そんじゅ

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11/22/2022, 9:15:05 AM

趣味をきわめてみたくなり、骨格標本制作のワークショップに参加して半年。先週やっと骨の漂白が終わり、今日から組み立ての工程が始まった。

大型動物の場合、何をするにしてもとにかく広いスペースが必要だから自宅ではなかなか手を付けられなかった。ここでなら思う存分作業ができて気分が良い。

真っ白に仕上がった脛骨を握る。手袋越しでもさりさりとした手触りが心地よい。きっといい出来になる、と気合を入れ直したときだった。後ろから申し訳なさげに声をかけられた。

「あの、もし骨が余ったらどうすればいいの?」
「余るわけないだろう」
「いや、ここに山盛りあるんだけど」
「は?」

ちら見すると彼の作業台の脇には骨が散らばっている。翼の骨か。なるほど、真面目に参加してたなら「余る」なんて考えは出ない。おおかた途中サボり組かな。

「この子たちはただの天使じゃない」

烏口骨を手に取り、くぼみがよく分かる向きにして関節位置を示してやる。

「二対四枚の翼をもつ智天使だ。見なよ、ほら、ここに二対目の上腕骨がくるんだ」
「ああなるほど!ありがとう、いや助かった」

お人好しな講師が休んだメンバーの分までいつも作業を肩代わりしていた姿を思い出した。やれやれ、これじゃあ何一つ勉強になってないじゃないか。サボる奴らは授業料を完成標本の代金にしか考えていないんだ。

溜め息まじりの深呼吸と共に窓の外を見やると、件の講師が次のクラス用に仕入れたらしい天使の死体を運んでいた。これから裏の墓地で野ざらしにするんだろう。

……六枚の翼。熾天使はレアだな。
せっかくだ、来期も参加するか。


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「どうすればいいの?」

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所感:
どうすればいいの?と聞かれて困るシチュエーションを探したら骨が出ました。標本は悪魔でもよかったのですが天使にしたのは好みです。

11/22/2022, 5:56:39 AM

世界の東の果ての寺院には竜の宝物殿があるという。

生涯かけても使い尽くせないほどの金銀財宝。
どんな願い事でも叶えてくれる不思議な珠。
飲めばたちまち不老不死になる竜涎酒。
竜の髭で編まれたサンダルは履けば空を駆けられる。

これをただの御伽話だと思う者もいれば、真実と信じて一攫千金の旅に出る者もいる。

ある日、一人の若者がついに東の果てまで辿りついた。古びた寺院には人の気配がない。彼は朽ちた門を幾つもくぐり、草木の枯れた中庭を抜け、廃墟の如き僧房の奥の奥に、ようやく大きな蔵を見つけた。

喜び勇んで扉を開く。

果たして中には一頭の竜がいた。蔵の中には他に何もなければ誰も居ない。問えば宝をもらえるものかと、おそるおそる竜に声をかける。

「竜よ、竜よ。私は宝を探してここまでやって来た」
「よく来たね。でもお前の望むものはここにはないよ」

打ちひしがれる若者に竜は優しく語り掛ける。

かつてこの蔵に積まれていたのは有難い経本。しかし戦で寺院が焼かれ、全て失われてしまった。私がここをねぐらと定めてからどれほどの年月が過ぎただろう。いつの間にやら御伽話の存在にされてしまった。

「しかしこうしてお前のように、夢物語の真実を探して稀に訪れる人間がいるから私は救われる」

長く独りで過ごした辛さは如何ほどかと若者がそっと伸ばした手を竜は軽く握り返してかすかに笑った。

「なかなか肉付きの良い手だ。久々の晩餐だよ」


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「宝物」

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所感:
この竜、単に出不精なんですよね。食事に出掛けるのも面倒っていう。でも待ってたらたまに出前が届くから。

11/21/2022, 6:06:40 AM

母の誕生祝いのケーキに乗せるロウソクをどうするか。
そんな話題で子供らがずっと騒いでいる。

「年の数と同じだけ用意するのは?」
「…それ、お母さん多分嫌がる」
「でも、記念なんだしデコりたい」
「大きい位の数は、大きいサイズのにするとかさ」
「数字のカタチした可愛いキャンドルもあるよ」

意見を全部聞いていては、いつまでも決められなさそうだ。年長者らしく、ここらで強権発動しておくか。

「いいか。ケーキに立てていいのは1本だけだ」

途端に激しいブーイングが巻き起こったが、こればかりはもう仕方ない。

なにせ我らが愛しの母、大いなるマザーアースは御年46億歳。年の数だけロウソク立てるなんて一体どんな酔狂だ。46億の炎を一息で吹き消すと、どれほどの暴風が地上を駆け抜けると思う?

