池上さゆり

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6/30/2023, 8:08:01 AM

 もうすぐ夏休みが始まる。終業式が終わって、教室に戻った私たちは夏休みの予定を立てていた。二人でどこに行こうかと話をしていると、友達が心霊スポットに行きたいと言い出した。場所は山の中にあるトンネルでこんな噂があった。みんなで手を繋いだままトンネルの端から端まで歩くと助かるが、誰かが途中で手を離したりするとそのままあの世に連れて行かれるらしい。なんでも、そのトンネルの中で交通事故に遭って両親を亡くした幼い子どもが両親を探しているのだという。
 そこまで興味はなかったが、友達がどうしても行きたいというので行くことにした。ただ、門限があるため夕方に山の麓にあるコンビニに集合することになった。
 当日、ラフな格好でコンビニに集まった。そこからトンネルまで二十分近く歩かなければならず、文化部の私たちは息を切らしながら登っていった。目的地に着いてからもすぐには中に入らず、息を整えていた。そして、改めてこれから入るトンネルを見てみたがごく普通のトンネルだった。なにか、不気味な雰囲気がする訳でもなく、入口から出口までまっすぐの道になっていて奥までしっかりと見える。
「そろそろ行ってみよっか」
 私たちは手を繋いで、ゆっくりと中へ踏み入った。すると、先ほどまで響いていた蝉の大合唱が急に遠のいて静かになった。なんの音もしない静かな空間に二人の呼吸音と足音だけが響く。それだけで恐怖心を煽られた。
 だが、なにか起こるはずもなく端の出口まで辿り着いた。外に出るとまた蝉の大合唱が響いている。目の前には大きな入道雲がもくもくと膨れ上がっていた。
「そろそろ雨振るかもしれないし、帰ろっか」
 やはり噂話は噂に過ぎないと、確信して安心した私たちは手を繋がずに来た道を戻った。半ばまで進んだところで雨の音が響いた。大雨になる前に走ろうとした瞬間だった。後ろから突然、子どもの声がした。
「ママ?」
 驚いて振り返ると、至るところに傷を負った少女が立っていた。思わず、駆け寄ろうとすると友達に腕を掴まれた。
「なにやってるの」
「え、だって。子どもが」
「そんなのいないよ、走ろう」
 私にしか見えていないのか、友達に手を引かれるまで走った。もうすぐトンネルを抜けられるというところで、私は足を滑らせて転けてしまった。腕を引っ張っていた友達も転けて二人とも怪我をした。
「ママ?」
 逃げてきたはずなのに、目の前にさっきと同じ少女が立っていた。その瞬間、彼女がこの世の人ではないのだと感じた。ポツリと何かが肩に落ちた。またポツリポツリと何かが降っている。上を見上げると降るはずのない雨が降り注いでいた。友達が必死にトンネルから出ようと匍匐前進で進んでいる。何度も名前を呼んでいるのに、返事してくれない。ようやく、友達がトンネルから出たところでキョロキョロと辺りを見渡していた。
「あれ、私こんなところで一人でなにしているんだろう」
 もう一度、友達の名前を呼んだが、トンネルの中で反響するだけで届かなかった。
「ママ、一緒に遊ぼう?」
 少女に握られた手が、血にまみれていく。

