とわ

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5/2/2024, 10:57:06 AM

カラフル


思い出せる一番古い記憶は、今もまだ残されている鏡台の前で母親が口紅を塗っている姿だと思う。


「メイクの本質はモテでも愛されでもないから、メイクが女らしさのためとか今やそれこそ偏見じゃん?」
目の前の新しい友達は長い指先のスクエアに整えた爪を夜空色に染めていて、眉は凛々しく、唇にはブラウンレッドのマットリップを纏ってる。友達は生物学的には男、私は生物学的には女だ。
「…でも身体が残念ながら女の私がやったら、それは女っぽくならない?」
「おばかさん、メイクでどれだけかっこよくなれるか知らないな?」
友人は朗らかに笑って黒いリュックからポーチを取り出した。
「ほら、そのキレーなツラ貸しな。てか、おばかさんって言い方めっちゃヒロインを励ますオネエすぎた、」
「ふ、自虐やめな、」

これが、女でも男でもない、私らしくあるためのメイクデビューだった。

4/16/2024, 6:43:41 AM

届かない



 二歳年上に片想いをするというのは、中学高校、同じところに行ったとしても一年しか重ならないし、相手は大抵受験という壁に立ち向かっているということだ。
僕はぼんやりそう思いながら、高校卒業を祝う一輪の花を持つ晶を眺めた。
「卒業おめでとう。早いね。」
「ありがとー、はぁ〜俺このブレザー超似合うし着れなくなるのやだな。」
「はは…確かに似合うけど。」
「怜は背また伸びた?」
「そう?かも。」
大学か。大学。どうしたらいいんだろう。高校でなら想いを届けられる自分になるのかなと、思ったんだけど。それも出来なかったのに、また同じ大学を選ぶのか。
「ま〜、引っ越しはするけどそんな遠くないし。すぐ帰ってくるよ。」
「…うん。」
晶の手で花がくるくる回る。赤い色が遠い。隣にいるのにぽつんと独りきりのような感覚は涙すら出ないほどだった。

4/10/2024, 11:37:18 AM

春爛漫


「私、桜が咲く季節って嫌い。希望ばっかり描かれて、でも実際は花粉と黄砂で空気きったないし。桜すぐ散るし。」
桜を見上げもせず、花びらが散る道を雑に歩いて彼女は言った。驚いて数回瞬く。その言葉は僕の胸に清く吹き抜けた。
あぁ、春という季節への違和感は、それだったのか。
「…確かに、本当そうだ。」
「え?あ、ふうん。捻くれてるとか言わないの。」
「言わないよ。僕には捻くれられるほどの自我もないのかもしれない。」
「そう?そんなこと言えるくらいなんだから、十分じゃん。」
風が吹き上げて、桜の花びらが踊った。彼女が鬱陶しそうに乱れる髪を押さえて、僕はその横顔に見惚れた。

4/9/2024, 1:31:46 PM



 窓が曇っている。揺れる四角い箱の窓が全て白く曇っていて、人は多くて、だけど仕事には行かなくちゃならない。
ああ。今日はもう、駄目だな。俺はスマホの音量ボタンの上側をかちかちと押して、ぴったり耳に入ったイヤホンからの音が脳を満たすのを感じながら一度目を閉じた。
必殺、心のスイッチオフ。そう頭の中で唱えて、俺はバスを降りた。

はっと我に帰って、19時。そんな馬鹿なと思われるかもしれないけど、なんかこう、確かに自分ではありながら、魂を数センチ自分からずらすような、そんな感じ。ずっとうっすらと感じていた頭痛が我に返ったせいなのか、仕事という緊張が解けたせいなのかぎちぎちと増してくる。

「ただいま〜っと。」
「あ、おかえり。今日しんどかったでしょ。」
「…え?あ、なんで?」
確かに口角を上げた声で挨拶をしたはずなのに、玄関まで出てきた眼鏡姿の怜はそう断言して俺に手を伸ばした。
なんで足が重いことまで分かるんだよ。
腕を掴み、玄関の靴の上から引き上げられる。ふかふかの部屋着に吸い寄せられるように思わずそのまま身を寄せた。
「気圧今日ずっとしんどかっただろうなって。」
「自分はその感覚ないのによく分かるな〜…。」
より背の高い怜に抱き留められ、肩の力が緩む。
「…まあ一旦寝なよ。」
「……そうだな〜…あ〜あ、出してないつもりだったのに。」
「ばぁか。いつから一緒だと思ってんの。」
「7さい…。」
「はは、そーだよ。誰よりずっと見てきたんだから。」
柔らかな赤毛をくしゃりと撫でると、気遣うように肩の辺りをじっくりと摩られた。雨音は止まなかったが、そこからは随分と穏やかな響きに聞こえた。

3/15/2024, 3:57:50 AM

安らかな瞳


「あ、札幌最高裁のやつ、同性婚出来ないのは違憲判断だって。」
「お〜まじで、道のり長いとしても良い傾向だ〜。」
「まあ…十分しあわせなんだけど、お国様に合法にしてもらわないとしあわせ壊されちゃうかもしれないからなぁ。」

そう静かに言う怜の瞳は安らかな色をしていた。
俺が思い出す10代の君は、いつも瞳を下に向けてうろうろさせている。君はひとりで同性愛を抱えて、俺がそうなわけないって決めつけてた。
俺としては怜が望む関係でいたいって思ってたんだけど…それが受け身すぎたんだよな。

「…もっと早く安心させてやれたら良かったなぁ。」
「んん?」
「俺は最初から怜の王子だったのに言うのが遅すぎた。」
「なに言ってんの…むしろ言わなかったでしょ、僕に言わせたんだから僕が晶の王子だったんだよ。」
安らかな瞳は笑って煌めいた。10代よりも無邪気に20代を過ごせているのが幸せだ。
「…というわけで日本くんは5年以内くらいには同性婚出来るように変わってくれ〜〜。」
「ほんとだよ〜。」

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