池上さゆり

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 白いセーラー服の袖から出ている白くて細長い華奢な腕が、いかにも病人って感じがしてあまり好きじゃなかった。実際にその子は体調を崩すことが多くて、朝礼があったりするとよく貧血で倒れていた。常に血色が悪くて今にも死んでしまいそうな女の子。それが彼女に対する印象だった。
 それが変わったのは、三学期が始まった頃だった。六限目が終わり、先生に保健室で休んでいるあの子にプリントを届けて欲しいと言われた。保健委員だったから断れず引き受けたが、気が進まなかった。
 保健室に入ると、その子はベッドに座って校庭を眺めていた。運動部の活動がよく見える。プリントを届けに来たことを伝えて、部屋を出ようとすると呼び止められた。
「図々しいかもしれないけど、お願いがあるの」
 そう言って彼女が取り出したのは大量の封筒だった。どれも可愛らしい封筒で一つ一つにクラスメイトの名前が書かれている。思わず、なにこれと言ってしまった。
「私ね、もう卒業できないから最期の日にみんなにそれを渡してほしいの」
「死ぬわけじゃあるまいし、自分から直接渡しなよ」
 そう言った瞬間、悲しそうな顔をして俯いた。微かに笑いながら、それができないんだぁと呟いたのが聞こえた。
「今日で学校は最後なの。明日から治療に専念するけど、延命できる見込みはなし。もう待つだけなの。もうみんなに会えないから」
「そんな重いこと私に頼らないでよ。そんなに仲良くした覚えもないし、ごめんだけど無理」
 そう言って渡された封筒たちを返した。罪悪感はあったけど、あんな遺書みたいなものを彼女が死ぬまで持ち続けるなんて絶対に嫌だった。そのまま保健室を出て部活に向かったが、自分のしたことが正解だったのかどうかわからず集中できなかった。
 あれから数ヶ月経って、新年度が始まった日。まだクラス発表がなくて去年と同じクラスに座って始業式が始まるのを待っていた。そして、教室に入ってきた担任の先生から配られたのは、新しいクラス表とあの日私が断った名前の書かれた封筒だった。その場で読む勇気がなくて私は家に持ち帰った。
 帰宅後、微かに震える手で便箋を取り出した。便箋は二枚入っていた。大して話したこともないのに、私の長所や好きなところが書かれていた。本当はもっと仲良くしたかったと。そして、二枚目には震えた字で謝罪の文が書かれていた。これを読んで私は後悔した。あの日、私が引き受けていれば彼女がこんなふうに罪悪感を抱いて辛いのを我慢しながらこんな震えた文字の手紙を用意する必要なんてなかったのだと。遅すぎる後悔に私は泣くことしかできなかった。
 次の日、彼女の家を訪れて線香をあげに行った。忘れてしまわないよう、毎年ここを訪れると彼女の母に約束した。
 大人になって、十年以上経った今でも通い続けている。

5/28/2023, 2:32:37 PM