どすこい

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5/20/2025, 1:44:23 PM

「空に溶ける」

「ねぇ、私、明日宇宙船に乗ろうと思うの」

彼女はそう言った。誰もいない屋上、静まり帰った学校。宇宙移住計画が始まってもう早五年。地球に残っている人ももう私たちを含めて数十人しかいない。
人間の発展によって進んだ気候変動や空気汚染により、地球は近い将来人類が暮らせる状態ではなくなると判断された。だから、多くの人が水や食糧を持って宇宙へと飛び立った。宇宙船が瞬く間に発展し、もはやかつての地球よりはるかに進んだ状況になった今、ここに止まる物好きはあまりいない。それでも私たちはここに残り、誰もいなくなった屋上で空を見上げて毎日のように語り合った。そんなこの街にも、一年に一度宇宙船が戻ってくる日がある。久しぶりに我が家に戻りたいという人や宇宙船に乗りたくなった人たちのために、数日間滞在するのだ。明日がその出発の日。
ある日、この屋上で小指を絡めて誓ったことを、彼女は忘れてしまったのだろうか?
私たちはずっとずぅっと一緒に地球にいようねと言ったのに。

次の日、いつものように支度をして学校へ向かう。そして、門に手をかけたところで気がつく。もう、屋上へ向かう必要もないのだ。彼女はもう、出発してしまったのだろうか。それでも他にやることもないのでやはり屋上へ向かうと、一通の手紙が目の前に落ちる。見慣れた彼女の字。

「あなたがこの手紙を読んでいる頃には、私はもうきっとこの世にはいないでしょう。どうやら、私の体では汚染されていく地球の環境に耐えられなかったようです。嘘をついて、ごめんなさい。約束を守れなくて、ごめんなさい。」

なんてことだろう。彼女は、約束を忘れてなんて、いなかった。君は別の意味で空へと向かってしまった。

「ねぇ、私、ずっと君のことが好きだったんだよ」

つぶやいた言葉が、空に溶ける。
君がいるはずの、はるか空へと。

5/19/2025, 2:04:03 PM

「どうしても、、、」

残業終わりで真っ暗になった空に満月が浮いている。なんだか今日はやけに月が明るく見える。
月といえばで思い出したが、私は小さい頃、どうしても月が欲しいと思っていた。何故だかわからないけど、本当にどうしても。誕生日プレゼントになにが欲しいか聞かれて、月が欲しいと答えると家族みんなに笑われた。私はいたって本気だったのに。それで結局、誕生日には望遠鏡を買ってもらった。それからというもの、毎日ベランダに出ては望遠鏡を引っ張り出して、真夜中の空と睨めっこしていた。まったく懐かしい思い出だ。進学のために上京してからは、ビルに囲まれ、忙しくなったこともあり以前のように月を眺めることは無くなってしまった。望遠鏡はどこにしまったのだったか。せっかくの満月だ。久しぶりに覗いてみるのも悪くない。
そう思って視線を下すと、月明かりに照らされた小さな看板が見えた。
「月のかけら」
バーか何かだろうか。今日こうやって見かけたのも何かの縁だ、せっかくだし寄って行こう。少しレトロな木の扉を開けると、店内は月明かりに照らされているように、薄暗かった。
「いらっしゃいませ」
奥から初老の男性が出てくる。腕まくりした白いシャツに少しよれたエプロンという出で立ちはバーテンダーというより職人のようだ。カウンターも見当たらないし、ここはどうやらバーではなかったようだ。
「あの、ここはなんのお店なんですか?」

「これはこれは失礼しました。ここは名前のように、月のかけら、すなわち月を打っている所です。」

、、、月を売っている、だと?からかっているのだろうか。昔の私なら喜んで買おうとしただろうが、今の私は月を手に入れることはできないことぐらい知っている。それに、たとえそうだとすれば、さっき見た満月はなんだったというのだろう?

「本当のことか怪しんでいるような顔ですね。無理もありません。ここにくるお客さんは誰しも最初はそんな顔をします。」

店員なのだろう初老の男性が説明を始める。
なんでも、月が光っていられる時間はある程度決まっているようで、毎月月を取り替えているそうだ。ここではその、光の薄くなった月を売っているらしい。今日の月が明るく見えたのは、ちょうど月を変えたばかりだったからのようだ。光る時間は決まっている上にもうすでに薄くなってきているため、あまり長持ちはしないらしいが、それでも十分楽しめるみたいだ。にわかには信じられないが、もし本当だったら子供の時にどうしてもかなえたかった夢が叶えられることになる。どうせ大した値段ではないみたいだし、せっかくだから買ってみようか。

