ここではないどこか
僕ではない誰かに。
最初は、そう思って初めて口紅を手に取った。
でも違ったんだ。
メイクは化けるためのものじゃなく、自分の魂を彩るものだった。
今は何を思って、口紅を、アイシャドウを、マスカラを手に取るかっていうと。
ここではないどこかに、踏み出せる自分になるため。
落下
僕の恋のときめきというのは、暗闇で高い所から落下する時のような、不安で、お腹の辺りが不快になる感覚であった。
それをなんと世の中では甘酸っぱいと感じるものらしい。
普通の枠に収まれるというのはそういう幸せな感覚なんだと思った。
眩しいあなた。僕の暗闇を濃くするあなた。
きっといつか、純白のドレスの誰かをエスコートするんだろう。
6月にかかる虹は僕には遠く見える。
僕はどんどん落下していく。夏のあなたはとても眩しい。
あいまいな空
髪を初めて染めた。
君が好きな僕の赤毛みたいな茶髪を、きらきらの金髪に。
乾かされた金髪を見て晴れやかなような、憂鬱なような不思議な気持ちになった。
自分じゃないみたいだ。
美容室を出るとあいまいな曇り空が広がっている。
君はなんて言うかな。僕はなんて言って欲しいのかな。
あじさい
君はイエベなんとかとか言われてもほとほとくだらないと思ってきたけど
僕は咲き始めた紫陽花を見て、何故だか自然とあの人の澄んだ肌や柔く穏やかな黒髪を思い出したんだ
だから思う
あの人はきっとサマー 恵みの雨と輝く太陽のもとの人
二人だけのひみつ
ママたちにはないしょね、から二人だけのひみつだよ、に変わったのはいつだっただろう。
ベッドの中で頭までシーツを被ってゲームをしていた頃はまだママたちにはないしょね、だった気がする。
機内でヘッドホンをしてうたた寝をしていると、手を握られた。どきどきと心臓が高鳴るのを感じながら、とっさに気付かないふりをしてそのまま狸寝入りする。
短期留学に向かう。付き合い始めたことはまだ、二人だけのひみつだ。