池上さゆり

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3/17/2024, 2:42:45 PM

 昔からなんでも視えていた。それこそ、視えてはいけないようなものもあったし、他人の未来も過去も視えた。私は本当にそれが嫌だった。その度に傷ついて苦しくなるのは自分なのに、どこにも逃げ道がなくてどうしようもなかった。
 それでも、ずっと私のそばにいて大丈夫だと言い続けてくれた人がいた。私はその言葉を信じることはできなかった。それでも、なにがあっても近くにいてくれる彼に安心していた。
 そんなある時、家族が旅行に出かけた。体調が悪かった私は行けなかったから、行ってらっしゃいと見送った。そうして、部屋に戻って勉強をしようとした瞬間。視えてしまった。家族が車で事故を起こすところを。玉突き事故で前後からぺしゃんこにされる映像を。一瞬で、死んでしまうのだと察した。今から電話すれば間に合うかもしれないと思って、電話をかけたが誰も出てくれなかった。
 それからしばらくしてまた視えたのは、家の固定電話が鳴り響く音と、病院に運ばれたボロボロの家族の体だった。なにか行動を起こす暇もなく、電話は本当に鳴った。出られるはずもなかった。出なくたって、その電話の内容もわかってしまっていたから。
 なんでついて行かなかったのだろう。ついて行けば一緒に死ぬことだってできたのに。思わず、カッターを手に取って、自分の腕に刺した。そのまま力いっぱいに引きずりおろす。不思議と身体的な痛みはなくて心だけが痛んだ。
 そこに彼がやってきた。記憶ははっきりしていないけど、何度も大丈夫だと言い続けてくれた。
 それからしばらくして私たちは結婚した。結婚してすぐに私は「もう泣かないよ」と約束をした。もうなにが視えたって、彼は私より先に死なないと約束してくれた。常に怯えてばかりだったけど、それでも幸せだった。
 長い長い時間を共に過ごしたのち、約束はちゃんと果たされた。寿命を使い切った私は「君といれて意外と幸せだったかもしれない」と伝えてから、目を閉じた。

3/17/2024, 10:04:52 AM

 なんでも視える彼女は常に泣いては怯えてばかりだった。誰かが傷つく未来も、その人が苦しんだ過去の痛みも、亡くなった人の心残りも全部視えてしまうのだという。
 だから僕は常に隣にいた。なにがあったって大丈夫だと言い続けた。それでも、怖いのだと泣いてしまう。
 自分の無力さを嘆いたこともあった。それでも、彼女が視ているものを視ることはできなくて、共感だけはどうしてもできなかった。それでも言い続けた。大丈夫だと。
 そして、ついに彼女は学校に来なくなった。なにがあったのかと心配して家まで訪ねた。インターホンを押しても反応はなく、玄関に鍵はかかっていなかった。そのまま中に入ると、どこも電気がついておらず暗かった。名前を呼びながら家の中を探し続けた。二階に上がって、彼女の部屋の前まで来た。すると、中から泣き声が聞こえた。ノックもせずに入ると、血まみれの腕をだらんと垂らしながら、天井を仰いで泣いていた。想像もしていなかった光景に僕はゾッとした。すぐに駆け寄って傷口を確認する。ベッドに置かれたカッターが真っ赤に染まっていてそれで切ったのだとわかる。
「痛いだろ、なんで。なんでこんなことしたんだよ」
 思わず、怒り口調で言ってしまった。責めるつもりなんてなかったのに、血が死を連想させてしまったからか心配のあまり感情をコントロールできなかった。
「だって、もう、誰も帰ってこないから。私がもっと早く未来を視ることができてたら、旅行に行くのだって止められたのに。私も、一緒に死にたかった」
 そういうことかと納得してしまった。家族が死んでしまう未来を送り出した後に視てしまったのだ。傷口に触らないように力強く抱きしめた。
「これからは僕が一番近くにいるから。絶対に死なないし、消えたりもしないから。お願い。泣かないで」
「嫌だ、みんないなくなっちゃうもん。もう誰かが傷つくのもいなくなるのも視たくない」
「絶対に君を置いて死んだりなんかしない。君が死ぬのを見届けてから僕も死ぬから。大丈夫だよ」
 一際大きくなった泣き声を包み込むように抱きしめた。
 怖がりな彼女はそれからもずっと怖がりなままだった。ずっとなにかに怯えていたけど、それでも死ぬ瞬間だけは「君といれて意外と幸せだったかもしれない」と言い遺していった。

3/16/2024, 8:01:19 AM

 星というのはもう現代では見ることのできない幻のもの思っていた。小学生のときに習った季節ごとの夜空の写真も幻想だと思っていた。科学上証明はできても、人間の目には見えない。それが星だと思っていた。
 実際に夜、外に出てみても星の一つも見ることはできなかった。夜空に見えるのは月だけで、先生が言うには街明かりが星の存在を消しているらしい。
 ある時、父の仕事の関係で田舎に引っ越しをすることになった。いわば左遷されたわけだが、父は生まれ育った故郷に戻れることが嬉しいらしく、喜んでいた。
 引っ越し作業に疲れて、僕は一人で外に出た。なんとなく近場になにがあるのかを把握したかった。だが、さすが田舎というべきか街明かりというものがほとんどない。それぞれの家の窓が光っているぐらいで、お店や看板の強烈な灯りというものがなにもない。すぐ近くに山も見える。山がこんな近くにあるだなんて違和感だなと思った僕はなんとなくじっと見つめていた。
 すると、その視界の先で見慣れない白い点がたくさん見えた気がした。視線をそのまま上空へと上げると、空に星が溢れる景色に目を奪われた。一瞬、気持ち悪いと思ってしまったものの、ちゃんと見てみると星は一色じゃなかった。何色もあって、学校で習った星座も簡単に見つけられそうな気がした。興味がなくてちゃんと授業を聞いていなかったことを後悔するぐらいには美しかった。
 僕はすぐに家に帰って両親に報告した。星が見えると。それを聞いた父は笑っていた。
「そうだろう。ここは日本の中でも星が綺麗に見えると有名なところなんだ」
 自慢げに笑う父と母を連れて再び外に出る。そこでいろんな星座を教えてもらった。
 きっと僕はこの夜を忘れない。

