光合成

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4/26/2025, 1:26:54 PM

『どんなに離れていても』

君が僕の前からいなくなってまる1年が経った。
桜が散り終わり、青々とした葉が風に揺られる頃、君は突然何も言わずにどこかに行ってしまった。

最初の半年は必死に探した。
君との思い出を遡って、思いつく限りの場所に足を運んだ。
君が好きだと言っていた公園。
1人で泣いていた浜辺。
お気に入りのカフェ。
いつか一緒に行きたいと言っていた街。
そのどこを探しても、君の痕跡はなかった。

探し尽くしてからの半年は君の思い出を反芻してるだけの毎日だった。
噛んで味のしなくなったガムと同じで、思い出も日が経つにつれて薄れていく。
声も、顔も、言葉も。
本当の君なのか、僕の作りだした君なのか、どれが君が分からなくなってしまうほどに。

君のいない世界はどうにも味気なくて、雪の降らない冬のような、咲く花全てが同じ色のような物足りなさがある。

ねぇ、君はどこまで行ってしまったの?
旅好きなのは知っていたけれど、急にいなくなるなんて酷いじゃないか。
僕を置いていくなんて、酷いよ、うん酷い。
よくもこんな残酷なことができるなと思う。

それでも君を愛おしく思ってしまうのは、きっと、それが僕の生きる意味だからなのだろう。

今日で君が旅に出て1年が経つ。
僕もね、そろそろ覚悟を決めようと思うんだ。
君を探して僕も旅に出ようと思う。
旅好きの君を見習って、まだ見ぬ世界を見てみようと思う。
どれだけ離れていても大丈夫。
僕の旅のゴールは君だって決まっているから。
君に会うための長い旅を、僕も続けてみようと思う。

じゃあね、また逢える日まで。


2025.04.26
35

4/24/2025, 10:16:11 AM

『巡り逢い』

見つけた、見つけた、見つけた。
やっと貴方を見つけた。
23年ぶりに貴方に逢えた。

あいも変わらず綺麗な黒髪で、線の細い身体があの頃を彷彿とさせる。
少し節の大きいその指が愛おしくて、それの指す先をいつも羨んでいた。
ねぇ、せんせい。私、ずっと待ってたのよ。
ずっと、ずっと、貴方を探してたの。

ふわりと前髪が風にさらわれ瞳が露になる。
色素の薄い宝石みたいな貴方の瞳。
あぁ、嫌だ。その瞳には何を映しているの?
あの頃の貴方はそんな瞳をしていなかったのに。

23年前の私と貴方は先生と生徒の関係だった。
禁断の恋ってやつなのかもしれない。
私は貴方の瞳に、声に、指に、いちいち心を乱された。
その時の先生の瞳は静かな水底に沈んでいるかのように黒く澄んでいて、どこまで飲み込まれそうだった。
光の届かない深海のような瞳と、感情の波を感じさせない穏やかな低い声にどうしようもなく惹かれた。
お気に入りの紺の万年筆を握る細い指先で私に触れて欲しかった。

ねぇ、せんせい。あの頃のせんせいはどこへ行ってしまったの?
私の愛したせんせいはどこ?
こうして巡り逢えたのに、私の愛した人はどこにもいないなんて、あまりにも残酷すぎるんじゃないのかしら。
仕方ないから私が、貴方を、またあの頃のせんせいに戻してあげる。
きっと、これも今、巡り逢えた運命なのね。


2025.04.24
34

4/18/2025, 1:51:30 PM

『物語の始まり』

4月、新年度の始まり。
入学式、入社式、新たな出会いの季節。

桜がはらはらと散り、薄水色の空に舞う。
なんとも穏やかで眠気を誘う昼下がりに、野良猫があくびをしている。
ふわりと前髪を揺らす風にはどこか新しい環境への緊張や不安が混ざり込んだ香りがする。

明日誕生を迎える私は今、学校の屋上から片足を差し出している。
入学してから1週間が経って知ったのは、ドキドキワクワク憧れの高校生、なんてものは私の幻想に過ぎなかったということだった。

理由なんて特にない。

滑り止めの高校に入学することになったこと。
新しいクラスに馴染めなかったこと。
話しかけようとして上手く声が出なかったこと。
自己紹介で何度もつっかかったこと。
流行りのドラマやメイクの話に乗れなかったこと。
好きなグループのボーカルが死んだこと。
親から殴られることが増えたこと。
寝不足な日が続いたこと。

