池上さゆり

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「絶対に生きて帰るぞ」
 そう誓いを立てて、拳をぶつけ合った。なにがなんでもこの戦場から帰るつもりだった。友人とお互い、同じ日に結婚式を挙げる約束をしていた。だから、それに妻が身籠っている。絶対に、生きて帰って幸せな生活を送るんだと信じてやまなかった。
「とつげーき!」
 響き渡った隊長の声を背に受けて、走り出す。飛び交う銃弾が当たらないようにと祈りながら、敵との距離を詰めていく。隣で走る友人の目にも炎が宿っていた。
 だが、ここは戦場だってことをきっと忘れていた。この場に置いて絶対なんて言葉が通用しないことをわかっていなかったのだ。
 突然、隣を走る友人が倒れた。すぐに足を止めて、傷を確認する。ヘルメットを突き抜けて銃弾が入っていた。死んだのだ。そうわかっていても、見捨てられなかった。自分の死ぬ可能性なんて考える余裕もないまま、こいつを連れて帰らなければ。背中に背負って、なんとか掘まで走った。そこで改めて生死を確認したが、すでに息絶えていた。
 銃弾が飛び交う戦場で俺は叫んだ。友人の死を目の当たりにして叫ばずにはいられなかった。生きて帰るぞって約束しただろ。俺だけ帰って結婚式を挙げるなんてできるはずないだろ。
 銃弾が当たった瞬間のまま、目は見開かれていた。そこに宿っていた炎はもうどこにもなくて、安らかな瞳だけがあった。
「もうこんな戦場見なくていい。お前は先に天国に行ってろ」
 瞼を閉じて、俺は再び戦場を走ろうとした。だが、それではいけないことに気づく。俺まで死んでしまったら、友人の奥さんにこいつの骨一つだって持って帰れないのだ。あとで、どんな罰が下ろうとも俺は覚悟を決めてこの戦いが終わるまでそこで待っていた。
 ようやく、音が止んだところで立ち上がった。周囲に転がる大量の死体のうち一体何人が家族のもとに帰れるのだろう。
 隊長の撤退だという声を聞いて、俺は友人の手首を切り落とした。これが、戦場で戦い抜いた男の手だと、奥さんに渡してやろうと、非常食をその場に捨てて彼の手をポケットに入れた。

3/14/2024, 12:51:41 PM