「ほらほら有希、スマイル!」
とても綺麗で長い黒髪の君は誰にでも優しい。
悩んでいるような素振りを見せると、すかさずその合言葉を口にする。
君がそんなにも他人に優しく出来るのは、きっと人の痛みがわかるからなのだろう。
ある時やや無機質に感じるある一室の病室を訪ねると、そこには綺麗なハマユウの花が生けられていた。
窓際で静かに寝ているような君の中性的な美しい顔には、黒くて綺麗な髪がかかっている。
それは君が難病にかかって、絶対治すと決めてはじめた願掛けの一種だったと私だけが知っていた。
今日も、君が眠る場所へと私は出向く。
「こんな顔だとまた君にスマイル、って言われちゃうな」
私は今でも君の最後に絞り出したあの合言葉が耳から離れそうになかった。
海の波音が窓の外からでも聞こえてくる。
――私は今、君をなくして初めての夏をハマユウの香りとぎこちない笑顔で迎えることになったんだ。
#スマイル
(時を止めたい……)
こんなにも現実味のない願いを、少女は心の内に秘めて、青空の広がる学校の屋上にいた。
まるで世界をかき混ぜるような風に、少女は細い体で抵抗している。
目の前には、本心の読めない微笑みを浮かべる、学年あるいは学校全体の生徒を虜にしてしまうような美青年がいた。
自然の力を借りたように光る緑の瞳を、少女はちらりと覗き込む。
少女の長い黒髪が風に煽られ宙を舞い、青年は目を伏せた。
微かな春の雰囲気の中、綺麗な桜の花びらが、二人の時間を彩る。
強い風は落ち着きを取り戻し、人々に永遠にも感じられる時間をもたらした。
(時間が止まればいいのに。)
少年は少女と同じように、ありえないような願いを、心にそっと秘めた。
#時を止めて
静寂に包まれる教室の中で、私は黙々と勉強を進めていた。
視野にちらつく夜の景色を、今度はしっかりと捉えたとき、音を立てて教室のドアが開き、学年一爽やかといわれている青年が入ってきた。
彼は私を一瞥すると、柔らかな笑みを讃えながら話し掛けてきた。
「それ最近好きなの?」
机の上に置いてあったブラックコーヒーの缶を彼は指さした。
そして彼は、私が答える前に「前と趣味変わったね〜、意外かも」と言いながらコーヒー缶を取り上げて一番窓側の席に座り、こちらに手招きをしてきた。
仕方なく私が座ると、彼の席の上には月見団子と個包装のビターチョコレートや、その他諸々のお菓子が机いっぱいに広げられ、山積みとなっていた。
「今日は月が綺麗じゃない?いつも頑張ってる君が息抜きできるように、一緒にお月見しよ!」
半強制的にお月見をさせられつつも、ほんの少し心がほぐれるような気がして、窓の外の綺麗な月を見上げた。
やっぱり、いつになってもこの強引な幼馴染と見上げる月が一番綺麗だな。
小さな頃を二人で思い出していると、どちらからともなく自然に笑みが漏れた。
この二人の少しビターな物語は、お月見が終わってもなお続いている。
#君と見上げる月…🌙
眩しいほどの光を受けている青い葉っぱが擦れあい、丁度良い木陰が晴の周りを覆った。
「もしも過去に行けるとしたら、なにしたい?」
柔らかな笑顔で、晴はふと思いついた質問を親友の凪にしてみた。
凪は少し考える素振りを見せたものの、イマイチピンと来る答えが見つからないのか、終始首を傾げて唸っていた。
「僕だったら、凪に言ってスベったギャグ全部無かった事にするわ〜」
晴の答えが余程面白かったのか、凪は可笑しそうにいつまでも笑っている。
「それも俺が凍えなくて済むからいいけど、俺は晴にゲームでめちゃくちゃ勝った日に戻りたいな」
凪の予想外の答えに晴は驚き、次第に凪のように際限なく笑ってしまった。
別にゲームなんて今日でも出来るのにと、晴は欲の無い友人に伝えると、
「いや、あの日は俺が一番多く勝った日だからあの日に戻りたいわ」
またしても面白い答えにクスクスと微笑してしまう。
「たしかに、今戦ったら僕の方が勝てるかもしれないからいいな」
晴は、こうして二人で笑い合える今が一番幸せだった。
晴と凪は、日の傾きで木陰をつくらなくなった中庭から校舎へと移動した。
学校からは、いつまでもゲームの話をする声が響いていた。
#もしも過去へと行けるなら
強い光に照らされ、ステージ上で輝かんばかりの笑顔をつくるあの子のことをここの所、僕は思い出しては頭から消す作業を繰り返していた。
手に多くの賞状やトロフィーを抱え、はじけるような笑顔のあの子を僕は舞台袖からしかあの時は見ることが出来なかった。
しかし、敗北感に包まれた僕の心を、再び動かしてくれたのはやはり君だった。
鍵盤を叩く音に混じった、微かな吐息が会場を彩る。
圧倒的な才能の片鱗を見せるあの子に、僕はひどく惹かれてしまった。
あの子の演奏があっという間に終わると、舞台上からはけてきたあの子と、八会ってしまった。
するとあの子の表情が途端に崩れ、驚きが現れつつも微かに聴こえる程度の澄んだ声で話しかけてきた。
「毎年コンクールで私達会ってるよね…頑張れ!」
清涼な風を思わせる声に反して、可愛らしい喋りをすることと、突然話し掛けられたことで驚いたが、答えは反射的に返してしまった。
「…ああ、頑張るよ…」
自分でも随分と愛想の無い答え方をしてしまったと反省しつつ、ステージ上の眩しい光に目を細めた。
(ほんと…僕じゃ敵わないな)
なんて頭では考えつつ、自分の心がひどく高揚していることが分かってしまった。
演奏の最後の余韻まで楽しむと、あの子と同じように舞台袖にはけていく。
するとそこには、あの子が待っていた。ふと、ふわふわとしたよく手入れにされている髪の毛に目がいく。
あの子の柔らかな笑顔に自然と口角が上がる感覚がした。
自分でも、不思議と今までで一番いいコンクールになったと心の底から思えた。
君と並んで手に抱えた賞状とトロフィーには、特別な何かを感じた。
その日は、僕の人生の中で一番眩しい光を浴びたように感じて、頬には一筋の道が残った。
#星を追いかけて