それらがどんどん積み重なって、ゆっくりと歯車が噛み合わなくなるように、思考がまとまらない日が増えた。

どこかで読んだ本の一説を思い出す。
「私たちの物語はこれから始まる。何かを決意した瞬間にそれがあなたにとってのスタート地点となる。」
みんな未来に向かって真っ直ぐに歩き始めた中、私だけが歩けなくなっていた。
何も見えなくて、金縛りにあったかのように体が動かなくて、私だけが世界に置いて行かれたようだった。

でもきっと本当は私も新たな物語のスタート地点に立っているのだろう。
この人生を終わらせることを決意したのだから。
屋上のフェンスが私のスタート地点だ。
これを乗り越えて私は、私の物語を始めようと思う。


2025.04.18
33

4/13/2025, 12:32:16 PM

『ひとひら』

桜が散った。葉桜と言うにはあまりにも桜の面積が狭くなった。

新学期が始まっても、隣の席の君を一度も見かけることは無い。
いずれ机も椅子もロッカーも撤去されてしまうのだろうか。君がこの教室にいたという形跡が全て消されてしまうのだろうか。
君はまだ生きているというのに。

掃除の時間になると、僕は君の机も拭く。
いつ帰ってきてもいいように。
長い旅を経て、やっと帰ってきた我が家がホコリだらけだとどこか寂しいでしょ?
だから僕は今日も君の机を拭く。
君が寂しくないように。

机の上に飾られている花は僕が水を変えている。
季節に合わせて、君が好きだと言っていた桜を。
先生にお願いして飾る花を選ばせてもらったんだ。
校庭の端の桜の木から落ちていた枝で申し訳ないのだけれど、背の低い僕には花が咲く所まで手が届かなかったんだ。

君はあの日、僕に言ったんだ。
「桜が綺麗だね」って。
この言葉に隠された意味、君ならきっとわかるよねって寂しげに微笑む君に僕はうなづいたんだ。
僕は君を信じている。
君が僕に嘘をついたことは一度もないから。

大丈夫、大丈夫、大丈夫。
君は絶対に帰ってくる。
桜が綺麗だねって君が言ったから
またここで会おうって君が言ったから。
だから僕は今日も君の机を拭いて、桜の水を替えて君を待つ。

桜の花がひとひら、ひとひらと散る。
この校庭で君を待つよ。


2025.04.13
32

4/4/2025, 1:56:19 PM

『桜』

「貴女が好きだった桜が、今年も咲きました。
六年前と同じように満開で、みんなの春を彩っています。

貴女の住む街でも、桜は綺麗に咲いていますか?
僕と同じようにあの日の出来事を思い出してくれてますか?
もしそうならば、僕はとても幸せだと思います。
雪が溶け、草木が芽吹き、満開に咲き誇る桜を見る度に貴女は僕を思い出すのでしょう。

また、手紙を書きます。会える日まで。」

そう締め括った紙を折り、春色の封筒に入れてポストに投函した。
4月になったとはいえ夜になるとまだ寒い。
空に浮かぶ三日月はうっすらと雲のベールがかかり、これが朧月かなんて思いながら来た道を戻る。

家までの直線を途中で左に曲がると、大きな一本の桜の木がある。
私が生まれてからずっと変わらずそこにあり、周りは小さく囲まれ公園になっている。一本の桜の木と二人がけのベンチだけの公園だ。

彼女と最後に話したのはこの桜の木の下だった。
二人でベンチに腰かけ、彼女はブラックコーヒーを、僕はココアを飲んでいた。
僕と彼女はあの日、何時間もここで話した。
日が暮れて、街灯の明るさが眩しくて、日付の変わる頃まで話し込んでいた。
過去の話、将来の話、彼女の少し大人な恋愛の話。

当時の僕はまだ、彼女を先生と呼ぶような立場と年齢だった。
そう、幼かったのだ。
未熟で、彼女を知るには若かった。

ねぇ、貴女と同い年に生まれたかった。
貴女の苦しみを僕も背負いたかった。
背伸びのし過ぎと言われても、僕は構わなかった。

手紙を出しても、もう貴女に届くことは無い。
貴女に僕の気持ちが伝わることは無い。
貴女がまた、僕の文章を好きだと言ってくれることは無い。

桜の花びらが散る。
あの日と同じように散る。
伸ばした手から花弁がするりと抜け落ちる。

春になると思い出す。
桜のような貴女との思い出を。


2025.04.04
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