どすこい

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「どうしても、、、」

残業終わりで真っ暗になった空に満月が浮いている。なんだか今日はやけに月が明るく見える。
月といえばで思い出したが、私は小さい頃、どうしても月が欲しいと思っていた。何故だかわからないけど、本当にどうしても。誕生日プレゼントになにが欲しいか聞かれて、月が欲しいと答えると家族みんなに笑われた。私はいたって本気だったのに。それで結局、誕生日には望遠鏡を買ってもらった。それからというもの、毎日ベランダに出ては望遠鏡を引っ張り出して、真夜中の空と睨めっこしていた。まったく懐かしい思い出だ。進学のために上京してからは、ビルに囲まれ、忙しくなったこともあり以前のように月を眺めることは無くなってしまった。望遠鏡はどこにしまったのだったか。せっかくの満月だ。久しぶりに覗いてみるのも悪くない。
そう思って視線を下すと、月明かりに照らされた小さな看板が見えた。
「月のかけら」
バーか何かだろうか。今日こうやって見かけたのも何かの縁だ、せっかくだし寄って行こう。少しレトロな木の扉を開けると、店内は月明かりに照らされているように、薄暗かった。
「いらっしゃいませ」
奥から初老の男性が出てくる。腕まくりした白いシャツに少しよれたエプロンという出で立ちはバーテンダーというより職人のようだ。カウンターも見当たらないし、ここはどうやらバーではなかったようだ。
「あの、ここはなんのお店なんですか?」

「これはこれは失礼しました。ここは名前のように、月のかけら、すなわち月を打っている所です。」

、、、月を売っている、だと?からかっているのだろうか。昔の私なら喜んで買おうとしただろうが、今の私は月を手に入れることはできないことぐらい知っている。それに、たとえそうだとすれば、さっき見た満月はなんだったというのだろう?

「本当のことか怪しんでいるような顔ですね。無理もありません。ここにくるお客さんは誰しも最初はそんな顔をします。」

店員なのだろう初老の男性が説明を始める。
なんでも、月が光っていられる時間はある程度決まっているようで、毎月月を取り替えているそうだ。ここではその、光の薄くなった月を売っているらしい。今日の月が明るく見えたのは、ちょうど月を変えたばかりだったからのようだ。光る時間は決まっている上にもうすでに薄くなってきているため、あまり長持ちはしないらしいが、それでも十分楽しめるみたいだ。にわかには信じられないが、もし本当だったら子供の時にどうしてもかなえたかった夢が叶えられることになる。どうせ大した値段ではないみたいだし、せっかくだから買ってみようか。

朝起きると、カーテンを閉め切った薄暗い部屋にぼんやりと月が光っている。これが月だというのが本当なのか、部屋に帰って箱を開けるとライトの近くを浮遊し始めた。それにしてもやはり、月というものは綺麗だ。

気づけば最近、我が家の月の光が消え掛かっている。電気を消しても存在が分かりづらく、ほとんど見えなくなってしまっている。今日はちょうどとても明るい満月が出ているから、あの店には新しい商品が入荷されたのではないか。
夜の散歩がてら、また行ってみようか。

5/19/2025, 2:04:03 PM