光合成

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『風を感じて』

彼女は自然を愛する人だった。
穏やかな陽の光、小鳥のさえずり、草木の匂いと散る花弁、寄せる波とどこまでも広がる青空。
彼女はよくこう言った。
「私も自然の一部になりたい」
生命力に溢れた自然と同じように私もなりたいと。
そう言う彼女の瞳は自然と同じ力強さを秘めていた。

彼女が自然を感じるのは決まってガラスを1枚隔てた世界からだった。
ベッドの上から雲の流れを見つめ、水平線のきらめきを見つめるだけだった。

しばらくして起き上がることができなくなっても、彼女は自然を愛した。
触れられない自然を、息をすることでしか感じられない世界を愛していた。

「波の冷たさを、空の高さを、風の揺らぎを、いつか私も感じられるかな」
そう涙を流す彼女の手を握り、僕は約束した。
「大丈夫、約束するよ。僕が叶えてあげる」
嬉しそうに、寂しそうに、ふわりと笑う彼女はそのまま深い眠りについた。

そして僕は今、海岸へと続く階段を降りている。
約束を果たすため、彼女と手を繋いで降りていく。
潮の匂いの混ざった風が優しく頬を撫でる。
僕は彼女に微笑みかけてそっと手を離す。
彼女がふわりと宙に舞う。
さらさらと風と混ざって自然に溶ける。

僕はこの先ずっと
風を感じて、彼女を感じるのだろう。


2025.08.09
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8/9/2025, 11:21:41 AM