『善悪』
世の中結局善悪の二つしかないんだよね。
「今っきゅ、必殺技をお見舞いするっきゅー!」
「わかった、任せて」
宙に浮く喋る不思議生物の指示に従って、私の必殺技を敵にお見舞いする。
「やったっきゅね、さすが正義の魔法少女っきゅ」
敵が完全に消滅したことを確認して、安堵のため息をつく。
私は普通の善良な女の子だった。
でもある日この不思議生物に、正義の魔法少女になって悪と戦うようにとお願いされたのだ。
戦うことは怖かったけど、悪い奴をやっつけないと私たちのまちが壊されちゃったり、命を奪われちゃうそうだからやるしかない。
そんなこんなで私は正義の魔法少女をやっている。
「さぁ、次の悪い奴を倒しに行くっきゅー」
「もう、休む暇もないじゃない」
魔法少女はぶつくさ言いながらも、元々の善良性で指示に従ってくれる。
(やはり、善人は扱いやすくて助かるきゅ)
こうして力を与えても、裏切る心配もなく敵を倒してくれるからありがたい限りだ。
(これでまた実験がはかどるきゅ)
神がいくら敵を送り出して実験を阻止しようとしても、こちらには魔法少女がいる。
このまちを、ワタシたちの作った実験場を守るために精々その命を有意義に使わせて貰おう。
どうせ死ななくても、他の実験にまた使えば良いだけだしね。
不思議生物は謎めいた笑みを浮かべたが、それに気付くひとは誰もいなかった。
『流れ星に願いを』
流れ星に願いをかける。
願う内容はいつも同じ。
言い慣れた言葉を三度繰り返す。
「世界平和、世界平和、世界平和」
言い終わるよりも先に流れ星は消えてしまう。
未だ一度も成功していないので、もっと早口の練習が必要かもしれない。
「世界平和って……」
隣を歩いていた新人が呆れた顔で私を見ている。
失敬だな、君は。
「世界とは自分が認識している人間社会全体という意味がある。つまり世界平和を願っておけば、大抵の願いをカバーできるのだよ」
「あーハイ、そうですね」
新人の呆れ顔が戻らない。解せぬ。
「そんな事よりも、君はよかったのかね?」
「ん、何がです?」
「星に願いをかけなくて」
「いいですよ、別に。今の現状に、とりあえず不満はありません」
「君は欲がないな」
はは、と乾いた笑いをする新人。
今どきの若者は、あまり希望を持たないものなのかもしれない。
「さて、そろそろ時間かな」
「そうですね、そろそろの予定です」
新人がリストを確認する。
その後の処理も簡単に済ませるよう、予め用意しておいた場所へ潜む。
「いやー何度見ても鮮やかなもんですね」
「君も慣れれば、このくらいは容易くなるだろう」
処理に使って汚れたナイフを丁寧に磨く。
はやめに汚れを拭いておかないと、こびりついてなかなかとれなくなってしまうので注意が必要だ。
「じゃあ自分、後処理班呼んできますんで、ここお願いします」
「あぁ」
同僚が少し離れた場所で、電話をかけ始めたのが見えた。
「ふぅ」
かるく現場の汚れがないかを確認し、最後に地面を見る。
急所を一突きし、血が飛び散らないようにブルーシートで巻かれたまだ温かい死体。
今日も上々の出来だ。
はやく新人もこれくらいの仕事が出来るようになってもらわないと。その為の教育は、と辺りを見張りながら考える。
「後処理班まもなく到着だそうなので、もう直帰でいいそうです」
「うむ、了解した」
星空の下、二人で閑静な住宅地から駅方向へと進みはじめた。
『ルール』
「今日も一日ルールを守って生活しましょう」
無機質な人口音声が街のあらゆる所から聞こえてきて、私はうんざりした。
「この街は呼吸がし辛い」
深呼吸をしようと空を見上げる。
青いけれど、透明な膜のようなものが挟まった青。
中の空気は人間が快適に暮らせる酸素濃度に調節されているらしい。
そして雨が降っても私たちに直接濡れないようにと、覆われているドームだ。
だから私は本当の空の青さを知らない。
時々その膜にナイフを突き立てて、破ってしまいたくなる。
もちろん、そんな事は出来ない。
私の点数が減ってしまう。
西暦XXXX年、世界には明確なルールが誕生した。
生活の様々な細かいルールも然ることながら、一番の特徴は減点法の適用であろう。
ルールを守らないと減点となり、点数がなくなれば市民権を失う。
つまり、人間社会から追放されるのだ。
そのため街のあらゆる所に気づかれない程小さなカメラとマイクが設置され、常に私たちを監視している。
(まるで家畜みたい)
