光合成

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4/15/2026, 11:35:11 AM

『届かぬ想い』

君の足跡をたどっていたら、知らぬ土地の知らぬ海にたどり着いた。

真っ白な砂浜がどこまでも広がっていて、海のコバルトブルーがグラデーションを描いていた。
砂はサラサラと風で模様を作り、陽の光に反射してキラキラと輝いていた。

その海は、静寂に包まれていた。人は誰もおらず、寄せては返す波の音だけが辺りに響いていた。
それさえもどこか遠い世界のもののように聞こえて、僕はこの世界でひとりぼっちになってしまったような感覚になった。

いや、もしかしたら僕は、本当にひとりぼっちになってしまったのかもしれない。
君の足跡を綴った手紙は、真っ直ぐ海に続き、波打ち際で途切れていた。

ふと、足元に薄ピンク色の貝殻があることに気がついた。
彼女の頬のような、柔らかく上品な色だった。
僕はそれに手を伸ばして、触れようとした瞬間に消えてしまった。波にさらわれてしまったみたいだ。

あぁ、また届かなかった。
遅かった。

ふと、風が強く吹いた。下からすくうような風で、数枚の白い紙が宙を舞う。
今度は僕の手から手紙がさらわれてしまった。

あぁ、いってしまった。
ちゃんと掴んでいたはずだったのに。

波打ち際をぼんやりと歩く。
ここはどこだろうか。
たどり着くまで、彼女の最期の手紙に書いてある通りに旅をしてきた。

結局僕は、彼女のことを何一つ分かってはいなかったんだ。分かった気になって、それきりだったんだ。

潮の匂いに混じって、桜の最後の花弁が舞う。
桜は全て散った。
君が好きな季節ももう終わる。
それなのに僕は、君の愛したこの場所を知るのにずいぶん時間が経ってしまった。

ポケットを探る。左人差し指に固く冷たい感触が伝わる。それをそっと掴んで取り出して、水平線にかざす。
白い塊に陽が透けて、その優しく穏やかな光に君の姿が見えたような気がした。

僕にはもう、これしかない。
たった一つの小さな、白い欠片だけ。
君の欠片だけ。
届かない思いを抱えて、残された唯一を無くさないよう、僕は静かな海に身体を溶かした。


2026.04.15
65

4/12/2026, 10:29:40 AM

「遠くの空へ」

もう、生きている意味がないと思った。
食っては寝るだけの怠惰な生活に、なんの価値もなかった。
大学生になって、いつの間にか3年が経っていた。
キャンパスの最寄り駅に向かう電車内には、新入生らしき初々しい若者で溢れていた。
この季節特有で、新入生にあるあるの、未来に期待を馳せるかのようなキラキラとした目が視界にチラつく。浮ついた空気が、俺という存在の異質さを浮き彫りにした。
自分にもあんな、真っ直ぐに将来を楽しみにできるような、柔く青い心がかつてはあったのかもしれない。考えるだけで反吐が出そうだ。

したいこともない。叶えたい夢もない。
課題もろくに出さなければ授業にも出席をしない。そんな日々が2年間続いていた。
新学期?だからなんだ。
一念発起だとか、心新たにだとか、そんなくだらねぇもん、俺にはなかった。

心残りなんざなかった。
どこまでも落ちて落ちて、底辺にまで堕落した俺に残されたもんなんかなくて、失うもんも当たり前になかった。
もう、どうでもよかった。
酒に溺れてタバコの煙を常に纏わせてる俺はいない方がこの世界には健康的だ。

大学の最寄り駅に着く。
立ち上がる気にはなれなかった。
どこでもいい、とにかくこのうざったいほどにふわふわして急ぎ足で、焦燥感に溢れた空気から逃げ出したかった。
電車内の大半が降りて、静けさが広がる。

このまま、遠くへ行きたかった。
目を閉じて、電車の揺れに体をあずける。
君の姿を思い出す。
長く綺麗な黒髪に、ふんわりと広がるロングスカート。白いブラウスが太陽に透けて、健康的な肌を柔らかく覆っている。海の良く似合う人だった。
鈴の音のような笑い声が好きだった。
会いたい、会いたいのに。
君がいなきゃ、俺はまともに生きていけない。

このまま、終点まで行けば海がある。
君が好きだと言った海がある。
2年前、最後に君と会った海ならば、そこにまた辿り着けたならば、君に会えるような気がするんだ。
遠くの空へ、なぁ、俺も連れて行ってくれよ。


2026.04.12
64

4/3/2026, 2:33:08 PM

『1つだけ』

君が置いてったものを、僕は今でも大切に残している。ただ、忘れられないという、どうしようない未練なのだろうか。
君が僕の前から消えて、8年が経った。
この8年間、僕は欠かさず君を思い出したし、置いていったものを忘れたことはなかった。