6/23/2023, 10:12:42 AM

 学校生活というのは実につまらなくできている。校則でおしゃれや寄り道が禁止されている。授業を受けて、部活行って、課題をこなすだけの毎日。
 こんな日常を壊してくれる何かをずっと探し求めていた。
 そして、それは突然訪れた。
 転入生だった。モデルのようなスタイルに、人形のように整った顔。風になびく輝かしい金色の髪に、吸い込まれそうなほど透き通った青い瞳。
 目が合っただけで、胸が高鳴った。偶然、席が隣になったおかげで会話することは多かった。どこを切り取っても綺麗で、会話をするたびに目のやり場に困っていた。それでも、目を離すことはできなくて、授業中隙を見つけては、その横顔をうっとりと見つめていた。
 ある日、中庭で一緒にお弁当を食べたいと誘われた。ウキウキな気分で休み時間を待った。ついに、その時間になって雑談しながら中庭に向かった。中庭の中心には立派な桜の木がある。花壇もあって、隅にはベンチも置いてある。影のある場所に座って、私たちはお弁当を広げた。
 そして、いつものように雑談をしていたが、転入生が急に黙ってしまった。何か悪いことでも言ってしまったかと心配した。
「わたし、あなたのくろいかみやめがすきです。あなたはとてもうつくしい」
 突然の褒め言葉に驚いた。私なんかよりもずっと綺麗な顔をした転入生にこんなこと言われるなんて思ってもいなかった。
「私も、あなたの青い目や金色の髪が好きよ。全部が好き。あなたのことが、好きなの」
「それはライクじゃなくて、ラブですか」
 こくりと頷いた。顔が暑くて、全身から汗が出ているのがわかる。指先は震えていた。そんな手を彼女はぎゅっと握ってくれた。
「わたしも、あなたのことあいしてるです」
 こんな幸せがあっていいのだろうか。指先を絡めあって、初めて交わしたキスはどんなものよりも甘かった。

6/22/2023, 10:02:18 AM

 鮮やかな絵を描くのが好きだった。世界はカラフルで無数の色で彩られていて、それをキャンパスに表現するのが好きだった。特に、透明感を表現できる青は一番好きな色だった。
 私がまだ保育園に通っていた頃、妹が生まれた。大きくなったら一緒に絵を描くんだと楽しみにしていた。そんな妹が大きくなって、言葉をある程度話せるようになった時、私は色を教えた。
「これが赤色。これは青。こっちは緑」
 だが、妹は不思議そうな顔をするだけであまり理解できていないのだと思った。
「これとこれ、同じ色じゃないの?」
 何か良くない予感がすると思って、すぐにお母さんに伝えた。すると、妹はすぐに病院に連れて行かれた。そこで発覚したのは妹が色覚障害を患っているということだった。世界のほとんど赤色一色だという。
 それから私は妹の世界を再現しようと赤色一色で絵を描くようになった。続けていくうちに、少しずつ名が知れるようになっていった。嬉しくなんてなかった。このまま有名になってしまえば、私は私の好きな色鮮やかなこの世界を表現できなくなってしまう。
 だから、大人になって初めて美術館から個展のお誘いが来た時迷ってしまった。美術館が求めているのは、妹の世界であって私の世界ではない。だが、今まで積み重ねてきた絵の意味を誰か一人でも理解してくれるのならと思って引き受けた。個展は好評だったようで、気持ち程度にしか用意していなかったポストカードなどもよく売れた。
 その後妹の世界に革命が起きた。なんと、最新技術により特殊なメガネをかけることで私と変わらない世界を見ることができるようになった。私は感動した。そして、今こそ妹が最も愛する世界を表現するときだと思った。
「私ね、この家が好き。私たち家族だけが居心地がいいって感じられるこのリビングが好き」
 私は今までで一番大きなキャンパスを用意した。十何年ぶりとなるカラフルな絵の具を取り出した。目に映る風景だけが絵じゃない。温もりや生命、安らぎの全てを詰め込んでこそ私の絵だ。
 その絵を完成させたあと、数年ぶりにまた個展のお誘いが来た。私は事情を説明した上で、展示の許可をもらった。
 そして訪れた初日。私は最後の部屋で在廊することにした。目の前に飾った大きな色鮮やかなリビングの絵に感動していた。今、やっと、妹と同じ世界を見られているのだと。
 すると、一人の女子高校生が最後の部屋に入ってきた。私の存在には気づいてなかったようでひどく驚いた顔をしていた。悪い意味であることはわかっていた。
「驚かれましたか」
 思わず話しかけてしまった。彼女はまだ現実が受け入れられないといった顔をしていた。
「私、あなたの描く赤色の世界が好きだったんです。なんで……」
 やはりそうだったかと納得した。
「ありがとうございます。でも、私はプロでもなければ、これで生活をしているわけではありません。所詮、誰かのためにしか絵を描けないただの一般人なのです」
 そうだ。これが本心なのだ。彼女は逃げるようにこの場を去った。芸術家としては作風を一貫できなかった私は不完全なのかもしれない。それでも、一人の姉としては完璧であろうとした私はきっと不完全なんかじゃないと思う。

