光合成

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『空に溶ける』

ほのかに揺らいだ水面に自分が映る。
パッとしないなんとも情けない顔だ。
不意に魚が顔を出し、滑らかな鱗をキラリと光らせて水底に沈むんでいく。
自分の顔がぐにゃりと崩れていく。
遠くではカモの夫婦が寄り添い浮かんでいる。
穏やかな昼下がりだった。

空は淡い水色で白い月が浮かんでいる。
雲は風にゆっくりと押し流されていく。

頭の奥からぼんやりと幼い頃の記憶を思い出す。
僕らは露に濡れることもいとわず野原に寝そべって空を見上げている。
穏やかな風がそっと頬をなでる。
そう、まるで今日みたいに気持ちのいい日だった。

隣りには君がいて、瞼を閉じて世界を感じた。
土や草の匂い、そよそよとした風の音、鳥のさえずりと魚の跳ねた水の音。
そして、君の柔軟剤。

君は流れる雲を見つめ
「龍がいる」
と呟いた。「龍?」と僕が聞き返すと君は雲の塊を指さしもう一度
「あそこに、龍がいる」
と言った。確かにそれは、龍だった。
悠々と空に浮かぶ龍を僕らは眺めていた。

ポチャンと魚が跳ねる。
スーツが汚れるのも気にせず、黒いネクタイを解く。無駄に大きく成長した身体であの日と同じように寝そべる。
流れる雲を見つめていると、だんだんそれは形を変えていき大きな龍となった。
驚いた。大人になってしまった自分にはもう見ることは叶わないと思っていた龍がいた。紛れもなくあの日見た龍だった。

君にも見せたかった。視界が滲んだと思ったら頬が濡れた。龍はゆっくりと空に昇って消えていった。まるでじんわりと熱が冷めるかのように溶けていった。
そして二度と姿を見せることはなかった。


2025.05.20
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5/20/2025, 12:16:36 PM