池上さゆり

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5/31/2023, 1:12:34 PM

 隣の家に住む幼馴染とは幼稚園からの付き合いだ。進学した高校も一緒で付き合っているわけでもないのに、毎日一緒に登校している。
 気象予報士になりたくて、中学の時から毎回受験している彼女は、覚えた知識を毎日披露している。そのせいでクラスメイトからは嫌われていた。そのせいか、僕しか話を聞いてくれる人がいなくて二人の時は天候の話や規定、法則について聞かされる。おかげさまで、覚えるつもりのない余計な知識がたくさん身についた。
「ねぇ知ってる? スキー場の運営者がゲレンデ付近の気温をホームページに載せようと温度計を設置する場合は、そのことについて気象庁長官に届出を出さなきゃいけないんだって。あぁ、あとね梅雨前線が近づいてきてるから折り畳み傘の準備始めておいた方がいいよ」
 だけど、その話に僕は興味を持てなかった。天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいこととは、もっと君の内面について知りたいんだ。だけど、なにを聞いてもはぐらかされるばかり。これだけ長く一緒にいるというのに。、なにも知らない。
 片思いがつらくなり始めた頃、彼女からある報告を受けた。
「昨日ね、告白されてさ付き合うことになっちゃった」
 突然のことに、頭を殴られたような衝撃が走った。なんでまた急にと訊いてみた。
「お試しでもいいからって言われて、なんとなく断りづらくってさ」
 そんな軽い感じなんだ。僕の今までの片思いはなんだったのだろう。そんな簡単に付き合えるのならもっと早く俺の方から告白しておくべきだった。もう後悔しても遅い。
 次の日からは一緒に帰ることも、彼女から天気の話を聞くこともなくなった。

5/28/2023, 2:32:37 PM

 白いセーラー服の袖から出ている白くて細長い華奢な腕が、いかにも病人って感じがしてあまり好きじゃなかった。実際にその子は体調を崩すことが多くて、朝礼があったりするとよく貧血で倒れていた。常に血色が悪くて今にも死んでしまいそうな女の子。それが彼女に対する印象だった。
 それが変わったのは、三学期が始まった頃だった。六限目が終わり、先生に保健室で休んでいるあの子にプリントを届けて欲しいと言われた。保健委員だったから断れず引き受けたが、気が進まなかった。
 保健室に入ると、その子はベッドに座って校庭を眺めていた。運動部の活動がよく見える。プリントを届けに来たことを伝えて、部屋を出ようとすると呼び止められた。
「図々しいかもしれないけど、お願いがあるの」
 そう言って彼女が取り出したのは大量の封筒だった。どれも可愛らしい封筒で一つ一つにクラスメイトの名前が書かれている。思わず、なにこれと言ってしまった。
「私ね、もう卒業できないから最期の日にみんなにそれを渡してほしいの」
「死ぬわけじゃあるまいし、自分から直接渡しなよ」
 そう言った瞬間、悲しそうな顔をして俯いた。微かに笑いながら、それができないんだぁと呟いたのが聞こえた。
「今日で学校は最後なの。明日から治療に専念するけど、延命できる見込みはなし。もう待つだけなの。もうみんなに会えないから」
「そんな重いこと私に頼らないでよ。そんなに仲良くした覚えもないし、ごめんだけど無理」
 そう言って渡された封筒たちを返した。罪悪感はあったけど、あんな遺書みたいなものを彼女が死ぬまで持ち続けるなんて絶対に嫌だった。そのまま保健室を出て部活に向かったが、自分のしたことが正解だったのかどうかわからず集中できなかった。
 あれから数ヶ月経って、新年度が始まった日。まだクラス発表がなくて去年と同じクラスに座って始業式が始まるのを待っていた。そして、教室に入ってきた担任の先生から配られたのは、新しいクラス表とあの日私が断った名前の書かれた封筒だった。その場で読む勇気がなくて私は家に持ち帰った。
 帰宅後、微かに震える手で便箋を取り出した。便箋は二枚入っていた。大して話したこともないのに、私の長所や好きなところが書かれていた。本当はもっと仲良くしたかったと。そして、二枚目には震えた字で謝罪の文が書かれていた。これを読んで私は後悔した。あの日、私が引き受けていれば彼女がこんなふうに罪悪感を抱いて辛いのを我慢しながらこんな震えた文字の手紙を用意する必要なんてなかったのだと。遅すぎる後悔に私は泣くことしかできなかった。
 次の日、彼女の家を訪れて線香をあげに行った。忘れてしまわないよう、毎年ここを訪れると彼女の母に約束した。
 大人になって、十年以上経った今でも通い続けている。