君は遠くに行くと言った。
行先は教えてくれなかった。
僕がきっと着いてきてしまうからだろう。
君は僕よりも何枚も上手で、僕の想像の何歩も先を読んで動く人だった。
あぁ、ずるい人。
いや、僕が単純なだけなのかもしれない。

君は僕を呪ったんだ。
きっと無自覚なのだろうけれど、君は確かに僕を呪った。
愛してしまったんだから、仕方がない。

僕らの出会いは風の冷たい、雨の降った夜だった。
死んだように生きていた僕は、傘を差し出してくれた君にほいほいついて行った。
まるで捨てられた子犬のようだったと君は笑った。
君の行くところなら、どこにでもついて行った。
犬でもなんでも良かった。
あの日救われてから、君だけが僕の世界だった。

それなのに、こんなに大切なものを残して君はどこかへ行ってしまった。
君のおかげで確かに僕は1人でも生きていけるようになった。
でもそれは、君がいなくなっても生きていけるのと同義ではなかった。

僕に愛を教えたくせに
ただ1つだけ、唯一君が残していったもの。
僕の心に生まれたこの感情だけ、未だに行き場がなくて、君がいなくなった世界では、僕は呼吸さえも上手くできない。

2026.04.03
63

4/1/2026, 10:37:38 AM

『エイプリルフール』

雨がしとしとと降り注いで、私たちを濡らす。
私の「待って」という声で、貴方は歩を止めた。
振り向かずに、背中を向けたまま貴方が立ち止まる。

貴方の背中は相変わらず、大きかった。
私はその背中が好きだった。
そっと手を伸ばして貴方の腕に触れる。
雨で濡れたからか、体温が酷く冷たかった。

貴方がゆっくりと振り返って、長い前髪の隙間から貴方の目が見える。
行かないで、なんて言えなかった。
その瞳が朧気で、とても静かだったから。

じっとりと濡れる。
服が肌に張り付いて、靴が染みる。
髪もメイクも、とっくに崩れてしまっている。
私の体を包むのは雨か、血か。

彼は私の表情を見て、一瞬目を見開く。
それでもすぐに逸らして前を向き、歩き始める。
あぁ、もう止められない。私じゃ彼を止められない。
優しい貴方はきっと、自分を責めてしまう。
ひとりで抱えてしまう。
私が死んだのは、貴方のせいじゃないのにね。

私の声は、本当はもう届かない。
貴方と私じゃ住む世界が変わってしまった。

ねぇ、お願い。
私を殺したあいつを殺して。
でも、お願い。
私の後を追わないで。

なんて嘘。
エイプリルフールは言葉を嘘にして、降り注ぐ雨で涙を嘘にしてくれる。

会いたい、なんて言えない。
小さな私の嘘はエイプリルフールの夜空に溶けて消えていった。


2026.04.01
62

3/29/2026, 2:47:08 PM

『ハッピーエンド』

君が死んだのは、3月の終わりだった。
淡い空と桜の美しい季節で、君の生まれた季節。
そして、僕と君が出会った季節でもあった。

君が好きだと言ったこの世界を僕は嫌っていた。
見るもの全てがモノクロで、楽しくも美しくもない。酷くつまらない世界を僕は生きていた。

ある日、僕はいつものように散歩をしていた。
桜の花弁が風に乗って空を舞う。ぼんやりとそれを眺めていると人にぶつかった。
すみません、と振り向くと相手は自分より幾つか年下そうな少女だった。
少女はふわりと笑って頭を下げる。
その笑顔が桜のようだと思った。
馬鹿みたいだろう?こんな表現、小説の中でしか見たことがない。
それでも、そう思ってしまった。
少し薄桃色に色付いた頬と綺麗に挙げられた口角に、僕は一瞬にして目を奪われた。

幸せだった。僕の世界は君によって鮮やかに色付けられて、たくさんの刺激に溢れた。
幸せとは何か、そう問われたら迷わず僕は答える。君と過した日々のことだと。

付き合って3年目の春、君が自ら死を選んだ。
僕だけのハッピーエンドを探してと遺して、桜と共に儚く散ってしまった。
どうして、僕を連れて行ってくれなかったのか。
一言、一緒に来てと言ってくれたら僕は喜んで命を差し出したのに。

桜の花弁が舞う。
君が死んでから、僕の世界はモノクロに戻ってしまった。君の遺書をもう一度読む。
いっその事、全て僕のせいだと言ってくれたら楽になれるのに。
書かれたものがどこまでも優しくて、読み終わると僕はいつも立てなくなる。

でもさ、君も分かっているんだろう?
君のいない世界で僕は幸せになんてなれないことを。ハッピーエンドなんて、どこにもないことを。
今日こそ、僕は君に会いに逝く。
出会った時と同じように、また桜が咲いたよ。
これが僕の描くハッピーエンドなんだ。

桜の木の下から君が消えて、僕も消える。
誰もいなくなって、花弁だけがはらはらと散る。


2026.03.29
61

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