺は深く絶望し、同時に激昂した。
「ふっざけんなよ!」
俺はスマホを壁に投げつけ大声で怒鳴りたてた。怒鳴りたてようとしたが……俺もいい歳をした大人なので、あくまで心の声にとどめ「あ、そうですか……じゃあ、それでよろしくお願いします……」と言って電話を切った。
さて、そういうわけで8月半ばまでエアコン無しで過ごさなければならなくなってしまったわけで。
そうなって一番困るのは、とにかく眠れないことだ。
いつもの生活パターンだと深夜0時~2時までに床につく俺であるが、エアコン無しだと暑くて眠れないのだ。汗がダラダラと溢れてくる。
首周りとふくらはぎの裏に大量のあせもまで出てきた。これはまずい……
とりあえず近所のドラッグストアで制汗剤スプレーを買って体にまぶしてから眠るようにしてみるとだいぶマシになった。が、汗の問題は解決しても温度の問題のほうは何も解決していない。
まさか暑いというのがこれほどまでに過酷だとはエアコンが壊れるまで想像もしていなかった。
エアコンがないと眠れない。眠れるのは室温がいい具合になる4~5時ぐらいになる。そうなると仕事にでかけるまでの時間を差し引いて数時間しか眠れないので疲れも取れない。
さらにエアコンをつけずに眠った後の寝起きは地獄だ。起きたて数十分は脳が煮だっている感じがして数十分は何も行動できなくなる。水分不足なのか、ふくらはぎやお腹の筋肉までつってきた。かなりヤバイ感じであった。
「夏に、ころされる……」
寝起き、ゴミに溢れた狭いアパートの一室で俺はひとしれず呟いた。
そこで俺は考えた。エアコンの修理の日まで、仕事終わりにネットカフェに立ち寄ってそのまま宿泊することにしてみた。
からあげをパックに詰め込むだけの仕事を終えると、その足で近くのスーパーに立ち寄って発泡酒とチューハイを買い、飲食物持ち込み可のネットカフェにチェックインする。もちろん選ぶのはフラット席だ。
このネカフェはナイトパック9時間で1800円と良心的でさらにシャワー料金が20分まで無料なので最高なのだ。
俺はシャワーを浴びて空調の効いた快適なフラットシートで無料の映画を見ながら発泡酒を飲んで最高のひと時を過ごした。
そんな生活を続けていると一週間ほどでお金がカツカツになってきた。
「ふっざけんなよ!」
俺はペイペイの残高を確認して声を荒げて叫んだ。が、俺もいい歳をした大人なので深呼吸をして心を落ち着け、自分を窘めた。
「ネカフェに泊るのはもうよそう……」
ということで今は暑さに耐えながらこの文を書いている。
業者さん、どうか俺の部屋のエアコンを一刻も早く直してください!
みなさん、初めまして。私はビニール傘です。
私は恋人の梶さんと六畳一間の狭い部屋で同棲しています。
「いいなあ、ソロキャンプ。俺もやってみたいなあ。スキレットにマクライト、デルタナイフも欲しいなぁ…置く場所がないけど…」
パソコンのディスプレイを見つめて意味不明なことをブツブツ呟いているのが私の恋人の梶さんです。
さっきまで「今日のテーマは『相合傘』か…」なんて言って、珍しく真剣な表情で考えごとをしていたのに、今は『ゆうちゅうぶ』っていうインターネットのサイトを見るのに夢中みたいです。
なので本日のテーマは梶さんにかわって私が書いてみようと思います。
ですが、ビニール傘の私は今まで一度も文章を書いたことがないので、上手く書けるかどうかわかりません。ですから温かい目で見守って頂けると幸いです。
梶さんと出会う前の私は『こんびに』という物で溢れる雑然とした場所に監禁されていました。狭くて、息苦しくて、外の世界に逃げ出そうと何度も思いました。けれどビニール傘の私には歩くための足がありません。困りました…
そんなときに現れて、私をこんびにから助け出してくれたのが梶さんです。
こんびにに入ってきた梶さんは私のところまで一直線にやってくると、私の手を掴んで引っ張り上げ、私の体を固定していた傘立てという拘束器具から私を解放してくれました。
まるで、囚われの身になっているお姫様を助けにきてくれた王子様のようでした。その英雄的な行動に感銘を受けた私は、一瞬で梶さんのことが好きになりました。
きっと梶さんも、私の透き通るようなビニール製の肌に一目惚れして、助けてくれたのだと思います。両想いですね。
梶さんに連れられてこんびにの外に出ると、雨がサァサァと降っていました。
「…いきなり降ってくるんだもんなあ」
梶さんが憂鬱な顔で空を見上げて恨めしそうに言います。私を助け出してくれた大好きな恩人の梶さんに、そんな顔をしてほしくありません。
