そんじゅ

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11/28/2022, 10:30:51 AM

「痛い」

それ以上は怪我をしそうだからよしてくれと言えば、うっすら刺さりかけていた爪は一瞬でにゅっと外されたけれど、背中の重みはちっとも退いてくれない。

道端で拾った掃除機は随分人慣れしていた。

軽い気持ちでコートのポケットを引っ掻いて糸屑を投げてやったら、喜んでコンセントを振り振り家までついてきてしまったのだ。

うちはそんなに広くもないし、掃除機は卓上用と床用でもう2台もいるから縄張り争いもするだろう。正直、悪いことをしたと思ったが、チラチラとこちらの様子を見ながら大人しくお座りしている姿に絆されてしまった。

そのまま彼を玄関に入れてやり、自分も靴を脱ごうと上り框に腰掛けた途端、背中にのしかかってきたのだ。
これは彼なりの愛情表現……なのだろうか。

野良掃除機を飼うのは初めてだから勝手が分からない。明日にでもメンテナンスがてら家電ショップへ連れて行って、好むゴミのタイプを教えてもらおう。

部屋数が少なくてあまり掃除し甲斐のない家だけど、飽きずに暮らしてくれるといいな。


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「愛情」

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所感:
愛情の有無が不明瞭な存在について考えたところ、掃除機が出てきました。次点は雑巾です。

11/26/2022, 6:09:23 AM

「太陽の下であれば昼。これを命題とすれば?」
「対偶は、昼でないならば太陽の下ではない」
「お、トワイライトタイム無視すんの?」
「そもそも命題にしちゃ言葉の定義が曖昧だもんよ」
「そりゃそーね。じゃ、対義語は?」
「月の上であれば夜」
「上かぁ。そこ、上に行くんだ?」
「どうせ昼でも夜でも空は真っ黒じゃん、今」
「違いない。日没まであと3日だってさ」

月が気軽な旅行先に加わったのはもう2世紀半も昔のことだ。ウサギもカニも美女もいない殺風景な月面にがっかりしたという観光客は未だに後を絶たないが、だからといって皆がロマンまで失ってしまうわけでもない。

月面の拠点都市で15日間続く夜を満喫できるナイトライフツアーは、スピリチュアルな体験を求める若者に大人気だ。陸も海も空も人工光に覆われ尽くした地球では失われて久しい、完璧な闇夜への憧憬。

宇宙進出を果たして5世紀、人類はようやく、人の精神が光だけでは満たされないことを思い出しつつあった。


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「太陽の下で」

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所感:
あまのじゃくが!あまのじゃく様が「お題の逆張りしてみろ」って言うから逆らえなかったんです!
でも地球人感覚だと月の夜って本当長いですよね!

11/25/2022, 8:58:47 PM

今年は夏の終わりと同時に棒針を握りました。

なにせ制作期限はクリスマスまで。
孫2人に今年からワンちゃん1匹が増え、合計3着編むのです。早目に取り掛かるに越したことはありません。
ばぁばだって、毎日暇をしている訳ではないのですよ。

あれは日本でアグリーセーターが話題になった年、冗談で編んでみた1着がなんと大好評だったのでした。
それ以来娘夫婦が撮る家族写真の小ネタ係を拝命することとなり、毎冬、画面の賑やかしを手伝っています。

材料費は全部出してくれるし(とびきり良い糸を使い放題よ!)、とにかく編み物欲は満たせるので私は満足。
子供達にしてもお店には置いてないニッチなデザインをフルオーダーできるからとお礼までしてくれます。
本当、win-winの関係ってこういうことですね。

ただ少し心配なのは孫達のほうです。
あんなに小さな頃から本気のコスプレ英才教育を受けていて、後々、学校に入ったら文化祭の演し物なんかつまらなく思っちゃわないかしら……なんて。

いえいえ案外クラスの衣装係で活躍するかもしれない!
あら。これって親馬鹿ならぬばぁば馬鹿かしら?

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「セーター」

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所感:
今時、親子三代で趣味満喫しているご家族も珍しくないですね。ほんとうに良い時代になりました。黒歴史を家族で共有できるのって、最強…それとも最恐?

11/25/2022, 8:32:56 AM

これは夢だ。

そう分かっているから、滝つぼに落ちていく影を見かけても驚きはなかった。きっと昇仙を目指す者が千度の滝登りに挑んでいるのだろう。

これまでも夜ごとの眠りのなかで様々な土地を旅してきたが、仙人の住まう国へ来たのは久しぶりだ。ゆったりと流れる雲の行方を追いながら、金鳳花が揺れる野辺を独り散策する。

穏やかな風に光の粒がきらきらと舞う。ここでしばらくのんびり暮らしてみたいが、ささやかな願いほど儘ならないもの。夢の終わりを告げる不穏な鐘の音が空の上から降ってきた。スマホのアラーム。放っておくと大音量で帝国のマーチが始まってしまう。

さて、この美しい世界が現実に侵略されてしまう前に、こちらからおいとましなくては。
ひとつ深呼吸をすれば意識は一気に浮上する。

おはよう。また新しい一日を迎えられたよ。
旅立ちの夜の訪れまで、今日も丁寧に生き延びよう。


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「落ちていく」

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所感:
特定の一点へと向かっていく抗い難い引力の働きと思えば、落ちていくときも浮上するときも身体に受けるのはよく似た感覚のような気がします。

11/24/2022, 2:29:12 AM

議題がスムーズに片付き雑談モードに入ったミーティングルーム。気軽な筈の一言が部屋の温度を下げていく。

「犬猫の日だっけ。ワンワンにゃんにゃん」
「いい夫婦の日だよね」
「偉大なる北欧の至宝の日!」
「追いポッキーの日、なんちゃって」

今日は何の日だと思う?なんて、明快なフラグのついた質問だったのに、ことごとく回避されてしまった。
去年は祝ってくれたじゃないか。
なぜ覚えてない。今日は僕の誕生日だ。

「……」
「……」

うっかり顔に機嫌を出してしまったに違いない。
スタッフ達の顔が固まっている。

「リーダーってそういうとこがほんと」
「何?ほんと、何?」
「分かりやすくて可愛いですよねお歳のわりに」

パッ、と目の前にブーケを差し出された。

「お誕生日おめでとうございます!」

机の下からケーキの箱もいそいそと取り出される。
皆の顔が固かったのは、笑いをこらえていたせいか。

去年朝イチからお祝いしたら「待ち構えられるのは恥ずかしい」っておっしゃったので、今年はサプライズにしてみたんですよー、なんて種明かしを挟みつつ手際よくキャンドルに火が付けられていく。

「……寿命が縮むから、サプライズも却下で頼む」


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「夫婦」

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所感:
きっと日付に合わせたお題だと思ったので、そのまま横スライディングしてみたら、どこかの上司の誕生パーティーに着地しました。そして北欧の至宝、御年57歳!

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