∅ .

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9/26/2025, 6:54:36 PM

コーヒーが冷めないうちに



コトン。
二人の間に一つのコーヒー。

「ね、昨日の映画見た?」
「見た」
「あそこがさぁ、本当に良くて…」

ポチャン。
1個、2個。大きな窪みを作り底に落ちる。

「出てくるあの人かっこよくて好きだな〜」
「好みだっけ?」
「いつもとは違うけどあれは惚れざるをえないというか…」

カチャ。
揺らすたび波及する黒。

「はぁ〜ぁ、」
「また振られた?」
「そう。まただよー…」

コクリ。
口に含めば苦味が広がる。

「今は誰にでも惚れられそう」
「誰でもいいのか?」
「んーん?そんなわけ無い、けど…」

カタン。
消えない湯気が相手に重なりぼやける。

「でも、ギャップに弱いかも」
「それで苦労してるだろ」
「それはそれ。映画みたいに良いギャップの人もいる!」

何杯目かのその味はとっくに飽きていた。


ピロン。

「あ!!」
スマホを開くとすぐ荷物をまとめ始める。いつもの長い時間もようやく終わりを告げた。

「行かなきゃ!ごめん!」
「誰?」
「さっき言った人。やっぱり会えない?って」
「…」
「ってことだから…」

⸺ガチャン。
机が揺れ一瞬の高い音が響く。腕を、掴んでいた。
そんならしくない自分に困惑し目を見開く彼。それにチクリと痛みつつも目を背ける。

「行かないで。」

ひとり言くらいの呟きが溢れた。

トクン。
手を振り払わない彼と少しの沈黙が鼓動を早くする。それでも、
ゆっくりと顔を上げた瞬間。


「遅いよ。」




まだ半分以上残ったコーヒーは冷めていない。

9/13/2025, 5:34:26 PM

空白



何もかけない。
何時間、何日と過ぎても、そこは空白のまま。

「まだって言ってもねぇ…限度がありますから、無理なら他の方と取り合って⸺」

何度も聞いた内容。分かっている、自分が一番。
プロットも台詞だって決まっている。それなのに、筆を取ると決まって手が止まるのだ。進めようとすればする程硬直してまた今度、と先延ばしにする。きっと相手も我慢ならないだろう。



「ううぅ…」

「どうしたの?」
「え、あぁ。いや、なんでも」

彼はカタンとコーヒーを机に置く。そして、当たり前のように隣に座り、昔の映画を流しながら何でもない時間を過ごす。そう、何でもない…はずだ。

床に置いていた手に、彼はするりと絡めてくる。分かっている…のに、ドクドクと鼓動は早まっていく。

「ねえ、」
「…へ?」

やっとこちらに視線を向けたかと思えば、にやりと悪い笑みを浮かべていた。そして、長い指先をこちらに伸ばし髪を掬う。ゆっくり擽ったいくらい優しく耳へと掛け。

その後は…分かっている。
頬に手を滑らせ引き寄せる。そして、お互い自然と目を瞑れば、吸い寄せられるように、顔が、唇が…

「わぁぁっ……!!!」

肩を掴み身体を離す。火照った所が冷めていく気がした。これ以上は駄目だと警告を鳴らす。

「なんで?」
「だめだよ。だめなんだ…」

ふるふると頭を振るも、彼は脱力した手をまた絡め取って、指を一つ一つ感じるようにきゅっと力を入れる。ぅ、と力無く声が漏れる。

「…書けないんでしょ?」

悪魔の囁きだ。彼はそうやって惑わしてくる。
でも、その誘惑にこくりと頷いてしまう。首を横に振るなど無理なのだ。

彼は満足そうに頬に手を添える。それを合図に顔を勢いよく引き寄せられる。あれ?こんなの知らない…

待っ⸺
そんな静止をもかき消す軽いリップ音が部屋に落ちた。次に脳裏に鮮明に響く水音。自分から漏れる聴いたこともない嬌声。ずくりと重く重くのしかかる。

つぅ、と引くそれが嫌に反射して見えた。

「しないと書けないんだから、そろそろ素直になりなよ」




今日も赤く朱く熟しすぎた劣情に為すがまま、身体を任せる。
⸺自分では埋められない空白をかき消すために。

9/28/2023, 10:36:05 AM

習作
(jn特記事項ネタバレを含みます)



∅*。


別れ際に



 ねぇ、なんでそんな顔をしてるの
 嘘は…嫌


そう言うと、少し戸惑ったように見えたが、ゆっくり少しずつ話してくれる。
その言葉一つ一つに会議では見せないような気遣いが伺えた。
嘘に敏感な私にどうしたら傷つけないで伝えられるのか。
自惚れかもしれないけど、そう感じた。


そして、聞く限り、貴方の口から出る話はありえないようなことばかり。
でも、真剣に、暖かく、時折寂しそうな顔をしながら話す貴方を見ていると、本当なんだと自分まで悲しくなる。


