『君を探して』
君が桜に攫われて8年が経った。
僕は今でも君を探している。
思い出の場所も、君の故郷も、いつか行ってみたいと話していた場所も、その全てに君はいなかった。
どこを探しても君は、僕の思い出の中にしか存在しなかった。
この春でついに9年目になる。
僕はもう大人になってしまった。
夜の公園で2人、大人になりたくないって泣いた日があったね。
ねぇ、大人になっちゃったよ。
あんなになりたくないって願ってた大人になっちゃった。
本当はもう分かってたんだ。
この世界のどこを探しても君はもういないって。
僕がどれだけ歳をとって大人になってしまっても、君は子供の、あの日のままなんだって。
それでも見ないふりしてた。
分からないふりをしてたんだ。
だって、認めてしまったら、君のいない世界を認めてしまったら、今度こそ本当に君が消えてしまうような気がしたんだ。
僕はね、君に逢いたいんだ。
だけれども行き方がわからないんだ。
どうすれば君に逢えるの?
生き方も、逝き方も、何もわからないんだ。
君のいない世界は、寂しいよ。
心にぽっかり穴が空いて、その空白は何をもってしても埋めることができないんだ。
つまらない大人になってしまった僕は君に嫌われちゃうかな。
僕はまだ君を探すことをやめられそうにないよ。
2025.03.14
23
『透明』
まぶたを閉じれば、そこにはいつでも君がいた。
小柄で華奢な君には少し大きい傘をくるくると回して、楽しそうに歩く君がいる。
君はとても純粋な人だった。
真っ直ぐで優しくて、笑顔の可愛らしい人だった。
僕の感情を見つけてくれた人だった。
朝から雨の降るある日のこと。
僕は次から次へと降ってくる雨粒を前に立ち尽くしていた。
下駄箱に捨てられた紙くずや消しカスのゴミたち。
消えない落書き。
隠された外履きと盗まれた傘。
どうすることもできず、ただ空を眺めていた。
もう、諦めて上履きのまま濡れて帰ろうか。
そう思った時だった。
「ねぇ、一緒に帰らない?」
君が声をかけてくれたのはこれが初めてだった。
僕は断った。あいつらに見つかって、君まで同じ扱いを受けることになるのは避けたかったからだ。
それでも君は優しく微笑んで
「私の傘大きいの。1人だと寂しいから、ね?」
パンっと開いた傘は確かに少し大きかった。
そうして僕らは同じ傘の下、歩き出した。
「あ、見て見て」
君に促されて上を見上げる。
いつの間にか桜の花びらが傘に張り付いていた。
はらはらと散る桜とぽつぽつと降る雨が透明の傘に当たる。
綺麗だと思った。
そんな感情はとうの昔に失われたと思っていたのに、君が見つけてくれた。
家まで送ってくれた彼女の後ろ姿を眺める。
桜の花びらが着いた傘をクルクルと回す背中になぜか目が離せなくて、忘れられなくて。
もうひとつの感情が僕の中で動き出した気がした。
2025.03.13
22
『星』
俺は今、廊下を走っている。
それはそれは、とても全力疾走で、振り向くと後ろから生徒指導の先生が追いかけてくるのが見える。
それでも俺は立ち止まる訳には行かなかった。
なぜなら俺は、別の棟にいるあいつに伝えなきゃいけないことがあるからだ。
それは今夜、快晴の中で満月を観測できるということだった。天文部の俺たちは夜桜と満月の組み合わせを撮りたくてここ数日ずっと天気予報とにらめっこしていた。
何とか先生を撒いて、特進クラスの教室をガラッと勢いよく開く。クラスの人が一斉にこっちを向き、静寂の中に
「今夜、20時に屋上で!!!」
という俺の声が響く。そしてあいつの返事も待たずに俺は次の授業のチャイムに急かされて、また自分の教室に戻った。
約束の20時。
屋上の古びた重いドアが軋んだ音を鳴らしながらゆっくり開いた。
そのまま言葉を交わすことなく2人で大きな望遠鏡を組み立てる。
完成した望遠鏡は俺よりも大きくて年季が入っている。
いつものように見えた星をスケッチして、春の夜空を紙に残す。
それから俺らは校庭に移動して、大きな桜の木の下に行く。お互いやっぱり無言のままでカメラを構える。
何枚かシャッターを切って、ふと顔を上げた。
斜め前にカメラを構えるあいつがいる。
風がふわりと吹いて桜の花びらを散らす。あいつの長い前髪もさらって普段は隠れている顔が露になる。
綺麗な横顔だと思った。
月明かりに照らされる夜桜に負けぬような美しさを感じた。
でも俺は知っている。あいつは卒業とともに上京をする。
また夜風が二人の間を抜ける。叶わぬ恋もさらってしまって欲しかった。
俺らを繋ぐのは、夜空に輝く星だけだった。
2025.03.11
21
『願いが1つ叶うならば』
「将来について」
そんなことを昔、高校の授業でやった記憶がある。
何の科目かは忘れてしまったが、家庭科だか総合だかそこら辺だろう。
その時、君はなんて言ったんだっけ。
僕はもう忘れてしまった。
今更その答えはどこにもない。
海の見える霊園。そこに君は眠っている。
いつの間にかあの問から月日が経ち、そしていつの間にか君はどこかに行ってしまった。
大学4年になり就職に頭を悩ませていた僕はふらっと彼女に会いにここへ来た。
自分でもよく分からないが、何となく足を運んだらここへたどり着いた。
「ねぇ、君はあの時なんて言ったんだっけ」
そう聞いても答えは返ってこない。
少し冷たい潮風が僕の頬を撫でる。
彼女は高校を卒業する前に病気で死んだ。
桜のつぼみができた頃の浮き足立つあの時期に、彼女はみんなより一足早く旅立ってしまった。
僕が今、将来について考えるなら。
できることなら彼女のいる世界を生きたかった。
君の笑顔を1番近くで見たかった。
さっきより少し暖かい潮風が僕の髪を揺らした。
あぁ、思い出した。
君はあの時こう言ったんだ。
「君と一緒に生きたい」
ねぇ、神様。
願いが1つ叶うならば、僕は彼女の夢を叶えて欲しかった。
2025.03.10
20
『嗚呼』
ずっと死にたかった。
死にたくて死にたくて、どうしようもなかった。
それでも行動に移せない自分が馬鹿で愚かな人間に思えて余計に苦痛だった。
いっその事、君に打ち明けようかと思ったんだ。
死にたいって、もう終わりにしたいって。
だけれども、優しい君にそんなこと言えなかった。
俺は知ってるんだ。
君が過去に大切な人を亡くしてることを。
そしてそれが自らの意思だったってことを。
もう二度と誰も失いたくないことを。
俺は、知ってるんだ。
それでも、死にたいって願ってしまう俺はやっぱりどうしようもない人間だと思う。
申し訳ないとも思う。
生きたいって思えなくて申し訳ない。
君が俺を愛してくれてるって分かってる。
大人になりたくないんだ。
ずっと昔に自分と約束したんだよ。
20歳の誕生日までに死ぬって。
だって、大人との境目なんて曖昧なんだけれど、
20代が子供扱いされることはないだろ?
やっぱり子供で許されるのは10代までなんだよ。
自分が幻滅した大人になりたくない。
苦しめてきた大人と同じ立場になりたくない。
子供の気持ちの分からない大人になりたくない。
数字に囚われて、常識という名の偏見に囚われている大人になりたくないんだ。
嗚呼、ごめんな。
君が俺に生きて欲しいのは知っているんだ。
でもね、やっぱりそれでもね、俺は死にたいんだ。
2025.03.09
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