光合成

Open App
1/30/2026, 10:38:40 AM

『あなたに届けたい』

今から10年も前のこと。
当時の僕はまだ高校生で大人と子供の狭間にいた。
分からないことが多すぎて、納得いかないことが多すぎた。この世界の全てを恨んでいた。

最後の冬休みに、僕は君と出会った。
あの頃の自分は受験勉強にイラついて、親との考えの違いにイラついて、冬の寒さにイラついていた。
どうにもならないことなんて分かっていたけれど、それでも僕は何も上手くいかない人生に苦しんでいた。

出会った時の君を僕は好きじゃなかった。
鈍感で、平和ボケしてて、僕の苦しさを君は軽んじてさえいるように感じた。
何も不安なんてないような顔して笑っていた君が心底嫌いで、心底羨ましかった。
大丈夫、となんの根拠もなくへらりと笑う君に僕はなりたかった。
幼かったんだ。なんとも未熟で、この世界こと何一つわかっちゃいなかったんだ。

僕は息がしづらくなったら海に行く。電車に揺られて、車窓を流れる景色の変化をぼんやりと感じ取る。どこまでも広がる海のその波際に君はいつも立っていた。
僕が海に行くと、君はいつもいた。

冬休み最後の日、僕が海に行くと君は波の狭間に立っていた。
そしていつものようにヘラりと笑って僕に何かを手渡した。それは小さな貝殻だった。

それが彼女との最後だった。
次の日、海に行っても君はいなかった。
それ以来、君とは二度と会えなくなった。
名前も知らない、どこの誰かも分からない。
顔と声しか知らない。遠くへ行った君。
僕はこの貝殻を君に届けなきゃいけないのに。
僕に渡した理由を聞かなきゃいけないのに。
もう君には届かない。

2026.01.30
47

1/28/2026, 10:55:46 AM

『街へ』

手元のノートをそっと開く。
そこには見覚えのある文字が並んでいる。
愛おしい筆跡をそっと撫でる。

窓から彩度の低い光が入ってくる。
穏やかな昼下がり。
私はノートをカバンに入れて家を出る。
今日こそ確かめなくちゃいけないことがある。

電車に揺られて30分。乗り換えてまた1時間。
懐かしい匂いがする。海の匂い。
あの日とおなじ冬の海。あなたの住んだ街の海。

波の寄せる砂浜に座って、またノートを開く。
3年前の今日と同じ日付に、私と彼が最後に会った日のことが書かれている。
この街で私たちは夢を見ていた。

ねぇ、どうして私を振ったの?
あなたは今どこにいるの?誰にも何も告げずに遠くに行ってしまって、私は何を願えばいいの?
この街にあなたはもういない。

ひんやりと冷たい風が髪を撫でる。潮を孕んだじっとりとした風。
未だに忘れられない私にあなたは呆れてるかな?
このノートに、私を罵る言葉を探してた。
私を嫌いになった証拠を、別れる決断に至った証明をずっと探していた。

愛してるって最後の言葉を嘘だと思いたかった。
そうじゃないとあなたに囚われて逃げられないから。最後までひどい人。
そんなんだから、こんな街まで来ちゃうのよ。

ノートを破って海に投げる。波が少しづつ破片を攫う。水平線のその先の遠くにゆっくり押し流す。
私はうずくまって動けない。
愛してるの文字が海に溶けるまで、動けない。

2026.01.28
46

12/17/2025, 1:30:09 PM

「雪の静寂」

ねぇ、笑ってよ。
君の笑顔が好きなんだ。
寒さで鼻先が赤らんでて、あぁ、可愛いなって。
でも手のひらは暖かくて、あぁ、好きだなって。
その温もりが僕は大好きで、ずっと触れていたかった。

どこに惚れたのかは分からない。
何がきっかけだったのかも分からない。
でも出会った時からきっと運命を感じてた。
なんか、分からないけれど、君の傍は暖かかった。
寒さの苦手な僕は、君から離れられない。