朝起きると、カーテンを閉め切った薄暗い部屋にぼんやりと月が光っている。これが月だというのが本当なのか、部屋に帰って箱を開けるとライトの近くを浮遊し始めた。それにしてもやはり、月というものは綺麗だ。

気づけば最近、我が家の月の光が消え掛かっている。電気を消しても存在が分かりづらく、ほとんど見えなくなってしまっている。今日はちょうどとても明るい満月が出ているから、あの店には新しい商品が入荷されたのではないか。
夜の散歩がてら、また行ってみようか。

5/18/2025, 2:01:46 PM

「まって」

私には、双子の姉がいた。容姿端麗、頭脳明晰、文武両道。部活動の大会に出れば賞状を持って帰り、テストを受ければ満点のテスト用紙を持って帰ってくる。そんな、なんでもできる姉だった。歳は数分しか離れていないというのに、いつも背中を追いかけていたように思う。それでも時々こちらを振り返って手招きをしてくれる、優しい姉だった。そんな完璧な姉にも、私だけに見せる一面があった。親に隠れて夜更かしして2人で話していた時、塾を仮病で休んで遊びに行った時、2人だけの時に見せるイタズラっぽい笑顔が私は大好きだった。
私は今日学校を休んだ。それでも、制服に袖を通す。何故だか視界がぼやけてよく見えない。メガネはちゃんとかけてきたはずなのに。
扉を開けると、姉の顔が見えた。私の好きな笑顔とは似ても似つかない、青白い顔。手の届かない場所へと向かおうとするあなたに思わず、
「まって」
と声をかける。こんな時まで私を置いて先にいくなんて。

すぐに、追いつくからね、

5/17/2025, 3:15:57 PM

「まだ知らない世界」

目が覚めると、カサリと葉の動く音が聞こえる。
ここはどこだろう。周りは木々に囲まれて薄暗く、ここがどこで、いつなのかわからない。そもそも、なぜ私はこんなところにいるのか。そして、私は何者だったか。何一つ思い出せない。ただ何かを探していたということだけはわかる。それがなんなのかもさっぱり見当はつかないが。ここで考えているだけでは埒があかないので、森の中を進んでいくことにする。おそらくこの森のことを私はよく知っているのだろう。直感に任せてしばらく木々の間を進んでいくと、とうとう開けた場所に出た。そこにあったのは、小さな小屋。1人で住むにしても少し狭いであろうこじんまりした小屋は、まるで私を待ち構えていたかのような風貌で佇んでいた。扉の目に行くと鍵がかかっていたが、錆びついて壊れてしまっていたようで、いとも簡単に開けることができた。小屋の中に一歩踏み入れると、懐かしい匂い。思わず頬を雫が伝う。きっと私のよく知る世界。
でも、今の私はまだ知らない世界。

5/16/2025, 11:54:30 AM

「手放す勇気」

小さい頃から、なんでも溜め込んでしまう癖があった。食べ終わったお菓子の箱、小さくなってしまった鉛筆、綺麗な包装紙など。もう使わない、もういらないとわかっていても、なぜか手放せない。この気持ちだってそうだ。こうしていつまでもうずくまって、ウジウジしていることを君は喜ばないことなんてわかっている。それでも、いつまでも気持ちに沈んで何もしないでいたいと思ってしまう。この気持ちは手放さなければならない。
君は死んだのだから。僕のせいで。
あの日君は駅前で僕のことを待っていた。一緒にレストランに行こうという約束をしていた。そこで指輪を、結婚指輪を渡そうと思っていたんだ。なんて言いながら渡したらいいのかわからなくて、考えながら向かっていたら待ち合わせの時間に遅れてしまった。本当に、少しだけ。それでも、着いた時にはもう遅かった。駅前がなんだか騒がしくて、嫌な予感がしていた。こういう時の予感というものは、よく当たってしまうものだ。
事故だった。僕にはただ、血に濡れて救急車で運ばれていく君を見ていることしかできなかった。飲酒運転のトラックが飛び込んできたらしい。即死だったそうだ。待ち合わせに遅れていなければ。そもそもあの日呼び出していなければ。一日中後悔ばかりしている。こんな僕の姿を見たら君は、「もう、馬鹿だなぁ」と笑うだろうか。そんな姿を思い出すだけで、涙が出てくる。それでも、このままぼーっとし続けるわけにはいかない。
まだ新しく、日光を浴びてキラキラと輝く君のお墓。あの日渡せなかった指輪と愛の告白。目をつむって手を合わせていると、「私のことなんて忘れて、元気に過ごしてよ」という君の声が聞こえた気がした。あの時ああしていれば、なんて後悔の言葉は手放そうと思う。でも、君のことを思う気持ちだけは、この恋心だけは、何があっても手放さない。

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