空白
何もかけない。
何時間、何日と過ぎても、そこは空白のまま。
「まだって言ってもねぇ…限度がありますから、無理なら他の方と取り合って⸺」
何度も聞いた内容。分かっている、自分が一番。
プロットも台詞だって決まっている。それなのに、筆を取ると決まって手が止まるのだ。進めようとすればする程硬直してまた今度、と先延ばしにする。きっと相手も我慢ならないだろう。
「ううぅ…」
「どうしたの?」
「え、あぁ。いや、なんでも」
彼はカタンとコーヒーを机に置く。そして、当たり前のように隣に座り、昔の映画を流しながら何でもない時間を過ごす。そう、何でもない…はずだ。
床に置いていた手に、彼はするりと絡めてくる。分かっている…のに、ドクドクと鼓動は早まっていく。
「ねえ、」
「…へ?」
やっとこちらに視線を向けたかと思えば、にやりと悪い笑みを浮かべていた。そして、長い指先をこちらに伸ばし髪を掬う。ゆっくり擽ったいくらい優しく耳へと掛け。
その後は…分かっている。
頬に手を滑らせ引き寄せる。そして、お互い自然と目を瞑れば、吸い寄せられるように、顔が、唇が…
「わぁぁっ……!!!」
肩を掴み身体を離す。火照った所が冷めていく気がした。これ以上は駄目だと警告を鳴らす。
「なんで?」
「だめだよ。だめなんだ…」
ふるふると頭を振るも、彼は脱力した手をまた絡め取って、指を一つ一つ感じるようにきゅっと力を入れる。ぅ、と力無く声が漏れる。
「…書けないんでしょ?」
悪魔の囁きだ。彼はそうやって惑わしてくる。
でも、その誘惑にこくりと頷いてしまう。首を横に振るなど無理なのだ。
彼は満足そうに頬に手を添える。それを合図に顔を勢いよく引き寄せられる。あれ?こんなの知らない…
待っ⸺
そんな静止をもかき消す軽いリップ音が部屋に落ちた。次に脳裏に鮮明に響く水音。自分から漏れる聴いたこともない嬌声。ずくりと重く重くのしかかる。
つぅ、と引くそれが嫌に反射して見えた。
「しないと書けないんだから、そろそろ素直になりなよ」
今日も赤く朱く熟しすぎた劣情に為すがまま、身体を任せる。
⸺自分では埋められない空白をかき消すために。
9/13/2025, 5:34:26 PM