3/14/2024, 12:51:41 PM

「絶対に生きて帰るぞ」
 そう誓いを立てて、拳をぶつけ合った。なにがなんでもこの戦場から帰るつもりだった。友人とお互い、同じ日に結婚式を挙げる約束をしていた。だから、それに妻が身籠っている。絶対に、生きて帰って幸せな生活を送るんだと信じてやまなかった。
「とつげーき!」
 響き渡った隊長の声を背に受けて、走り出す。飛び交う銃弾が当たらないようにと祈りながら、敵との距離を詰めていく。隣で走る友人の目にも炎が宿っていた。
 だが、ここは戦場だってことをきっと忘れていた。この場に置いて絶対なんて言葉が通用しないことをわかっていなかったのだ。
 突然、隣を走る友人が倒れた。すぐに足を止めて、傷を確認する。ヘルメットを突き抜けて銃弾が入っていた。死んだのだ。そうわかっていても、見捨てられなかった。自分の死ぬ可能性なんて考える余裕もないまま、こいつを連れて帰らなければ。背中に背負って、なんとか掘まで走った。そこで改めて生死を確認したが、すでに息絶えていた。
 銃弾が飛び交う戦場で俺は叫んだ。友人の死を目の当たりにして叫ばずにはいられなかった。生きて帰るぞって約束しただろ。俺だけ帰って結婚式を挙げるなんてできるはずないだろ。
 銃弾が当たった瞬間のまま、目は見開かれていた。そこに宿っていた炎はもうどこにもなくて、安らかな瞳だけがあった。
「もうこんな戦場見なくていい。お前は先に天国に行ってろ」
 瞼を閉じて、俺は再び戦場を走ろうとした。だが、それではいけないことに気づく。俺まで死んでしまったら、友人の奥さんにこいつの骨一つだって持って帰れないのだ。あとで、どんな罰が下ろうとも俺は覚悟を決めてこの戦いが終わるまでそこで待っていた。
 ようやく、音が止んだところで立ち上がった。周囲に転がる大量の死体のうち一体何人が家族のもとに帰れるのだろう。
 隊長の撤退だという声を聞いて、俺は友人の手首を切り落とした。これが、戦場で戦い抜いた男の手だと、奥さんに渡してやろうと、非常食をその場に捨てて彼の手をポケットに入れた。

3/13/2024, 10:43:24 AM

 はたから見れば、幸せな結婚式だったのかもしれない。だけど、私にとってそれは呪いのような日々の始まりだった。
 自分のセクシャルがレズビアンだと気づいた時にはもう手遅れだった。初恋の人に彼氏ができて、毎日自慢話を聞かされた。そして、その初恋の人にずっと「早く彼氏作ってよ。ダブルデートしよう」と言われ続けていた。それがどれほどの苦痛だったのか、彼女は知るはずもない。結局、彼女への好意を明かすことなくお互い社会人になった。
 もう、学生の時のようにずっと隣で笑い合えない日々が続くのだと嘆いていた。
 そんな私に追い討ちをかけるように、彼女から結婚式の招待状が届いた。今まで一番近くで愛してきた人が、他の人と結ばれる瞬間なんて見たくもなかった。だから、私は仕事を理由に断ろうかと思っていたが、それもできなかった。彼女が美しく着飾った姿を見ないでいられるだろうか。諦めるためにも、この目に納めなければならない。
 期待していた通り、結婚式で現れた彼女は世界一綺麗だった。誰よりも幸せそうな顔をしていて、時折涙を流しては周囲の人に感謝を伝えていた。順番に各席を回りながら会話をしていく。ついに私のそばにきた彼女に私は「綺麗だね」と言うだけで精一杯だった。
 こんな私にも彼女は笑って「今度はあんたが幸せになるんだよ」なんて言っていた。
 相手の幸せを願っていたのはお互い様なのに、私たち二人はいつまでも一緒にはなれなかった。だから、彼女を安心させるためにも、私は愛のない結婚をした。もちろん、結婚式には彼女も呼んだ。夫婦ともに出席してくれてお祝いしてくれた。
「旦那一筋でもいいけど、私とも仲良くしてよね」
 そう言って涙を流した。もしかして、私たち両想いだったのだろうか。どうして、この瞬間まで気づけなかったのか。自惚れでもいい。ここで、彼女の唇を私のものにしてしまいたかった。
 だけど、そんなことできるはずもなく、私は「ありがとう」とだけ返した。
 これから、二人の一番隣にいるのは私たちじゃない。いつか、本音を聞ける日が来たら、私の初恋について語ろう。

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