バサバサと渡り鳥が空へ旅立つ。
辺りを見回しても、木と湖と小さな村しかない森に少年達の啜り泣きが響く。
その少年達に囲まれた穏やかそうな美しい青年も困ったような笑顔を見せつつ、目にうっすらと涙を浮かべていた。
「うぅ〜、にいちゃん行かないでよ〜」
青年を取り囲んでいる少年の一人が声をあげると、他の少年達も次々に声をあげる。
青年は困ったような笑顔をさらに深くすると、助けを求めるように、黒髪の可愛いらしい少女を見た。
少女は青年の様子を汲み取ると、優しげな笑顔で少年達を宥める。
「寂しいのは分かるけれど、見送るときくらいは笑顔 で送り出してあげましょう?」
柔らかな口調か、それとも少女の言い分に納得したのか、少年らがそれぞれ頷くと、青年に元気な笑顔を向けた。
青年はその様子に笑顔を見せると、旅に持ち出すトランクを、ギュッと握り締めた。
その笑顔には、感謝と必ず帰ってくるという決意が密かに込められていた。
そんな青年を、少年達と少女はその背が見えなくなるまで、笑顔で見送っていた。
次の年の春、柔らかな風と歓喜の声に包まれた渡り鳥は、どこかでそっとなくのであった。
#渡り鳥
さらさらと音を立てて、注文した二杯のコーヒーに砂糖が入れられる。
カフェのガラス張りの空間の向こう側では砂糖に似た粉雪が降っていた。
有希は、甘い物が苦手では無いと知って、勝手に入れられた砂糖とミルクに苦笑を溢すと、目の前にいる人物に目をやった。
さらさらの髪に整った目鼻立ち、有希と同じ高校生にしては大人びた表情。
王子の様な外見に反して、口調や性格は案外あどけなさが残る事を、有希は知っている。
そんな彼にいつからか惹かれ、最近はカフェでお茶をするくらいには仲良くなっていた。
この時間が、有希の楽しみの一つになっている。
砂糖とミルクが入れられたコーヒーは、マドラーで綺麗な渦を描きながらクルクルと回転している。
そっと有希にコーヒーが渡されると、彼はこんな一言まで渡してきた。
「好きなんだけど。有希のことが」
やっぱり幼さが残る口調と、美しい顔面のギャップに有希は微笑した。
「ありがと、私も」
釣られて幼くなってしまった有希の言葉に、お互い頬を染めてしまった。
二人は、まるでそれを誤魔化すようにコーヒーに口を付けた。
粉雪はまだ砂糖のようにさらさらと、二人の恋を応援するように降っていた。
#さらさら
チョキ、チョキと花の茎を切る音だけが聞こえる。
私の手元には、美しい花々とそれらを包む包装紙があり、仕上げられた花束は感嘆の声を漏らすほど立派で、受け取った人が幸せそうな笑顔を向ける様子が目に浮かび、私も思わず笑みを漏らしてしまった。
花屋に就職して二ヶ月経ったが、最初は予想外の重労働に思わず溜息が出ていた。だが、慣れてくると植物と関われるこの仕事はなかなかに良いものだと私は思った。
何より、大切にお世話をした花や植物達が華やかに美しく着飾られて旅立ち、多くの人を笑顔にしていることが私の何よりの幸せだった。
今包んでいた花束は、あと少しでシーズンが終わる花を使っていて、最近は特に気に掛けながらお世話をしていた花だった。
もうしばらくは会えないと思ってしまったからか、なんだか一本、また一本と売れていくうちに名残惜しさが私の中で勝手に出てしまっていた。
包み終わった花束に、私はもう一度視線を落とす。
その花束は、堂々と自信を持ち、華やかに咲き誇る事を誇りに思っている様に見えた。
そして花束の一番中心は、シーズンが終わってしまうあの花だが、美しく咲き誇る姿を見てなんだか自分が馬鹿らしく思えてきた。
たとえこれで最後の一本だとしても、また季節は巡り、来年の今頃にはまた会えているだろう。
それに、この最後の一本は沢山の人に笑顔を届けてくれる。
ほんの少し暖かくなった私の心は、どこか春を思い出させた。
早くこの花にまた会えます様に。
私は、晴れやかな心持ちで花束を受け取るお客さんを静かに待っていた。
#これで最後
ハマユウの香りがする病室で、葵は微かに震える手で君の薄白く細い指先を握り、小さな声で君の名前を呼んでみる。
はじめて呼んだ君の名前は、君らしさが詰まっていた。
思わず言葉に詰まり、葵は柄にも無く大泣きをしてしまった。
赤くなった目元はベットに横たわる君に向けられており、薄い希望と現実逃避を重ねた声は、再び君の名前をなぞった。
このまま目を覚ましてくれないだろうか。
ある種の祈りに似た葵の視線は、耐え切れなくなったように窓の外に向いた。
シンと静まり返った病室に、青い葉っぱが擦れ合う音が響く。
君の指先を握る手に力が入る。
そっ、微かに感じ取れた指先の動きに、視線がまた君に戻る。
薄く見開かれた目と、ぎこちなさそうな笑顔はこちらに向いており、そこには多くの優しさが含まれていた。
思わぬ展開に葵は、また君の前で大泣きをしてしまった。
たとえこれが、ご都合主義だと言われても、僕は君が目を覚ましたという事実が素直に嬉しかった。
二回目の葵の大泣きには、確かな安堵と、君への謝罪が込められていた。
それから葵は君の名前を、「もういいよ」と言われるまで、何度でも呼び続けた。
#君の名前を呼んだ日
ひたひたと響く音を感じ、湊は天を見上げると頭上には薄暗い空が広がっていた。
ところどころ濡れてきた制服に少し慌てると、湊は中庭の芝生から立ち上がった。
教室に着くと、再び雨音が聞こえてきたた。
パッと見ると、いつも優しい声で話す君がいた。
まるで雨みたいに、湊に何かしてくれる訳ではないけれど、時々ふらっとやって来て、小さな幸せをくれる君のことが湊は好きなのかもしれない。
たとえ周りに変わっていると思われても、やっぱり湊はこの優しい雨音が好きだ。
未だに降り続けている二つの雨音に耳を傾けながら、湊は君の方を見ると、こちらに太陽のような眩しい笑顔を向けている君がいた。
ハッとして窓の外を見ると、そこには柔らかな陽射しがさしていた。
湊は雨が止んでからしばらくしても、君に見惚れたままだった。
#優しい雨音