ピアノの音が防音室に響く。
リズムよく叩かれている鍵盤と、安らぎを感じる音色は僕の心にそっと寄り添った。
ふと、君の方を覗き込んでみると、そこには真剣な眼差しがあった。
「一緒に、弾いてみる…?」
演奏が終わると、微かに紅潮している頬を僕に向けながら、躊躇いがちに君は問いかけてきた。
「…ああ」
緊張からか、一年以上弾いていなかったからか、ほんの少し震える手で弓を構えると、バイオリンとピアノの二つの音が響いた。
異なる二つの音色が響き終わると、室内は静寂に包まれる。
心地よい余韻を残したままの空間が、廃れた心を癒し、置き去りになっていたバイオリンや、音楽への情熱を思い出させてくれた。
「ありがとう…僕に、バイオリンを弾かせてくれて」
君への感謝を伝えると、柔らかな笑顔が現れる。
いつの間にか、窓からは日差しが差し込んでいた。
それはまるで、君と音楽のようでふっと、笑みが溢れる。
防音室に広がった暖かな空気は、あっという間に僕の心をこじ開けた。
窓の外からは、甲高い小鳥の鳴き声が聞こえた気がした。
#今を生きる
綺麗な夕焼けが地面に模様をつくる。
商店街で買った鯛焼きとコロッケを、晴と凪はそれぞれ口に含みながら道を歩いていく。
雑談しながら歩く道は、時の流れがはやく感じる。
二人が口に含んだものを完食する頃には、辺りは薄暗くなっていた。
蝉の鳴き終わる声と、それぞれの帰路につく様子から夏の終わりを感じると、晴は鯛焼きの包み紙をゴミ箱へと捨てた。
こんな、なんでもない日が続きますように。
微かな祈りは夜の帷を下ろし、生ぬるいような風のみが近くに残っていた。
#special day
チリンと涼やかな音が鳴る。
聞こえてきた方向に樹は目をやると、透明なガラスに、青色の絵付けがされた風鈴が目に入った。
生ぬるい風が吹くたびに揺れる風鈴と、縁側に置かれたスイカを交互に樹は見やると、ガタッと卓から離れた。
すると、それを見ていた君もこちらに寄ってきて、縁側に腰掛けた。
風鈴の音に、シャクシャクという音が混じる。
瑞々しいスイカの甘さは、熱く火照った頭を少し冷やしてくれる。
チリンという音に、今度は君の声が混じる。
「樹のことが好きみたい…だから、付き合ってくれ る?」
いささか言葉足らずな告白に樹は苦笑を漏らすと、君の顔を見る。
まるで、スイカの甘さが機能していないみたいに、火照りを隠さない君の頬は、微かな赤みを感じる。
「ごめんね」
可愛らしい二重の目が見開かれると、反論の余地も無いように、樹は言葉を繋ぐ。
「ごめん、僕から言うつもりだったのに。
改めて言わせて――君のことが好きだから、付き合ってくれませんか?」
樹は、君とそこまで変わらないような告白になってしまったことに恥じながら、返事を待つ。
「もちろん」
真夏の太陽と並ぶその笑顔は、明るく輝いていた。
生ぬるい風が再び吹くと、チリリンと鳴る青色の風鈴は、二人の壁をそっと除いた。
触れ合った手と手は、お互いに少し汗ばんでいた。
生ぬるい風は夏を届けに、澄んだ青い空に飛んでいった。
#青く深く
微かな潮の匂いが、ふわりと鼻に届く。
チリンチリンという音と共に、整った顔立ちの君がカフェに入ってきた。
その視線は僕に向いている。
いくつかの参考書を脇に抱え、白いワンピースを翻す姿に、僕は少し見惚れてしまう。
僕の座っていた席に、ドサリと荷物を置くと、結露して机を濡らすカフェオレに君は口をつけた。
言葉を交わさず、黙々と夏休みの課題に取り掛かる二人の時間は、コーヒー豆の香りに彩られる。
しばらくそのままであったが、勉強もそこそこにして切り上げると、君と僕でカフェ沿いの浜辺に出た。
辺りは夏の盛りだというのに、ちらほらとしか人影が見えなかった。
サクッサクッと音のなる砂浜を蹴ると、そっと君の手を取った。
海風が吹いた瞬間、君の頬がほんのりと赤く染まった気がした。
僕らはしばらく、そのままでいた。
どこかから夏の始まりを告げる音がした。
#夏の気配
舞台上の煌々とした光が目にしみる。
君の頬はライトに照らされているせいか、はたまた緊張からか微かに紅潮しているのを感じた。
それでも、練習を重ね覚えた動きや台詞は、消して抜けずにそつない動きでこなされる。
この劇で僕と君は、王子様と姫らしい。
この役が決まった時に、友人達からニヤニヤとした笑顔でこちらを見られた事を君は知っているのだろうか。
全くバカらしいと思っても、君に惹かれてしまう。
湧き上がる歓声が劇の終わりを告げた。
舞台裏にはけると君の笑顔に物語はまだ続くことを知った。
そっと香る君の匂いが身体を包むと、周りから生温かい視線が向けられる。
顔が赤くなることを感じながらも、ほんの少し、この物語が続いて欲しい自分がいた。
#まだ続く物語