池上さゆり

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 家に響くのは怒声。物が壊れる音。母の泣き声。いつだって私は逃げてきた。
 父が酔って帰ってくると、トラブルしか起きない。それをわかっていた私は深夜のコンビニバイトに励んでいた。父が帰ってくる前に家を出て、父が眠っている時間にバイトが終わる。それを繰り返して必死に一人暮らしを始めるための貯金をしていた。万が一にも父に通帳が見つかってしまわないように、隠すのに必死だった。
 そして、目標金額まで貯まって母に家を出ることを伝えた。すると母は応援するわけでもなく、必死に私を引き止めようとした。
「お願い、お母さんをひとりにしないで。一人にされたらお母さん殺されちゃうよ。あなたがいたからこれまで耐えてこれたのに……」
「ねぇ、お母さん。私、もう三十だよ。いい加減家を出たいの」
 いつものように母は泣き始めた。私は慰めることはまったくせずに、荷造りを始めた。前々から計画していたことだった。父が外をふらふらしている間に家を出ようと決めていた。
 すると、突然玄関のドアが開く音がした。
「おい! 家の前に停まっている車はなんだ!」
 帰ってきてしまった。バレてしまった。どうしよう。そう悩んでいると母が私の横を走り抜けて、父のもとに行った。
「あの子が家を出ようとしているの! お願い、あなたからも止めてやって!」
 父にしがみつきながら、私の顔を見た母の目には絶対に私を逃さないという執念を感じた。

6/20/2023, 2:10:02 PM