『雫』
ぱたり、ぱたりと雫が落ちる。
「……どうして」
彼女は当惑しながら僕に問いかける。
どうしてなんだろう、自分にもわからない。
だからもしかしたら、深い意味なんてなかったのかもしれない。
ぱたり、ぱたり
一定のリズムで落ちる雫。
砂時計の落ちる砂にも似ているな、と思う。
「何か答えてよ」
彼女は怒りを露わに僕に言葉を投げつける。
でも僕は何も言えない。
何を言っても言い訳にしかならない。
その言葉は余計に、彼女を怒らせる事にしかならないと知っているからだ。
「ごめん」
僕に言えるのは、ただそれだけ。
それさえも彼女には怒りの燃料にしかならないけれど。
「もう何度目だと思ってるの、小学1年の時からずっと遠足、社会科見学、運動会全部、雨!」
僕だって好きで降らせているんじゃないし、僕だって潰れたイベントは残念に思っている。
「この最凶雨男!」
彼女はそれだけ僕に怒りを投げつけると、走って行ってしまった。
ぱたりぱたり
傘から落ちる雫だけは変わらずに、まるで僕を慰めているようだった。
『何もいらない』
君以外、何もいらない。
むしろ君が僕の全てだった。
「愛してる」
何度その言葉を伝えても、僕の気持ちの全てを表せているとは思えない。
君も僕に気持ちをくれるけれど、きっと僕の気持ちの方が大きい。
それだけは自身を持って言える。
「愛してる、愛してるんだ」
僕の言葉に君は照れて、優しく微笑む。
それだけで良かったのに。
「お願いだから、目を開けて……」
言葉は空しく宙に消えた。
君の瞳はもう開かない。
その口からもう何か言葉を発する事もない。
心臓もリズムを刻まない。
君はもう、いない。
「……君がいないなら、もう何もいらない」
そう、君のいないこの世界なんていらない。
それならもう壊してしまえば良い。
そしてまた違う世界で君を見つけて、また最初からはじめよう。
『もしも未来を見れるなら』
「もしも未来を見れるなら、貴方はどうしますか?」
これは驚いた。
牛が産気付いて徹夜で介助をしていたら、出てきたのはバケモノだった。
体は普通の牛なのに頭だけは人間で、話もする。
祖父がさらにその先祖に聞いたという話を思い出した。
必ず的中する予言をして、数日で死んでしまう件というバケモノ。
それが稀に生まれるらしい、と。
「あの、聞いてます?」
件のバケモノは変わらず普通に話しかけてくる。
「予言するんじゃないの?」
「質問に質問で答えるのは良くないですよ」
牛のバケモノに諭された。
機嫌を損ねて予言せずに死なれても困るので、とりあえず謝っておく。
「で、未来、見たいですか?」
「見れるなら見たいと思うだろ、普通」
「普通でなく、貴方に聞いているのですよ」
思いの外よく喋る奴だ。
鼻息荒く、俺の返事を待っている。
俺はよく考えてから口を開いた。
「見たくないな」
そりゃ世界滅亡とか大震災とか、あるなら知りたいとは思う。
でもその未来を見たいか言われたら、見たくない。
だって目の前で人が死んでいったりするだろ。
そんなのは見たくない。きっと見たら夢にも見るし、トラウマになる。
「そうでしょう! 私だって見たくないんですよ」
「でも予言は知りたい」
「嫌ですよ、予言したら死ぬんですよ、私」
「そのままでも数日で死ぬらしいぞ」
「えーそんな殺生な」
奴はぶつくさ言いながら、未来を見始めたようだ。
「えー、予言しますー」
「おぅ」
「貴方の今日の夕飯は私だそうです」
奴はそれだけで言って息絶えた。
え、俺、これ食うの?
『無色の世界』
僕は無色の世界を生きている。
別にその事について何も感情はない。
気が付いた時にはそうだったから、逆にそれ以外の世界を知らない。
「今日もあったかい、いい天気だね」
声が聞こえた。
これはママ。
いつも優しい声で僕に話しかけてくれる、大好きな人。
大好きなのに僕はうまく喋れなくて、つい地団駄を踏んでしまう。
「今日も元気だね」
僕の気持ちはちっとも届かない。
「イタタタ……」
急にママの声が変わった。
何かが痛いらしい。
こんな時、僕は無力だ。
何もできなくて、ただ僕も苦しい思いをするしか出来ない。
「痛い痛い痛い」
知らない親切な人が病院に連れて行ってくれた。
ママは痛みが強くなっているのか、さらに大きな声で訴える。
ママが心配、苦しい。
それからすぐに先生や色々な人が来て、よくわからない何かをしてる。
ママを助けて。
僕の声は届かない。
「頑張りましたね、元気な男の子ですよ」
そして僕は光の世界に生まれた。
『桜散る』
「桜散る頃に、また会いましょう」
交わした約束は果たされなかった。
約束をした桜の木の下で僕は1人きり、貴方の事を考えていた。
厳密には約束じゃない。
ただ僕が1人でそう言っただけで、貴方は最後まで返事をしてくれなかったから。
だから果たされなくても、貴方が悪い訳じゃない。
どちらかと言うと約束してくれないだろうとわかりつつも、そう言った僕が悪いのだ。
足元にある桜色の絨毯を汚す土色、それがきっと僕だ。
貴方はきっと持たなくて良い罪悪感を感じているだろう。
それでも卑怯者の僕は、それを喜んでしまう。
貴方がどんな感情であれ、僕の事を考えてくれる。
それだけで僕の胸は喜びに震えてしまう。
「あぁ、貴方に会いたいな」
会えなくても良い。一目見られたら嬉しい。
そう思って貴方の家へと向かう。
貴方が居たら、きっと驚くだろう。
もしかしたら、泣いてしまうかもしれない。
「楽しみだな」
わざと桜の花びらを踏みつけながら歩く。
大丈夫だよ。
泣いて、怯える貴方も素敵だから。
僕に無断で何度引越したって、何度だって探して見つけ出すよ。
貴方が好きだから。