『愛を叫ぶ』
愛を叫ぶ。
出来れば直接彼女に伝えたいけれど出来ないから、せめてより多くの人に聞こえるように人混みの中で。
道行く人たちに白けた目つきで眺められた。
気分はちょっと上野のパンダだ。
いや、それはもっと熱のこもった視線か。
それなら変質者を見る視線……って思ってて少し悲しくなった。
「愛してるんだ」
もう胸が、身体がいっぱいで、この愛を少しでも外に出さないともうパンクしてしまいそうで。
それでもいくら叫んでも、後から後から愛は溢れて、ちっとも減ってくれたりしない。
笑った顔も怒った顔も良い所も悪い所さえも愛しい。
こんなに人を愛したのは初めてで、どうして良いのかもわからない。
付き合ってほしいとか、アレやコレやも出来るならしたいけれど、手の届かない人だから、出来なくても構わない。
彼女が笑っていられるなら、それだけでいい。
いやでも出来るなら直接その笑顔が見たい。
自分の隣で笑っていてくれたら最高だ。
彼女の好きな人の話だって笑顔で聞いて、なんなら一緒に悩んで応援だって出来るから。
友だちとしてでも、彼女の心の一片で思ってくれたら幸せすぎる。
「あー画面の向こうに行く方法ないかな」
次元が一つ下の彼女へ、直接合う方法を思案した。
『モンシロチョウ』
ひらりひらり、花から花へモンシロチョウが飛び回る。
「ちょうちょ〜ちょうちょ〜♪」
「なのはにとまれー♪」
蝶を見ながら口ずさんでいたら、続きを歌われる。
そちらを見ると幼い少女がにこにこしながら歌っていた。
少女は覚えたばかりだったのか、得意気に最後まで歌うとまた最初から歌い出す。
「上手だねー」
「でしょー」
褒めるとさらに得意気に返された。
思わず笑ってしまう。
「ちょうちょ、好きなの?」
「んー、わかんない」
「そっかー」
「あ、パパとママー」
それだけ話すと私にも興味を無くしたのか、その子の両親と思われる二人の下へ走って行く。
両親とお互いぺこりと会釈だけして、三人はまた別の場所へ歩いて行った。
少女の忙しなさが目の前のモンシロチョウと重なり、思わず口元が緩む。
「博士ーすみません、ちょっと見てもらえますか?」
「何かトラブル?」
「モンシロ型のプログラムが少しおかしいみたいで……」
「詳しく見よう」
私は展示室を後にし、呼びにきた部下と共にスタッフルームへと向かう。
絶滅した生き物がまるで、生きてるように見えるというのが売りの展示だ。
おかしな動きをしていては、幼子たちの夢を壊してしまうかもしれない。
早急にプログラムを確認し、修正を行わなくては。
『忘れられない、いつまでも。』
忘れられない、いつまでも。
目の前に迫る車。
突き飛ばされて転んだ痛み。
こんな時にも笑ってた、私の好きなあの人。
衝突の音。悲鳴。声、声、声。
救急車のサイレンの音。
血塗れのあの人。
救急隊の人たちの声。
心電図の甲高い電子音。
慌てる救急隊の人たち。
あの人の死を告げる医者。
「……っ!」
自分の叫び声で目が覚めた。
朝だ。
動悸が激しい。頬が涙で濡れている。
あぁ、またこの夢だ。
車の衝突事故で私の代わりにあの人がひかれて、亡くなる夢。
忘れられない、私の記憶。
深呼吸して心音を落ち着かせる。
落ち着かせたら、顔を洗って涙の痕をチェックする。
「ん、大丈夫かな」
顔に泣いた痕があると、家族や友人などにも心配をかけてしまう。
だから今日は残ってなくて良かった。
一先ず安心。
「いってきます」
いつも通り心配もかけることなく、朝の支度を済ませ家を出る。
狙った通り、隣の家のお兄さんも家を出る所だったので偶然を装って挨拶した。
「おはようございます」
「おはよう、今日も早いね」
会話をしながら、駅まで歩く。
お兄さんは私の歩調に合わせて歩いてくれる。
そんな所も好き。
「じゃあ、車に気を付けてね」
「はい、お兄さんも気を付けて下さいね」
駅でお兄さんと別れた。
お兄さんはあの人と同じ笑顔で私に笑いかけてくれる。
だから、すぐにわかった。
記憶の中の、あの人と同じ人だって。
何度生まれ変わったかわからないけれど、やっと見つけた。
だから現世こそ、私が死ぬまで一緒に居てね。
『一年後』
四月に卒業して行った先輩が、一年後の未来から遊びに来た。
「ちょっと何言ってんのか、よくわからないです」
「あはは、混乱してる」
爽やかに笑う先輩は確かに大人っぽくなっていて、一年後から来たと言われても信じてしまいそうだ。
「で、何しに来たんですか」
「後輩が立派に部長を務めているか、確認に来たんだよ」
「わざわざ一年後から?」
「うんうん、本来の僕は初めての大学生活にてんてこ舞いで、後輩を気にする余裕なんてなかったからね」
言われて確かに先輩ならそうなってそうだと納得しかけた。
いやいや、そうしたら先輩が未来から来たと認めてしまうことになる。
「だったら先輩の時間軸で、普通に遊びに来れば良いじゃないですか」
「そこにはもう君はいないだろう?」
その言葉に悔しくも嬉しくなってしまう。
頬が熱くなってくるのを感じた。
「バカじゃないですか! それだけの為にわざわざ未来から来るなんて」
「いやいや、実はそれ以外も阻止したいことがあってね」
なんだやっぱり、会いたいから来たってのは嘘なんだ。
嬉しく思った気持ちが急に萎んで、今度は恥ずかしくなってきた。
「それで、阻止したいことって何なんですか?」
「とても言いにくいんだが……来年、この超常現象研究部は新入部員がおらず、廃部になってしまうんだ」
「は?」
「だから新部長の君は絶対新入部員を確保して、この部活を存続させてほしい!」
先輩はそれだけ言って、去年先輩と一緒に遊び半分で作りあげたタイムマシンに乗って未来に帰って行った。
「マジで未来から来てたんだ……」
誰もいなくなった部室で、私の言葉だけがむなしく響いた。
『初恋の日』
今日はあの子への初恋の日。
いくつ季節が過ぎようと、鮮やかに覚えている。
日に透けるようなキラキラの金髪と、その奥に隠れた青空みたいな瞳。
それがとても綺麗だったんだ。
「ねぇ、出会った時のこと覚えてる?」
「忘れたくても、忘れられないよ」
大きくなったあの子は、変わらない綺麗な青い瞳で見つめながら言葉を返してくれる。
「あの時僕は君を好きになったんだから」
「私も、だから忘れられないなぁ」
きっかけはなんだか忘れたけれど、私があの子を泣かせてしまった。
潤んだ青い瞳が、その瞳からこぼれ落ちる涙が、私を見上げるその怯えた顔が、私の背骨に衝撃を走らせた。
(あぁ、今私はこの人を支配している)
ゾクゾクした。歓喜した。
私の全てが、この人を支配したくて堪らなくなった。
こんなに腹の底から熱くなる感情が私の中にある事に驚いた。
「ねぇ、好きだよ」
これが私の、初恋。