5/27/2023, 3:21:05 PM

「あなたは天国に行けますよ。これもたくさんの徳を積んできたおかげです。私にはあなたのこれまでの苦労が見えます」
 母は天国と地獄、死後どちらに行くかを占う占い師だ。だが、これまで地獄行きだと言われた人を私は見たことがない。だから、母のことをインチキ占い師だと学校のみんなにバカにされていた。悔しかったけど、否定できなかった。本当にその人の積んできた徳や、犯してきた罪が見えるのなら、地獄行きの人が何人かいてもおかしくないはずだ。
 だが、ある日私は初めて母が地獄行きを告げているのを聞いた。相手はしわくちゃのスーツを来た社会人だった。疲れ切った顔で今にも倒れてしまいそうなほど、フラフラしている。なぜそんな状態で占いを聞きに来たのか、私にはわからなかった。
「私って死んだら、やっぱり地獄行きなんですかね。なにやっても上手くいかなくて、人のために頑張ってるはずが、全部失敗に終わっちゃうんです」
 その言葉に対して母ははっきりと切り捨てるように言った。
「そうですね、今のままだとあなたは地獄に堕ちます」
 こういう時こそもっと救いのある言葉を言ってあげたらいいのにと思ったが、その言葉には続きがあった。
「ですが、あなたが犯してきた罪よりもたくさん積んできた徳が私には見えます。ほんの少しの差です。あなたが最後に大罪でも犯さない限り、生きてるだけで天国に行けますよ。安心してください」
 そう言うとその社会人は泣いてしまった。母は優しくその背中を摩っていた。時間はとうに過ぎているのに、その人が泣き止むまで母はその手を止めなかった。
 母がそう言った理由を考えて、現実に気づいた私は母を見直した。母は確かに占い師などではなかった。だが、生き悩んでいる人に希望を与えることができる人なのだと知った。

5/26/2023, 12:42:44 PM

 珍しいものであればあるほど、天に近ければ近いほど、願いは叶いやすい。そんな気がしている。だけど、急いで叶えたい願いは、流れ星や神様に届ける頃には遅すぎてしまう。だから月に願いを届けようとした。
 叶えたい願いはきっとはたから見たらしょうもないものだった。
 どうしても、学年末テストの点数を上げて欲しかったのだ。理由は一定の点数を超えないと推しのライブに行かせないと親に言われてしまったからだ。せっかく当たった抽選チケット。しかも席は最前列のアリーナ席。逃すわけにはいかなかった。
 だが、肝心のテストの出来はイマイチだった。苦手だった理系科目では思っていたほど、空欄を埋められなかった。得意科目である文系科目ですら、点数を伸ばせれたかどうか危うい。
 お願いします。どうか、どうか推しのライブに行かせてくださいとひたすら祈って、祈って、祈って、祈り続けた。
 そして、それが通じたのか、自信なんて微塵もなかったのに過去最高点を叩き出していた。だが、よくよくみるとそれは先生の採点ミスだったり、計算間違いよる点数であることがわかった。正直に言おうかどうか悩んだ。言わなければこのまま私の点数になっていい成績にも繋がって、推しのライブにも行くことができる。悩んだ。正直になったところでメリットはない。だけど、このまま嘘をつくのも心が痛む。
 悩んだ私は推しのライブを諦めた。せっかくの最前列を逃したくはなかったが、今回が最後ではない。また、次の機会に会おうと思って全ての先生に答案用紙を返して、正してもらった。ライブに行きたかったなという気持ちは捨てきれなかったが、後悔はなかった。
 だが、なぜか次の日に母はライブのチケットを渡してきた。素直に理由を聞いてみると、先生から電話があって私が点数が下がるのに採点ミスを指摘してくれたことが立派だったと話していたらしい。
 母は「正しく生きるとね、いつか巡り巡って自分のためになるのよ」と言った。
 だが、そんなことはどうでもよくて私の目には最前列で見られる推しの姿が目の前に浮かんでいた。

5/25/2023, 2:43:11 PM

 炎天下の中、大人たちが今年は餓死する者が出るぞと不安な声で話していた。いつものご飯がどんどん貧相になっていくことに気づいてたけど、口には出さなかった。仕方ない。だって今年は全く雨が降らないのだ。何日もずっとずっと、お天道様が見ている。たくさん外で遊べて私は嬉しかったけど、村の人はそうではないみたいだ。
 今日も村の子どもたちで集まって、川辺で遊んでいた。夕方になって帰ろうとすると、隣の家の女の子が立ち止まった。
「私、帰りたくない」
 いつもなら村のルールを絶対に破らないのに、どうして今日はそんなことを言うのだろうと不思議だった。暗くなっちゃうよ、帰ろうとどれだけ言っても石のように動かない。他の子たちが呆れて帰ったところでその子は泣き出してしまった。
「私、このままだといけにえにされちゃうの」
 いけにえという聞き慣れない言葉に戸惑う。何を伝えようとしているのかわからない。
「でも、帰らないと」
 そう言うと、その子は一瞬で泣き止んだ。そして伝い声で。
「そっか。私が死んでもいいんだね」
 それだけ言って、その子は私を置いてけぼりにして村の方へ走っていった。帰るとなんで死ぬことになるのかがわからなくて戸惑った。誰かに相談するべきかと悩んだが、家に帰っても誰にも言えなかった。なんとなく、大人には言ってはいけないような気がした。
 その次の日。雨が降っていた。村の人々はすごく喜んでいた。いつもの子たちで原っぱの方に遊びに行ったらあの子がいなかった。いけにえという言葉の意味を察した。あの子は神様に捧げられたんだ。
 それから何ヶ月も雨が振り続けた。いつまでも振り止まない、雨、雨、雨。
 これはきっとあの子の呪いなのだろう。そうでなければ。お天道様がもう一度顔を見せてくれるはずなのだ。

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