光合成

Open App
2/24/2025, 11:08:50 AM

『一輪の花』

ちょっとした事だった。
進路のことで親と喧嘩して苛立ってて、
返却された模試の結果が良くなくて、
顔色の悪い僕に大丈夫?って顔を覗き込む君をなんでもないって押し退けた。
情けない自分を君に知られたくなかった。
その時の、傷ついたような表情を隠すように笑う君の顔が頭から離れない。

21時、家の固定電話が鳴る。お母さんが対応するがどこか様子が変だ。
青ざめた顔で僕に電話を代わる。
「あのね、………」

冷や汗が止まらない。電話もきらずに教えてもらった場所に走り出す。
20分走り続けて着いたのは大学病院だった。
看護師さんの制止を振り切って彼女の苗字を探す。
ドアの前には彼女の母がいた。僕にドアを開けてはいるように促してくれる。
看護師さんの声はもう聞こえない。

真っ白なベッドに横たわるのは、死んだように肌の白い彼女だった。そう、死んだように。
血の気のない頬を撫でる。
「眠っているみたいでしょう?」
いつの間にか彼女の母が隣にいた。
「信号無視の車に轢かれたの。小さな子供を庇って」
返事ができなかった。このまま目が覚めないなんて信じられないくらい、彼女は綺麗な顔をしていた。

ふと、隣の机に置いてある花瓶に目が止まる。
「この花は?」
「花?あぁ、これね。あの子がずっと握ってたの。車に轢かれても絶対に離さなかったのよ。」
青い小さな花弁の華奢な花。
僕の好きな花。
昔、君に似合うって送った花。
僕らの大切な思い出の花。

あぁ、そうか。今日は僕の誕生日だった。

君の笑顔を思い出す。
キュッと細まる目に、両頬にできる小さなえくぼ。
眉を下げてふわりと花のように笑う君。
もう一度だけ、もう一度だけでいいから君の笑顔が見たかった。
一輪の花が風にふわりと揺れる。


2025.02.24
8

2/23/2025, 11:03:40 AM

『魔法』

朝が来るのが怖かった。
学校に行くのが嫌だった。
大切なものは捨てられ、教科書は破られ、机や椅子に落書きをされる。
辛かった。
消えたかった。
誰も助けてくれなかった。

明日からまた学校が始まる。
今度こそ死ぬんだ。今度こそ線路に飛び込むんだ。
そう決めていたの。

なのにさ、なんだよ今更。
どうして君が泣くの?
君は関係ないじゃん。
クラス替えで別になってそれきりじゃん。
私が虐められ始めたの、君が居なくなって一人ぼっちになってからなんだよ?
何も知らないくせに、今偶然ここで会っただけなのに、「大丈夫」なんて軽々しく言わないで。

君は私の頬の傷を撫で、大粒の水を溢れさせながら私を抱きしめた。
「大丈夫、もう大丈夫。私がそばにいるから。
もう二度と一人になんかさせないから」

そんな綺麗事は大嫌いなのに。うざったくてヒーローぶっててムカつくのに。
魔法みたいにそっと胸が熱くなって、少しだけ軽くなった。
だんだんと苦しさが溢れてきて、嗚咽が漏れる。
「私が貴方を守るよ」
確証もないのにそんなこと言って、でもなぜか君なら信じられる気がした。
明日も生きようと思えた。
君の言葉が私に魔法をかけたんだ。


2025.02.23
7

2/22/2025, 10:48:21 AM

『君と見た虹』

君と出会ったあの日は雨が降っていた。
この時期には珍しい土砂降りで、駅からの帰り道を小走りに急いでいた夜だった。
家の近くにある小学校の角を曲がったところに君は体を小さく丸めて震えていた。
その姿がなんとも可哀想で、手を差し伸べた。

暖かいお風呂に入れさせてご飯をあげる。お腹がずいぶん空いていたみたいでいい食べっぷりだった。
「君、お母さんやお父さんは?」
尋ねても首を振りどこかを見つめるばかりで何となくそれ以上聞いてはいけないような気がした。
「一人ぼっちなら、私の子にならない?」
君は顔を上げ、少し迷った素振りを見せて頷いた。
次の日には役所に行き手続きをし、2週間後にやっと正式に私たちは家族になった。

あれから十年後、君はすっかり大きくなって素敵な女性になったね。
スラリと伸びた手足に、しなやかな身体。艶やかな黒い毛並みに、優しいピンク色の肉球。
人より少し高い体温が心地よくて大好きだった。

