コーヒーが冷めないうちに
コトン。
二人の間に一つのコーヒー。
「ね、昨日の映画見た?」
「見た」
「あそこがさぁ、本当に良くて…」
ポチャン。
1個、2個。大きな窪みを作り底に落ちる。
「出てくるあの人かっこよくて好きだな〜」
「好みだっけ?」
「いつもとは違うけどあれは惚れざるをえないというか…」
カチャ。
揺らすたび波及する黒。
「はぁ〜ぁ、」
「また振られた?」
「そう。まただよー…」
コクリ。
口に含めば苦味が広がる。
「今は誰にでも惚れられそう」
「誰でもいいのか?」
「んーん?そんなわけ無い、けど…」
カタン。
消えない湯気が相手に重なりぼやける。
「でも、ギャップに弱いかも」
「それで苦労してるだろ」
「それはそれ。映画みたいに良いギャップの人もいる!」
何杯目かのその味はとっくに飽きていた。
ピロン。
「あ!!」
スマホを開くとすぐ荷物をまとめ始める。いつもの長い時間もようやく終わりを告げた。
「行かなきゃ!ごめん!」
「誰?」
「さっき言った人。やっぱり会えない?って」
「…」
「ってことだから…」
⸺ガチャン。
机が揺れ一瞬の高い音が響く。腕を、掴んでいた。
そんならしくない自分に困惑し目を見開く彼。それにチクリと痛みつつも目を背ける。
「行かないで。」
ひとり言くらいの呟きが溢れた。
トクン。
手を振り払わない彼と少しの沈黙が鼓動を早くする。それでも、
ゆっくりと顔を上げた瞬間。
「遅いよ。」
まだ半分以上残ったコーヒーは冷めていない。
9/26/2025, 6:54:36 PM