6/20/2023, 2:10:02 PM

 家に響くのは怒声。物が壊れる音。母の泣き声。いつだって私は逃げてきた。
 父が酔って帰ってくると、トラブルしか起きない。それをわかっていた私は深夜のコンビニバイトに励んでいた。父が帰ってくる前に家を出て、父が眠っている時間にバイトが終わる。それを繰り返して必死に一人暮らしを始めるための貯金をしていた。万が一にも父に通帳が見つかってしまわないように、隠すのに必死だった。
 そして、目標金額まで貯まって母に家を出ることを伝えた。すると母は応援するわけでもなく、必死に私を引き止めようとした。
「お願い、お母さんをひとりにしないで。一人にされたらお母さん殺されちゃうよ。あなたがいたからこれまで耐えてこれたのに……」
「ねぇ、お母さん。私、もう三十だよ。いい加減家を出たいの」
 いつものように母は泣き始めた。私は慰めることはまったくせずに、荷造りを始めた。前々から計画していたことだった。父が外をふらふらしている間に家を出ようと決めていた。
 すると、突然玄関のドアが開く音がした。
「おい! 家の前に停まっている車はなんだ!」
 帰ってきてしまった。バレてしまった。どうしよう。そう悩んでいると母が私の横を走り抜けて、父のもとに行った。
「あの子が家を出ようとしているの! お願い、あなたからも止めてやって!」
 父にしがみつきながら、私の顔を見た母の目には絶対に私を逃さないという執念を感じた。

6/19/2023, 2:58:05 PM

 呪いの相合傘というものがあるらしい。それは傘を忘れた人に学校が貸し出している真っ赤な傘を嫌いな人と一緒に帰ると、相手が呪わるというものだという噂がある。
 だけど、この噂を確かめた人はいない。そもそも校内に真っ赤な傘の貸し出しはない。それに、真っ赤な傘を持って嫌いな人と一緒に帰るという難易度の高さから、あくまで噂話に過ぎないと言われていた。

 私のクラスではいじめが絶えなかった。常に誰かが標的にされていて、みんな自分が標的にならないように気をつけていた。
 だけど、ほんの些細なことで私の友達が標的にされてしまった。理由は主犯格が習い事で習字をやっているのだが、習字を習っていない私の友達が賞を取ったからだった。完全な嫉妬でしかないと、誰もがわかっていたが誰も助けなかった。もちろん私も、友達がターゲットになったのは可哀想だと思ったが、同時に仕方のないことだとも思っていた。すぐにターゲットが変わるだろうと思って、私は何もしなかった。
 そして、案の定一ヶ月もしないうちにターゲットは変わった。久々に友達と話して、何もしなくてごめんねと謝るとすぐに許してくれた。久々に一緒に帰ろうということになった。この日はたまたま雨が降っていた。私は傘を持ってくるのを忘れてしまった。下駄箱のところで友達が来るのを待っていると、真っ赤な傘を持ってやってきた。すぐにあの噂が頭を過って、顔がひきつった。
「その傘、借りてきたの?」
「ううん。この間新しく買ったの」
 友達の私物だとわかって安心した。相合傘をして一緒に帰りながら、雑談をしていた。学校からだと私の家の方が近かった。友達は雨だからと言って家まで送ってくれた。そして、私の家に着いてお礼を言った。バイバイと手を振ろうとした瞬間、傘の持ち手の部分に貸出用と書かれたシールが貼ってあるのが見えた。その瞬間、友達はニヤリとした表情を見せた。
「死ね」
 それだけ言って、自分の家の方向に向かって歩き始めた。私は、実在するかどうかもわからない呪いに怯えることしかできなかった。

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