誕生パーティーが俺達全員の命日になっちまう。

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「キャンドル」

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所感:
最近はLEDのキャンドルが人気ですね。野外活動で使うとか、室内でも失火の危険が無いと喜ばれたり。

11/19/2022, 2:34:45 PM

墓に供える花だと告げると、店員は奥のガラスケースから花桶をひとつ抱えて戻ってきた。白い蕾ばかりの枝がたっぷり活けられている。

「このバラ、人の記憶を感じ取って色が変わるんです」

最近とても人気で、といいながら「お試しに」と薄緑混じりのまだ固い蕾を一本取り出して手渡してくれる。

「故人の方のお好きだった色とか念じてみてください」

(あの人の好きな色は何だったか……そういえば口紅は赤じゃなくて、いつもちょっと変わった……)記憶を手繰り寄せて脳裏に顔が浮かんだとたん、手の中の蕾がみるみるふくらみだした。

数分もかからず、すっかり満開になったバラは花びらが白から鮮やかなオレンジピンクへと変化していた。
記憶のまま。彼女の唇の色だ。

不思議な花を包んでもらい、郊外の墓地に向かう。車をおりた時にはもう夕暮れが迫っていた。持ってきた花束の一輪ずつを指でそっと摘み、懐かしい記憶を辿る。

出会ったとき、初めて挨拶を交わしたとき、初めて手をつないだとき、初めてケンカをしたとき……たくさんの想い出をひとつずつ丁寧に確かめ、また心の奥へと仕舞いこむ。手の中で花は彼女の想い出に染まり、順にほころんでいく。

やがて全ての蕾が開き、彼は静かに立ち去った。
墓に残されたバラは夕陽の残照を受けて艶やかに輝く。

何一つ混じりけのない、真紅の花束。


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「たくさんの想い出」

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所感:
花が黒とか金色に変わってしまうメリバVerを先に思いついたのですが、長くなりそうだったので没。

11/19/2022, 9:49:45 AM

「冬になったらまた来ますね」

冬将軍は厳めしい顔に似合わず穏やかな方だ。
話しかたも丁寧だし、いつもにこにこしている。

「別に来なくったっていいですよ」
「…そう、ですか」
「あ、いや、雪がないと困る地方もあるんで、全然来てもらって構わないです。来てください」
「ありがとうございます」

ちょっと意地悪を言うとあからさまにしょんぼりした顔でこっちをじっと見るものだから、ついついからかいたくなってしまう。けど「来なくていい」なんて冗談でも言うものじゃなかった。

季節はめぐり、立冬の今日。
やって来たのは寒立馬に乗った大柄な若い女性。僕の姿を認めると、さっと馬からおりて手を差し出してきた。

「こんにちは。新任の冬将軍です」
「初めまして」

ごつい皮手袋の手をしっかり握り返し挨拶した。思いのほか優しい瞳と視線が合い、つられて問いかける。

「あの、前の将軍は」
「祖父は北の国に残りました」
「…そう、ですか」
「今年は夏が暴れすぎて、氷河の氷が沢山ゆるんでしまいました。残った熱を追い出すために、数年は極北の土地で大きな戦いが続く見通しなのです」

貴方に伝言を頼まれました、という。

「しばらく君の国には行けなさそうだ。もし寂しいなら、北の国まで遊びにおいでなさい。美しいオーロラを見せてあげよう…ですって」

にっこり笑って彼女は続けた。

「祖父は本当に春が、貴方が大好きなんですよ」


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「冬になったら」

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所感:
なんだかんだいって、四季はお互い仲良し。

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