 そっ…か
 でもまた、貴方は会えるんだね、私に


貴方は何度でも


 でも…
 “私”はもう会えない


“私”はこれ1回きり
そう思うと、嘘は嫌なはずなのに、嘘をついて欲しかったなんて思ってしまう。
それくらい何故か大きくなりすぎていた。


『私、貴方のこと…嫌い…』


だから私は嘘をつく
貴方がこれ以上傷付かないように。
次も、私と、良い関係でいられるように。
そう願わずにはいられなかった。


笑顔でまたねを言う。
きっと、貴方からも……


 ⸺さよなら


そう、泣きそうで辛そうに笑う貴方の声が聞こえた。


 「…うん、さよなら」


がらんとした部屋にそんな自分の声が響いた。

9/19/2023, 7:31:19 PM

習作
(kkネタバレを含む可能性があります。)


 ∅*。


 時間よ止まれ


  “時が止まればいいのに”

  そう思いだしたのは何時からだっけ
  でもずっと、ずっと前から思ってたこと
  今はもう止まってるも同然なんだけど、そうじゃない気がする
  
  もうとっくに忘れちゃった
  何が欲しかったんだろう
  

  でも楽しいからいっか
  あなたにいつでも会えるしね
  退屈しない

  どんな残酷な最期も、どんな幸せな最後も
  私は見てきたよ
  でも、
  なんとなくあなたにはあなたなりの選択をして欲しいな


  時が止まれば良いと望んだ私に感謝しなきゃ


  そうじゃないと、あなたにこんな気持ち沸かなかった
  沸くはずもなかった、なんて思うんだよね
  
  あなたにこの事を言うことはないと思うけど
  それでいい
  そうじゃなくちゃ楽しくないじゃない?


  少しくらい生意気じゃないと
  面白くないでしょ?
  ふふ
  
  (彼女は無邪気に微笑んだ)

9/10/2023, 4:04:29 PM

習作
⚠️caution
・根√のネタバレを含みます
・名前表記あり(ゲーム内準拠)
・途中曲の歌詞記載あり
・設定捏造あり
⸺2500字程度


ゲーム内bgm : Mad Artist,Pt.1or2



喪失感


  葉の揺れる音がする
  それはそれは鮮明に
  
  登り慣れたこの山の頂で手を合わせる
  ( ⸺⸺ますように。)
  そうしていると、風がほのかにそよぐ
  心地良い風で、まるで…


  「っ…根地先輩!ここにいたんですね!もう、探しましたよ…」

  「君だね」
  「へ…?」
  わっ…

  きょとんとした可愛いらしく、愛らしく、あどけない表情
  僕は君の頬を触る、そして、ふにふにと弄ぶ
  しぇんぱぃ…と愛しい囀りも聴こえるがお構いなしに

  「…可愛いね」


  ◇◇◇

  
  「さて、王子様のお迎えも来たようだし、そろそろ戻りましょうか!」

  「『ねぇ…王子様?』」

  彼女が一息つく、またかと呆れたような、それでも付き合いますよと一切の負の感情は感じられない。
  それに、愛しさを感じた瞬間
  
  彼女、いや彼は顔を上げる
  ぞくりと身震いする。
  

白を基調とし、エポレットなんかが付いたいかにもな王子服を身に纏う、そこには眉目秀麗な男性がいた。
きっと人々の誰もが憧れるだろう。

そんな彼が跪き、私に手を差し伸べている。
そして、その私には羨望、嫉妬、怨念様々な目を向けられている。
だとしても、私は彼の手を取るしか出来ない。

『お姫様、お手を』
『ええ』

彼は慈愛を含んだ温かな目で私を見る。
それに返すように微笑む。
彼が少し照れたような表情をする。
それも私だけが見ることができると思うと幸せで満たされる。

私はこれからどんな困難が立ちはだかろうと、誰になんと言われようと貴方といる未来を取るでしょう。


  ◇◇◇


  「わっ…」
  彼女が小石に足を取られ躓きそうになる。
  「おっと…お姫様?」
  正面から抱えるように支える。

  「す、すみません…」
  「いやいや、ここは山だからしょうがないさ。君も慣れたからとは言え気をつけるように!まあ、今は地面とにらめっこしながら歩いていたら日が暮れちゃうから少し急ごうか!!」

  「お手をどうぞ、…立花くん」
  「…は、はい!」

  彼女は演技ではない僕の格好つけたような言動に照れてしまうらしい。僕も同じくらい恥ずかしいのに、その表情を見るだけであぁ、してよかったなんて思えてしまうのだから困ったものだ。


  ◇◇◇
 
  もう少しで校舎に着く。

  びゅーっと音がして、木から落ちた花弁たちが舞った。
  目の前の彼女を取り囲むように、けれど、自然の様相なはずなのに、ぞんざいではない。
  そして、彼女は僕を見つめていた。
  その光景は舞台の演出のようにも思えた。
  

