『夢見る心』
夢見る心は諦めてくれなかった。
私は貴方に、少しだけ似ているらしい。
皆にそう言われて、私は貴方を知った。
皆が口を揃えて貴方を褒め称える。
貴方の悪口なんて聞いたことがなかった。
皆が貴方を好きで、愛していた。
そんな貴方に私は憧れ、いつしか焦がれた。
しかし巡り合わせが悪くて、私は貴方に会えない。
だからきっと貴方は私なんか知りもしない。
それは仕方のないこと。
それでも私は貴方に会えない分、只管に想いが募った。
会いたいのに会えない。
それはもう仕方のないことだと私は思っていたのに、
私の中の夢見る心だけは諦めてくれなかった。
「……やっと会えた」
そして桜、貴方に会うために春に咲く秋桜(わたし)ができたの。
『届かぬ想い』
届かぬ想いを胸に抱いている。
どうか、どうか、どうか、届いて。
私には今、気になる人がいる。
部活の朝練のため、まだ人がまばらな通学電車内。
私よりも先に電車に乗っている、知らない制服の男子。
つい、チラチラと覗ってしまう。
彼はまだ完全に覚醒していないのか、少しボンヤリした様子で遠くを見ていて、私には気付かない。
寝癖か跳ねた後ろ髪が、少し可愛い。
(あ……)
電車が駅へと停車する。
徐に彼が移動し、ほんの一瞬だけ目が合った。
なのに私は何も言えずに、彼は駅の人混みへと消えて行ってしまった。
名前も知らない彼が、今日も良い1日を過ごせますように。
せめてそう、願う。
(ズボンのチャック全開なの、はやく気付いてね)
『神様へ』
ぼくが1番好きなきのみ、神様へあげます。
だから、ぼくのおねがい聞いてください。
あのね、あの人がこまってるみたいなんです。
前はね、ぼくのむねがあったかくなる笑顔見せてくれたの。
でも今はね、ぼくのむねがさびしくなる笑顔なんです。
なんでかなってぼく、いっぱい考えたの。
それでね、きっとこまってるんだって思ったの。
だってあの人みてたら、ぼくがうまくきのみ食べられなかったときとおなじ顔してるの。
ぼくがたすけてあげられたら良かったんだけど、ぼくはどうやってたすけてあげればいいか、わからないの。
だから神様、おねがいします。
あの人をたすけてあげてください。
「……まだある」
ここ最近、会社から家に帰ると不思議なことがある。
今まではあげればあげるだけ、頬につめこんでいた大好物のヒマワリの種。
それが最近手つかずになっている。
いらないのかと思って、回収しようとしたら怒られた。
「もーどうしたいの、キミは」
話しかけてもクリクリ可愛い瞳で、ハムスターはこちらを見つめるばかり。
『快晴』
本日快晴。
雲一つない、恨めしいまでの綺麗な空。
昨日の放課後に告白し、君の驚いた顔を見た途端怖くなった。
そしてそのまま逃げた身としては只々、学校へ行きたくない。
雲に遮られる事のない光も、絵の具をそのまま流したみたいな空も、学校へ行きたくない気持ちを高める要素でしかない。
それでも学校へ向かって歩みを止めないのは、告白に対して良い返事が聞けるかもしれない、という一縷の可能性があるからだ。
「……行きたくないな」
学校が近づくに連れ、登校中の生徒が増えるに連れ、行きたくない気持ちが募る。
行きたくなさすぎて、泣きたくなってきた。
(あぁ、嫌だな)
告白したことまで、後悔してしまいそうで。
本当はずっと言わないつもりだった。
だけど君なら、優しい君なら私の告白も受けてくれると思ったんだ。
あんな驚いた顔、初めて見たよ。
「おはよう」
「うひゃあ」
丁度君のことを考えていたから、君に声をかけられて驚いた。
違う意味でドキドキした。
でも良かった。
最悪、完全無視もあり得ると思っていたから。
「ねぇ、昨日の告白のことなんだけどさ」
「えぇ、あぁ、うん」
「いいよ」
「……え、本当に!?」
「……うん」
君は照れながら返事をくれた。
私の先程まであった不安など嘘のように消えてなくなり、むしろ今は踊り出したいくらいの気分だ。
「えっとじゃあ、今日からよろしくね」
「うん、でも初めてだから……痛くしないでね」
「もちろん、任せて」
やっぱり告白して良かった。
優しい君は今日もとても美味しそうな匂いがして、今からその時が楽しみだ。
『私……実は、吸血鬼なの! これから毎日少しでいいから、君の血を吸わせてくれませんか?』
『遠くの空へ』
飛行船が遠くの空へ飛んでいく。
「あんな風に自由に遠くまで飛んで行けたらいいのにね」
彼の声がして、僕は仕事の手を止める。
彼は屋根の上から、遠くの空を飛ぶ飛行船を眺めていた。
でも僕は知っている。
それが叶わない願いである事を。
「いつか、お金を貯めて世界を見てみたいんだ」
親に売られて、朝から晩まで煙突掃除。
そんなに働いても、お腹いっぱい食べることも出来ない。
そんな毎日なのに、彼は変わらない。
初めて会った日からいつもキラキラした瞳で夢を語る。
「その時は一緒に行こうよ」
彼が細い腕を差し出す。
僕はすすで汚れた手で彼の手を取り、煙突から屋根の上へと降りた。
「そんな事より仕事だろ、今日の仕事はまだまだあるんだぞ」
「……そうだね」
彼は少しだけ淋しそうに笑った。
なぜかその顔が妙に記憶に残った。
ーーー
登る煙をただ見上げる。
「……良かったな、これで自由だ」
焼けて、煙になれば何処へでも行ける。
空腹に苦しむことも、仕事をすることもない。
きっと夢見てたように世界だって見に行ける。
僕だけはまだ、この毎日を繰り返す。
「ゴホゴホ……ゴホッ」
でもきっと、もうすぐ行くから。
その時は今度こそ言うよ。
本当はずっと僕も一緒に行きたかったんだって。
赤く染まった手を、遠くの空へとのばした。