池上さゆり

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 もうすぐ夏休みが始まる。終業式が終わって、教室に戻った私たちは夏休みの予定を立てていた。二人でどこに行こうかと話をしていると、友達が心霊スポットに行きたいと言い出した。場所は山の中にあるトンネルでこんな噂があった。みんなで手を繋いだままトンネルの端から端まで歩くと助かるが、誰かが途中で手を離したりするとそのままあの世に連れて行かれるらしい。なんでも、そのトンネルの中で交通事故に遭って両親を亡くした幼い子どもが両親を探しているのだという。
 そこまで興味はなかったが、友達がどうしても行きたいというので行くことにした。ただ、門限があるため夕方に山の麓にあるコンビニに集合することになった。
 当日、ラフな格好でコンビニに集まった。そこからトンネルまで二十分近く歩かなければならず、文化部の私たちは息を切らしながら登っていった。目的地に着いてからもすぐには中に入らず、息を整えていた。そして、改めてこれから入るトンネルを見てみたがごく普通のトンネルだった。なにか、不気味な雰囲気がする訳でもなく、入口から出口までまっすぐの道になっていて奥までしっかりと見える。
「そろそろ行ってみよっか」
 私たちは手を繋いで、ゆっくりと中へ踏み入った。すると、先ほどまで響いていた蝉の大合唱が急に遠のいて静かになった。なんの音もしない静かな空間に二人の呼吸音と足音だけが響く。それだけで恐怖心を煽られた。
 だが、なにか起こるはずもなく端の出口まで辿り着いた。外に出るとまた蝉の大合唱が響いている。目の前には大きな入道雲がもくもくと膨れ上がっていた。
「そろそろ雨振るかもしれないし、帰ろっか」
 やはり噂話は噂に過ぎないと、確信して安心した私たちは手を繋がずに来た道を戻った。半ばまで進んだところで雨の音が響いた。大雨になる前に走ろうとした瞬間だった。後ろから突然、子どもの声がした。
「ママ?」
 驚いて振り返ると、至るところに傷を負った少女が立っていた。思わず、駆け寄ろうとすると友達に腕を掴まれた。
「なにやってるの」
「え、だって。子どもが」
「そんなのいないよ、走ろう」
 私にしか見えていないのか、友達に手を引かれるまで走った。もうすぐトンネルを抜けられるというところで、私は足を滑らせて転けてしまった。腕を引っ張っていた友達も転けて二人とも怪我をした。
「ママ?」
 逃げてきたはずなのに、目の前にさっきと同じ少女が立っていた。その瞬間、彼女がこの世の人ではないのだと感じた。ポツリと何かが肩に落ちた。またポツリポツリと何かが降っている。上を見上げると降るはずのない雨が降り注いでいた。友達が必死にトンネルから出ようと匍匐前進で進んでいる。何度も名前を呼んでいるのに、返事してくれない。ようやく、友達がトンネルから出たところでキョロキョロと辺りを見渡していた。
「あれ、私こんなところで一人でなにしているんだろう」
 もう一度、友達の名前を呼んだが、トンネルの中で反響するだけで届かなかった。
「ママ、一緒に遊ぼう?」
 少女に握られた手が、血にまみれていく。

6/30/2023, 8:08:01 AM