  「「綺麗だ」」

  二つの声が同時に同じ言葉を発した。
  
  「綺麗だよねえ…桜」
  「はい、それはもう綺麗に根地先輩を際立たせていて、根地先輩って自然ですら演出にしてしまうのかと思いました。」

  おそらく彼女も僕と同じように見えたのだろう。
  自然とは恐ろしい。

  「先輩…卒業しちゃうんですね…」
  
  「そうだね、寂しいものだねやっぱり。最初はただのステップアップだと思ってたユニヴェールがさ、こんな想い出だらけの倉庫になっちゃうんだもん、びっくりだよ!」

  僕が比較的陽気に、おどけて校舎へと前に進もうとしたとき、自分の脚が止まった。

  「根地先輩、寂しいです」
  そう告げる彼女の右手は僕の服の裾だった。
  強く引っ張っているというわけではないが、僕の脚を止めるほどであった。
  
  「んー、少し寄り道していこうか」

  そう言って裾にあった手を掬い、繋ぐ。
そして、反対方向へと向きを変え、すぐ近くの公園に向かった。校舎前よりは桜を植えていないのか、あまり咲いていなかった。

  
  「少し前に立花くんに書いた曲、覚えてる?」

  それは、今日から丁度1週間前に贈った曲。
  大切な人に曲を贈るなんて、と思うだろうが、彼女は大層喜んでくれた。
  物覚えがいいとしても、びっくりするくらいすぐ覚えてくれたのも鮮明に覚えている。

  
  「それはもちろん」
  「それじゃあ、歌おうじゃないの。歌割りは即興にしよう、お互いを感じ合いながら楽しく愉快に!」

  彼女は少し驚いた表情をした後、はい!と元気良く頷く。
  そして、繋いでいた手を離し、少し離れた位置に立つ。
  彼女は目を瞑った。


  ◇◇◇

   
      約束した駅で 君が来るのを
      あの日から今日まで ずっと待っていた

  彼女は歌う。

      リアルとシュールとの その狭間は

  僕が応える。
   
      窮屈だね

  君もまた、応える。
    
      君が手を

  手がのびてくる

      そっと引くと

  その手を取って引き寄せる

     『風吹いた』

     ひそやかな 袖しずく
     君だけが 見透かした

  僕たちは誰よりも幸せな顔をしていたと思う

 
  伴奏さえあるかのように彼女は佇む
  手を繋いだまま一呼吸整える

     大げさな見映えも 虚栄心さえ

  会話をするように歌う

     もし

  君がこちらを見つめる
  
     君のことを救う なら薬だね

  あの時のように君へ近づく

     ああ

     真実がどこかで 待ち続ける

  それでも君は逸らさない

     そんなものが

  もう過去なのだから

     ないとして

  赦すように包むように

     かまわないよ

  今度は君が僕を引き寄せる

     『探させて』

     たまにはさ 不安だよ
     それでもね 大丈夫
 
  
  互いの水滴が手に付いた

     気づいたら 二人だね
     すこしだけ 自由だね


  ◇◇◇
   

  もう、空が半分も茜色になるところだった。

  「はー…好きだなぁ…」
  「私も本当に好きです」
  互いに目元がほんのり赤くなっていた。
  
  「我ながら、君を想いながら書いたとはいえちゃんと歌い、歌われるとぐっと来るものがあるねえ…満天才なんだ僕…およよ…」
  ふざけなければ、きっと堰を切ったように泣いてしまう。

  「そうですね!」
  彼女も涙を堪えて返事をしているようだった。

  「あ…!」
  思い出したように声を出す。
  「先輩達の送別会をできたらと思いまして、それの為に呼びに行ったの忘れてたぁ…」
  「あーらら」

  手を掴まれ、引っ張られる。
  「根地先輩!行きましょう!」
  「はいはい、最後までお騒がせな満天才として登場しましょうかね〜!!クラッカーとか持っていく?それともレッドカーペットなんか…」
  なんて、演出を考えていたら引っ張られていた脚が止まる。


  彼女が振り向く

  「黒門さん、好きです。卒業してもその後もずっと一緒にいてください。」
  
  桜がまた舞う。

  「…希佐、好きだよ。愛してる。もちろんずっと君のそばにいるよ、元よりずっとそのつもりだったしね。」
  僕が照れていることを彼女は分かったのか、彼女も頬を赤くした。
  
  僕たちの祝福を演出するかのように。

  
  「…じゃあ行きましょう!」
  と言うと、彼女は僕をまた引っ張って走っていく。


  片方の手で顔を抑える。
  可愛すぎる…。
  こんな事になるなら、神頼みするんじゃなかった…。
  僕はそんなことを呟きながらも最大限の感謝を着くまで心の中で述べ続けた。

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