池上さゆり

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 炎天下の中、大人たちが今年は餓死する者が出るぞと不安な声で話していた。いつものご飯がどんどん貧相になっていくことに気づいてたけど、口には出さなかった。仕方ない。だって今年は全く雨が降らないのだ。何日もずっとずっと、お天道様が見ている。たくさん外で遊べて私は嬉しかったけど、村の人はそうではないみたいだ。
 今日も村の子どもたちで集まって、川辺で遊んでいた。夕方になって帰ろうとすると、隣の家の女の子が立ち止まった。
「私、帰りたくない」
 いつもなら村のルールを絶対に破らないのに、どうして今日はそんなことを言うのだろうと不思議だった。暗くなっちゃうよ、帰ろうとどれだけ言っても石のように動かない。他の子たちが呆れて帰ったところでその子は泣き出してしまった。
「私、このままだといけにえにされちゃうの」
 いけにえという聞き慣れない言葉に戸惑う。何を伝えようとしているのかわからない。
「でも、帰らないと」
 そう言うと、その子は一瞬で泣き止んだ。そして伝い声で。
「そっか。私が死んでもいいんだね」
 それだけ言って、その子は私を置いてけぼりにして村の方へ走っていった。帰るとなんで死ぬことになるのかがわからなくて戸惑った。誰かに相談するべきかと悩んだが、家に帰っても誰にも言えなかった。なんとなく、大人には言ってはいけないような気がした。
 その次の日。雨が降っていた。村の人々はすごく喜んでいた。いつもの子たちで原っぱの方に遊びに行ったらあの子がいなかった。いけにえという言葉の意味を察した。あの子は神様に捧げられたんだ。
 それから何ヶ月も雨が振り続けた。いつまでも振り止まない、雨、雨、雨。
 これはきっとあの子の呪いなのだろう。そうでなければ。お天道様がもう一度顔を見せてくれるはずなのだ。

5/25/2023, 2:43:11 PM