∅ .

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7/30/2023, 4:21:50 PM

澄んだ瞳
(stネタバレを含む可能性があります)


「ねえ、行こう」

彼女は私に手を差し伸べる。
夢にまで見た光景。
しかし、また夢であったらどうしようと不安になる。
それに、君を幾度も傷つけてしまった。
そんな私が手を取るなんて。

「嫌?」

彼女がそう聞いてくる。

「嫌なんて、そんなわけないよ。ただ、少し不安なんだ。」
「「失ったものを悲しむより、ただ喜べばいい」」
「それは…」
「ふふ、聞いたことあるでしょ?
確かに誰かと比べ物にならないくらい僕達には失ったものも多いかもしれない。けど、今二人でこうして外に出られること、僕はこの上ない幸せだと思う」

「まだこの手は取ってくれない…?」

彼女は再度手を差し伸べる。
勇気を振り絞り、彼女の華奢な手を取る。
彼女は満足そうな顔で握り返す。
不思議な感覚がした。
これが当たり前のような、必然であったかのようなそんな。
今まで考えてきたものがすべて覆されるようなそんな。

「さぁ、どこに行こうか?」


どこまでも澄んだ瞳には君と私しか写っていない。
今はただそんな君を見つめながら幸せな時を過ごそうと思う。

いや、きっとこれからも。

7/25/2023, 7:41:52 PM

鳥かご
(rmネタバレを含む可能性があります)


「あの…どこに、行くんですか…?」

彼が自分の腕を掴む。
言葉は少し弱々しいが、それに伴わず腕に掛かる力は強い。

「君の部屋に行こうとしてたんだけど…」
「えっ…」

それを聞くと彼は俯き気味だった顔を上げ微笑みを浮かべた。

「嬉しい、です。では…僕の部屋に行きましょうか。」

その微笑みを見ていつもなら同じように嬉しくなるはずが、今回はなぜか嫌な予感がした。
日々の経験で高くなった直感を今は少し憎く感じてしまう。
気付きたくないことも気付いてしまうから。

そんなことを考えながら彼と歩いていると、もう部屋に入っていた。

「どうか、しましたか…?」

彼が心配そうに様子を伺う。

「ううん、大丈夫だよ。君こそ、なんかあったりした?」

少しの沈黙の後、彼が口を開く。
「貴方には隠せませんね…。気付いてくれるとこも好き、ですけど、気付いてくれなくても…」
「何があったの?ゆっくりでいいから教えてほしい。」

「今の僕はきっともうだめなんです。」

彼が俯きながらそう言った。
少し震えているような気がして、彼の手を取る。
彼もそれを受け入れ、互いの体温が交じるのを感じる。

そんな時間が少し経ち、落ち着いたかと思えば
今度は彼が優しく手を持ち上げ、手の甲に口づけをした。

「え…?」

嬉しさ、焦り、困惑
様々な感情が飛び交う中彼の顔を見る。

「貴方が好きです。だから貴方をどこにも行かせたくない。鳥かごの中に入れて大切に大切にしておきたいと…」

「そう、思ってしまうんです……
 思いたくない、のに。」

⸺だから、


彼に手を伸ばそうとした時、
彼に突き飛ばされ彼の部屋から飛び出てしまった。

彼の部屋の扉が閉まり、呆然とその場で座り込んで数分後、終わりの合図が聞こえた。



彼の顔を見たとき、綺麗な黄金色の瞳だったこと
部屋から出る前、好きですと伝えられたこと

それだけで分かってしまう
そんな自分が嫌だった


いっそのこと、この宇宙ごと自分の水でいっぱいになって崩壊してしまえばいい
そんなことを考えていたらもう自分はいなかった。

「鳥かごには入れないよ…」

7/21/2023, 6:55:51 PM

今一番欲しいもの
(rcネタバレを含む可能性があります。)


僕は今日も耳障りな音とともにベッドの上で起きる。
いつの日も。
憂鬱なそんなことに慣れてしまって身支度をする。
自室から出て、もはや自動ロボットのようにいつもの道へ歩みを進める。
そしていつもの流れを繰り返す。