コロコロと鈴を転がしたような声で君が笑う。
楽しそうにどうでもいいことを話す。
そんな時間が何より愛しかった。

雪の降る夜。
どうしてだろうか、鈴の音が聞こえない。
君が隣にいるというのに。
その温もりを感じられない。
両手には冷めた君の首筋。

雪の静寂に包まれて、君もどこかに紛れて降り積もってしまったのかもしれない。

2025.12.17
45

12/9/2025, 10:40:31 AM

『凍える指先』

「ごめん」
あの日、君が僕に言った言葉。
ずっと後悔している。
ごめん、ごめん、ごめん
頭の中で何度も反芻する。思考に溶けて、ゆっくりと言葉の原型を失う。
もう、君の声も忘れてしまった。

寒い冬の日だった。
君はいつもと変わらない顔で僕に笑いかける。
だから気付けなかった。
いつもしていたピアスがなかったこと。
新しいコートを着ていたこと。
荷物が少なかったこと。

冬の海は静かで、寄せる波が少し荒い。
潮風が冷たくて、マフラーを口元まで上げる。
僕の前を君が歩いて、その足跡をなぞる。
白いマフラーが、ぼやけて世界に溶けだす。
ロングコートをひらめかせて君が振り向いた。
寒いねって言う君の鼻は赤くなっていて、赤鼻のトナカイだなんて馬鹿なことを考えていた。
そっと繋いだ君の指先は暖かかった。
その温度が心地よかった。

夕焼けに照らされる改札を君が通る。
またねと手を振る君は、どんな表情をしていただろうか。
歩き出した君の背を見つめる。
曲がり角でふと振り向いた君の口が動く。
「ご め ん」
確かに、そう動いた。
思考が止まる。追いかけなくちゃ。足が動かない。
どうしよう。君が遠くへ行ってしまう気がした。

電車の警笛が鳴り響く。
やっと我に返った僕は急いで改札を抜け、ホームへ続く階段を駆け下りる。
君はもう、いなかった。
誰かの叫び声が響く。

君の体温が冷えていくのがわかった。
凍える指先は寒さのせいか、それとも……。


2025.12.09
44

12/3/2025, 10:17:16 AM

『冬の足音』

彼女は小動物みたいな人だった。
小柄で、柔らかくて、コロコロと変わる表情と寒いのが苦手なところが可愛らしかった。
12月に入るとモコモコのパジャマに毛布に包まり始める。それを見る度に、今年も冬が来たなという気持ちになった。
反対に僕は寒さには強い方で、体温が高めなのをいいことに彼女はいつも僕から温もりを奪う。

去年の冬、一緒に雪合戦をした日があった。
運動神経のいい僕の方が有利かと思いきや、彼女は意外と雪の中も俊敏に動き、最後は相打ちとなって引き分けた。そういう所も、小動物みたいだった。
真っ白な雪の上に2人で寝そべる。
空は快晴で雲ひとつない冬の空。
夜には月明かりが雪に反射して世界は銀色に輝く。

寒さに弱いくせに、彼女は冬が好きだった。
そんな彼女が好きな僕も冬が好きだった。
冬が近づくと胸が踊った。

彼女は今年もモコモコのパジャマを着て、毛布に包まる。守りたくなるような、そんな可愛らしい姿。
お揃いで買ったマグカップにはマシュマロ入りのココアが注がれている。あのマシュマロは僕が彼女のために買ったものだった。

「寒いなぁ」と彼女が言う。
僕が温めてあげようと手を伸ばす。
繋がれるはずの指先はそのまま空を切った。
「なんでだろ」そう言って俯く彼女の頭を撫でようにも触れられない。
大丈夫、ここにいるよ。
そんな声も届かない。
次から次へとこぼれ落ちる涙を拭うこともできない。

今年も冬の足音が近づいてくる。
僕はもう、彼女を温めることはできない。
寒い、寒い冬が来る。


2025.12.03
43

Next