私はニコっと微笑んで梶さんに言いました。
「大丈夫ですよ、私が守ってあげますから」
「…………」
私と梶さんは相合傘をして家まで帰ることにしました。
「ちゃんとささないと濡れちゃいますよ」
「…………」
梶さんは恥ずかしがり屋な性格の人なので、私が話しかけても何も答えてくれません。
ですが、言葉はなくても、私の手をしっかりと握ってくれます。虚弱体質な私の体が傷つかないように、大事に丁寧に接してくれます。
「おっと危ない、ぶつけて傘を壊すとこだった。700円もしたんだから気をつけないと…」
…………とにかく。
不器用だけど優しい梶さんのことが大好きです。
本日のテーマ『相合傘』
梶さんの代筆をなんとか勤め上げることができました。
ところで明日の天気は雨でしょうか? 雨だったらいいなと思います。梶さんと相合傘で、お出かけできるから…
梶さんに聞いてみましょう。
「梶さん、明日の天気は雨ですか?」
「ふぁぁ…ねむ…いけど…寝る前に歯を磨いて、洗い物を片付けないと…ペットボトルのラベルも剥がさないといけないし、ああ面倒臭い…」
それどころではないようです。
困っている梶さんのお手伝いをしてあげたいところですが、ビニール傘の私には見守ることしかできません。
歯ブラシを咥えたままコップやお皿を洗っている梶さんをそっと応援してあげます。
「頑張ってください、梶さん。生活のお手伝いはできませんが、雨の日は私を頼ってくださいね」
本日のテーマ『未来』
…ということで、『未来』について考えてみる。
…なんかやたらと嫌なことばかり思い当たってしまった。たとえば年金問題とか、自身の健康問題とか、今月の家賃のこととか…
いかん、ゴミにまみれた狭い部屋の中で『未来』について黙考していたらだんだん気が滅入ってきた。
(音楽でも聴いてリフレッシュしよう…)
そう思った俺は動画投稿サイトを開くと『心が落ち着く曲』で検索をかけた。
すると『自律神経に優しい音楽! 経性胃炎、過敏性腸症候群、吐き気、立ちくらみ、頭痛、不安、イライラなどの症状を和らげることができ睡眠の質を良くしたり、自律神経緩和、リラックス効果、集中効果あり!』というなんだかよく分からないが、とにかく体に良さそうな素晴らしいタイトルがつけられている動画を発見した。早速、流してみる。
優しい音楽と共に、水の流れる音が聞こえてきた。
「よし……未来に対する不安な気持ちが薄れてきたぞ。ああ、でも眠たくなってきた」
だが、まだ眠るわけにはいかない。今日のお題を書き上げねば…
大幅に横に逸れてしまった話の流れを元に戻す。
先日のバイト中、どでかい銀色のボウルに材料をぶち込んでポテトサラダを大量生産している後輩の大竹くんが俺に話しかけてきた。
「俺らのやってる仕事って機械にやらせたほうが絶対に効率いいっすよね」
俺はカラアゲをパック詰めしていた手を止め、大竹くんの意見に対して異論を唱えた。
「いや、だめだよ。そんなことになったら俺らの仕事がなくなるじゃん」
「俺はベツにいいっすけどね」
大竹くんはそれでよくても、俺は全然よくない…
しかし、たしかに大竹くんが言うように機械にやらせたほうが効率の良い仕事は数多に存在する。そして、その事実を証明するように人の仕事は機械に侵略されつつある。飲食店で活躍している配膳ロボットなんかが典型例だ。
技術の進歩によって生活は便利で豊かになっていく一方、人間の仕事は機械にどんどん奪われていく。
恐ろしいことだ……
10年後の『未来』の自分を想像してみる。
『全自動からあげパック詰めマシーン』に仕事を奪われた俺は職安を訪れて求職活動に励んでいる。
新しい職を斡旋してくれる担当の職員さん(人工知能が組み込まれた人型ロボット)は、こんなふうに俺にたずねることだろう。
「なにかやりたい仕事はありますか?」
俺は答える。
「そうですね…商品の梱包作業とか…」
「ああ、それはロボット用の仕事ですね」
「じゃあ、配送業は…」
「配送ドローンの仕事なので人間は募集していないですね」
「タ、タクシードライバーとか…?」
「今はもう全ての車両がAIを搭載した自動運転のものになってますね」
「…………」
詰みだ。お先真っ暗である。
本日のテーマ『未来』
まさしく地獄のようなお題であった。
大きく削られたHP(ヒットポイント)とMP(メンタルポイント)を回復させる為に、引き続き『心が落ち着く曲』を聴きながら、お酒をかっくらって何も考えられないレベルまで頭を麻痺させて寝てしまおう。
そうする前に、俺から『未来』へ向けて一言。
「どうか、俺の仕事を奪わないでくれ!」