とわ

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 窓が曇っている。揺れる四角い箱の窓が全て白く曇っていて、人は多くて、だけど仕事には行かなくちゃならない。
ああ。今日はもう、駄目だな。俺はスマホの音量ボタンの上側をかちかちと押して、ぴったり耳に入ったイヤホンからの音が脳を満たすのを感じながら一度目を閉じた。
必殺、心のスイッチオフ。そう頭の中で唱えて、俺はバスを降りた。

はっと我に帰って、19時。そんな馬鹿なと思われるかもしれないけど、なんかこう、確かに自分ではありながら、魂を数センチ自分からずらすような、そんな感じ。ずっとうっすらと感じていた頭痛が我に返ったせいなのか、仕事という緊張が解けたせいなのかぎちぎちと増してくる。

「ただいま〜っと。」
「あ、おかえり。今日しんどかったでしょ。」
「…え?あ、なんで?」
確かに口角を上げた声で挨拶をしたはずなのに、玄関まで出てきた眼鏡姿の怜はそう断言して俺に手を伸ばした。
なんで足が重いことまで分かるんだよ。
腕を掴み、玄関の靴の上から引き上げられる。ふかふかの部屋着に吸い寄せられるように思わずそのまま身を寄せた。
「気圧今日ずっとしんどかっただろうなって。」
「自分はその感覚ないのによく分かるな〜…。」
より背の高い怜に抱き留められ、肩の力が緩む。
「…まあ一旦寝なよ。」
「……そうだな〜…あ〜あ、出してないつもりだったのに。」
「ばぁか。いつから一緒だと思ってんの。」
「7さい…。」
「はは、そーだよ。誰よりずっと見てきたんだから。」
柔らかな赤毛をくしゃりと撫でると、気遣うように肩の辺りをじっくりと摩られた。雨音は止まなかったが、そこからは随分と穏やかな響きに聞こえた。

4/9/2024, 1:31:46 PM