本日のテーマ『高く高く』
そのテーマとは真逆のベクトルにある地位で『低く低く』生きている俺。
そもそも生き方のような抽象的な崇高さを話す以前の問題で、俺は物理的に高いところが苦手だった。
高い場所から下界を見下ろすと、頭がボーっとしてきて、吸い込まれるように自分から飛び降りたくなってしまう、という謎の病気を患っているからだ。この話を友人にした時は、「お前、憑りつかれてるんじゃね……」と若干、引かれたくらいである。
「それに、太陽を見るとクシャミが出んだよね……」
「ふうん」
そっちの話は、同意も否定もなく、なにごともなかったかのように流されたが。
それはさておき、友人が俺に言った『憑りつかれている』……
なにに? おそらく悪いモノだろう。悪魔とか悪霊とか、そういう感じの一般的にいって好ましくないものだと思われる。
良からぬ魔物たちが俺の思考を操り、冥界へと誘うかの如く、無意識のうちに高所から飛び降りさせようとしているから気をつけろよ、と友人は短い言葉でドンビキしながら忠告してくれていたのだ。
心配性の俺としては、一刻も早くどうにかしなければならない問題であった。しかし、そういった類の目に見えないエネルギー体と戦う力など俺にはない。最悪の場合、悪魔や悪霊にやられてしまった後に、エーテル体となった俺が、あん時はよくもやってくれたなと一対一で悪魔や悪霊に戦いを挑むことはできるかもしれないが、たぶんそれでもあっさりと負けるだろう。
やはり自分の手に負えないことは専門家に頼むべきである。エアコンが壊れたらエアコン業者さんに頼むように……
悪魔や悪霊に憑りつかれているかもしれない、となって、この国で頼れるのはお寺や神社だ。お坊さんや神主さんにお祓いを頼むのが定石であろう。
だけど、お祓いの料金は高そうだし、それになんだか、「高いところにいると飛び降りたくなって、思わせぶりな友人が言うには悪霊に憑りつかれているみたいなんですけど……」と真顔で説明するのは恥ずかしかった。
それに無理してお祓いを受けたとしても、おごそかな空気の中、神主さんが祓いの祝詞を唱えているのを正座して聞いている自分という状況を俯瞰で見ると、その奇異なる雰囲気に耐えられなくて、俺は噴き出した挙句、爆笑してしまう。そうなると神主さんに「な、なんだコイツ……」と思われてしまう。想像したら、恥ずかしさと気まずさで死ねる…
神主さんやお坊さんに頼るのは、やめておいたほうがよさそうだ。
……とにかく。
俺の人生の目標は『高く高く』、戦闘機みたいに刹那的にぶっ飛ばしながら高空飛行をすることではなく、『低く低く』、低空飛行しつつ、85歳くらいまで燃費よく長距離飛行することである。
その目標を達成するためにも、万が一にでも、謎の持病のせいで若くして高台から飛び降りてしまうような失態があってはならない。それが悪魔や悪霊のせいであるなら、平和主義者の俺としては不本意ではあるが、腹を括ってそいつらと戦うしかない。
「うわあ、なんだ、くそ、スズメバチだらけだ! これも悪霊の仕業か!?」
グーグルマップで検索した、自分の住んでいる場所から一番近い場所にある神社にやってきて、鳥居をくぐった俺はスズメバチに襲われて慄いていた。
金銭面と精神的な不安から、お祓いを受けることを諦めた俺は、とりあえず近所の神社の神様に救いを求めることにしたのだ。
スズメバチの猛襲を数ヶ月しか通ってないキックボクシングジムで習ったスウェーバックで避けつつ歩を進め、神社の祭殿に到達する。
とりあえず、近くにあった手水舎で手を洗う。神様に会う前は身を清めるのが礼儀なのだ。昔、初詣の際に両親がやっていたのを思い出し、いちおう、口の中もゆすぐ。詳しくは知らないので作法は俺流だが、神様は寛大なのでたぶん許してくださるだろう。
そして、いよいよお参りだ。
財布の小銭ポケットから、なけなしの500円玉を取り出し、それを賽銭箱に投げ入れ、正式名称は知らないけど、とにかくガラガラを鳴らして祭殿に向かって一礼し、柏手をパンパンしてから再びお辞儀する。
「あれ、お辞儀って何回すればいいんだっけ……」
わからないのでお願いする前にオマケ感覚でさらに三回した。神様、無礼であったらお許しくださいと最初の願いを心の中で呟きながら目を閉じ合掌し……
(どうか、俺の家族が健康でありますように……)
お参りするときのクセで、本来の目的を忘れているかのようなお願いをしてしまった。
慌てて開眼すると、賽銭箱に100円玉を投げ入れて、パンパンと拍手を慣らし、再び目を閉じ
(金持ちになりたいっす……大金持ちじゃなくていいんで、それなりの……)
またしても、本来の目的とは別の、しかも煩悩にまみれたお願いをしてしまった。
「じゃなくて……てか、一度にこんな頼んでいいものなのか……?」
セルフツッコミを入れつつ思った。神社と神様をファーストフード店みたいに扱う俺は、凄いバチアタリなんじゃないだろうかと。
まぁ、ここまできたら、やぶれかぶれだ。
また100円玉を賽銭箱に入れて、今度はちゃんとお願いする。
(頑張るんで、見守っててください。余裕があれば俺の大切な人たちも……)
遥か彼方にいるかもしれない高尚な存在に、フワッとした思いを願う。
なにはともあれ、『高く高く』ついた参拝であった。
10/14/2024, 12:17:26 PM