そもそもの話、このルールは人間社会を学習した人工知能が定めたものである。
これを授業で習った時、世界を支配しているのはもはや人間ではないのだと思った。
人工知能という機械に支配された、機械が気持ちよく人間を管理するために作られたものではないのか。
そんな思いが燻り続けている。
「案外、追放された人たちは独自の社会作って暮らしてて、そっちのが生活しやすかったりして」
なんて夢想してみる。
授業ではドームの外の世界は紫外線が強すぎたり、人が住めない環境になっていると習った。
でも本当は知らない。
見たことないから。
特別なスーツを着て、外の調査に行く研究者にでもならない限り外の世界の本当はわからない。
「……あ、急がなきゃ」
遠くからチャイムが聞こえてきた。
このまま歩いていては遅刻してしまう。
私は走って学校に向かった。
「本日も無事に登校完了」
「了」
機械たちが彼女を見守る。
彼女は知らない。
世界は既に滅んでいて、唯一人生きるのは彼女だけであることを。
その事実を悟らせないために、機械たちはルールを作り上げたことを。
彼女こそが、人の為に作られた機械たちの希望であることを。
『今日の心模様』
「今日の心模様って難しいよね、自分じゃ見えないし」
「それに小石を投げられた泉みたいに色んな波紋があって、いつも同じじゃないしね」
いつかの放課後、直前の授業の内容で大真面目な会話をして、その後くすくす笑い合った。
あの頃は本当に毎日毎分毎秒、心模様は変わり続けていたと思う。
2人とも会話が色んな所に飛んで、笑ったり悲しんだり愛したり苦しんだり安心したり、してた。
「ねぇ、今日の心模様はどうかしら?」
「穏やかな海のように少しだけ、波があるわ」
あの子は相変わらず詩人ね。くすくすと笑ってしまった。
「懐かしいわね、昔もそんな話をした気がするわ」
「えぇ、丁度その事を思い出してたの」
くすくす、2人見合って笑う。
何年経ってもあの子といると、出会った学生時代に戻ったかのよう。
「私、とても幸せよ」
「それはとても良かったわ」
こんなかけがえのない友人に出会えたこと、神さまに感謝したいくらい。
もちろん、それ以外の家族や友人に出会えたこともね。
「だからそろそろ、収穫してもらって構わないのよ」
「もう、いいのね?」
返事の代わりにこくりと頷く。
あの子はそっと、その身に似合わない大きな鎌で私の魂を刈った。
「あぁ、綺麗ね」
あの娘の魂は出会った時から綺麗だった。
でも、彼女が言ったの。
これからもっと色んな経験をしてもっと綺麗な魂になるから、それまで刈るのは待ってほしいって。
「60年待っただけのことはあるわね」
さまざな感情が混ざり合って、何色とも言えない綺麗な色になっている。
昔よりもずっと混じり合いや色味も増えて、魂は綺麗に輝いていた。
『たとえ間違いだったとしても』
「たとえ間違いだったとしても、僕はこれが良い」
僕はきっぱりと言いきった。
きっと何年たっても後から後悔することはないと、僕は確信している。
貴方はそんな僕に困惑していながらも、微笑んでくれた。
「ありがとう」
「そんなの、こちらこそだよ」
貴方の左手薬指で誇らしげに輝く、僕の渡した指輪。
貴方が僕の左手薬指にくれた指輪を見る。
相変わらず、第一関節までしか入らずに、そこで輝いていた。
「もともと僕はあまり指輪をしないからね」
「そうだね」
「チェーンか何かでネックレスにでもするよ」
内側に彫られている、僕と貴方のイニシャル。
貴方がたくさん悩んで、僕に似合うと選んでくれたデザイン。
そんなの、世界でたった一つこれしかない。
だから僕はこれがいい。
「じゃあそのチェーンもプレゼントするね」
「うん、楽しみにしてるよ」
些細な約束。
でもきっと果たされることはないことを、お互い心の何処かではわかっていた。
「そのためにもはやく病気治さないとね」
「うん、そうだね」
医者には余命三ヶ月だと言われた。
本人にも告知している。
だけどお互い、それからその事には触れていない。
貴方は一度だけ僕と別れようとしたけれど、僕はそんな貴方に指輪を贈った。
死が二人を分かつまで一緒にいる、言外にそう伝えたかった。
「ごめん、ちょっと疲れちゃったから眠るね」
「うん、おやすみなさい」
そう言って貴方は病院の硬いベッドに横になる。
まもなく寝息が聞こえてきた。
穏やかに眠れていることに安心し、僕はそっと呟いた。
「たとえ世間がどんなに間違いだって言ったって、僕はずっと一緒にいるよ、兄さん」