なぜか、今回はいつも向かう彼の元には行きたくなかった。
そのため、今日は明日のためにゆっくり休もうと思い早めの就寝に入ることにした。
意味があるかも分からないマッサージや保湿なんかをしながら眠気を誘い出す。
いい感じに眠気に誘われ夢の中に入ろうとしたとき、自室のドアが開き現実に呼び戻される。

「あぁ、寝るところだったのか。」

疑問が頭に山程浮かんだが、つい数秒前まで夢の中にいた自分には口に出すことができず、呆然とぽかんとするしかなかった。
そんな自分を裏腹に彼は棚や片付けられず床に置かれた物を見て口を開く。

「君は、なんのためにそれらを使ってるンだい?ぱっと見るだけでも適切に使えてるようには思えないけど。そんな風にそれらを使っても時間の無駄だよ。君は無駄なことに時間を使う凡愚なんだったら話は別だけど。それに、君には…」

寝起きの脳では彼の言葉を聞きたくても右から左へ流れていってしまう。
そんな自分を覚醒させるために口を動かす。

「無駄かもしれないですけど、なにもしないよりはいいのかなと思いまして…」

はぁ…。と彼は深いため息をつく。
また悪態をつかれてしまうと身構える。

「僕が一通り使い方を教えてあげるから、ほら貸しなよ。」
「え?」

そんな思っても見なかった返答をきっかけに彼は色々手取り足取り丁寧に教えてくれた。

「あ、ありがとうございます…。これで僕も貴方みたいに綺麗になれますかね」
「どうかな。元々綺麗なんだから必要ないと思うけど。したいならすればいいンじゃない。それよりも、君、話してみなよ。人間の脳ごときで、沢山の不確定な情報を抱えたまま通常通り機能できると思ってるの?そんなの僕ですら無理なんだ、君になんて更に無理だろう。ほら。」

さらっと褒められ、更に悩みを打ち明けていいとまで言われてしまった。
今日は本当に何が起こっているのか色んなことが起きすぎている。
そんなことがぐるぐる脳を巡りながらも、彼に言われるまま様々な自分のことを打ち明けた。
彼は時には嬉しそうに、時には真面目に考察や助言なんかをくれた。
彼と話して小一時間が経ち、彼が好きだということも告げてしまった。

「ふぅん。そう。分かってたよ。」

彼は一言そう告げると、僕の体を包むように抱きしめた。
一度も見たことがない表情、それに雰囲気も柔らかく自然と胸が高鳴る。
「僕で良かったね。いいよ、一緒に生きよう。」
そんなことを耳元で呟かれる。

そこで分かってしまった。

「なぜか気づけば君を目で追い、君の声だけはなぜか心地いい音がするンだ。この僕が映像や音にそんな感情を抱くなんて変わったもんだよ。いや、君に変えられた、が正しいかな?」

彼は泣いていた。
僕もつられて涙が溢れる。
どうすることもできない感情をお互い抱えながら赤子のように、しかし、静かに喚く。


「僕も君のことが、好きだよ。」

⸺⸺ジジッ

7/16/2023, 5:29:22 PM

空を見上げて心に浮かんだこと



∅*。


空を見るのは好き。
空は唯一の他の場所との接点だから。
歩いていても、過去のあの時の人達には会えない。
過去にはもう二度と戻れない。

離れ離れになってしまったけど、それでも、大丈夫だと思える。

いつも見上げれば爽やかに広がる水色。
雲に遮られ、淡々と変化を訴える白。
日が陰り始め、時間の曖昧な黄緑。
麗らかで明るく夕方を伝える黄色。
影が目立つようになる夕暮れの橙。
薄暗く、不安定な黄昏の赤。
日が沈み、一歩先行けば夜に傾く茶色。
夜に揺らめく美しくも儚い青。
暗く不気味なようで、優しく包む黒。
夜空に唯一、一際存在感を放つ銀。
神秘的な奇跡である極光の緑。
夜明け前の寂しさを感じる暁の紫。
朝焼けの可愛らしい希望の桃色。
日の出の清々しいようで、力強い緋色。

きっと、空を見れば思い出す。
自分にとってどんな存在だったか。どんな君だったか。
良い事も、悪い事もあったけど、支えてくれたのは他でもない君だから。

前に、進むべき道を君と歩むよ。
⸺⸺困難を乗り越えて、星の世界へ