『遠くの空へ』
飛行船が遠くの空へ飛んでいく。
「あんな風に自由に遠くまで飛んで行けたらいいのにね」
彼の声がして、僕は仕事の手を止める。
彼は屋根の上から、遠くの空を飛ぶ飛行船を眺めていた。
でも僕は知っている。
それが叶わない願いである事を。
「いつか、お金を貯めて世界を見てみたいんだ」
親に売られて、朝から晩まで煙突掃除。
そんなに働いても、お腹いっぱい食べることも出来ない。
そんな毎日なのに、彼は変わらない。
初めて会った日からいつもキラキラした瞳で夢を語る。
「その時は一緒に行こうよ」
彼が細い腕を差し出す。
僕はすすで汚れた手で彼の手を取り、煙突から屋根の上へと降りた。
「そんな事より仕事だろ、今日の仕事はまだまだあるんだぞ」
「……そうだね」
彼は少しだけ淋しそうに笑った。
なぜかその顔が妙に記憶に残った。
ーーー
登る煙をただ見上げる。
「……良かったな、これで自由だ」
焼けて、煙になれば何処へでも行ける。
空腹に苦しむことも、仕事をすることもない。
きっと夢見てたように世界だって見に行ける。
僕だけはまだ、この毎日を繰り返す。
「ゴホゴホ……ゴホッ」
でもきっと、もうすぐ行くから。
その時は今度こそ言うよ。
本当はずっと僕も一緒に行きたかったんだって。
赤く染まった手を、遠くの空へとのばした。
4/12/2024, 1:35:17 PM