今日は朝から雨が降っていた。
君は私の隣で丸くなり、にゃあと小さく鳴いてうとうとしている。
外でカタンと音がしてポストを見に行く。
いつの間にか雨は止んでいて雲の隙間から青空が覗いていた。
その光の中に大きな虹がかかっているのが見えた。
家に戻り私は君に話しかけた。
「ねぇ、虹が出てるよ。私たちが家族になった日のような虹がかかってるよ」
君からの返事はなかった。眠り続ける君は幸せそうな顔をしていて、この子を拾ってよかったと心から思った。頭をそっと撫でると君の愛おしい声が聞こえたような気がした。


2025.02.22
6

2/21/2025, 11:10:07 AM

『夜空を駆ける』

中学生の頃の俺は、何もかもに嫌気がさしていて親にも先生にも反抗をしていた。
態度も悪く、授業をサボるようにもなっていた。
何をしても満たされなくて、息苦しくて、死にたかった。

ある日、隣の中学校の生徒と喧嘩をして職員室に呼び出された。
放課後の学校にはサッカー部の掛け声や、吹奏楽部の楽器の音が響いていた。
先生からなんの身にもならないような説教を受け、遠くを見つめる俺の様子を見てため息をつかれる。
優秀な兄と比べられ、勉強もスポーツも何一つも凡人な俺は誰からも期待されず、この狭い世界に居場所なんてなかった。

長い拘束から開放されたがそのまま帰る気にもなれず屋上に向かう。
珍しく開いていたドアを強く押す。
そしてそこには君がいた。
大きな望遠鏡の横に立ち色々とメモをしている君。
君は俺に見向きもせず空を見つめる。
何度も望遠鏡を覗き、ひたすら紙に何かを書いている。
「お前、何してんの」
そう声をかける。君はやはりこちらを見ずに
「星座を作っている」
と言った。
「星座?作るってどうやってだよ」
そこでやっと君はこっちを見る。真っ直ぐで、黒く澄んだ瞳と目が合う。息を飲むような美しさだった。
「……これ、覗いてみろ」
言われるがままに隣に立ち、望遠鏡を覗く。
「例えば、左上の一等星が頭で右下の一等星が尾の先、それらの間にある二等星の星たちを繋げると、分かるか?犬になる」
言われた通りに繋げて考える。確かにそれは犬、いや分からん。見えないこともないがピンと来ない。
「星はな、自由なんだ。今までにある星座だけじゃない。自分で作ることも出来る。そしてそいつらは自由に空を駆ける。」

犬の星座も言ってることも、俺にはよく分からなかった。そしてそのまま中学を卒業した。

何年も経って何となく、分かるような気がした。
学年も名前すら何も知らないが君はたぶん、星座は決められた形を成しているが、自由に姿を変えることもできる。それはきっと俺らも一緒だと言いたかったのだろう。
憶測だがきっとそんな気がする。

そして今日も君の犬が夜空を駆ける。
自由に駆ける。


2025.02.21
5

2/18/2025, 1:36:42 PM

『手紙の行方』

高校三年生の春、君と僕は別れた。

君と出会ったのは高校一年生のとき。
入学したてでざわめき立つ教室の中、一人静かに本を読む君に目を奪われた。
窓の外の桜を背に、散る花びらを浴びながら君はゆっくりページをめくる。その姿が頭から離れなかった。
そのまま猛アタックを続けたが何度も玉砕。
これを最後にしようと二年生のときにもう一度君に告白をした。
「私の事、そんなに好きなの?」
そう言って君は微笑み、今度こそ僕の想いに桜が咲いた。
君と付き合っていたこの一年幸せだった。
本当に幸せだった。
誰よりも優しい君が好きだった。
僕の心を春の麗らかな日差しのように穏やかにしてくれる人だった。

君が僕に別れを告げた2年後君は亡くなった。
心臓の病気だったんだってね。
だから僕を傷つけないために別れようって言ったんだよね。やっぱり君は優しいね。

ねぇ、あのとき、君との一年記念でね、手紙を書いてたんだ。
渡せないまま別れちゃったからずっと僕の手元にあったんだ。
紙飛行機にして空にいる君に飛ばすよ。
この手紙の行方は分からなくなるけど、きっと君に届くと願ってる。


2025/02/18
4

Next