バレンタイン
僕が焼くお菓子が大好きだって、君はいつも言う
でも、バレンタインっていうイベントを前にするとどうしても
なんだかいじけた気持ちになって
どうせ女の子から欲しいんでしょって
君のためだけに作ったわけじゃ全くないんだからねって
いつも釘を刺すみたいな渡し方をしてしまう
スイーツ作れるなんて女子力高いねって周りの声
うるさいな 放っておいてよ
別に女の子の真似がしたくて君を好きなわけじゃない
こんな焦げついた気持ちも
せめて粉砂糖で白く誤魔化せたらいいのに
待ってて
空にはまだオリオン座が浮かんでいる
もう少しだ あと少し
桜が咲いて…空に浮かぶ星座が春の星座に変わる頃には…
春の星座が分からないのが格好つかなくて嫌になるな
君が卒業した高校から僕も卒業して、
君が入学した大学に僕も入学する
自分でもまさか理系の大学に受かるなんて思わなかったけど…
君のために受かったんだから、責任取って面倒みてね、先輩
うつくしい
人間なんて汚い生き物だ
そう思えば、自分だってどの道汚くて、適当に笑ったっていいと思えた
誰が汚いことをしたって、どうせそんなもんだって、笑っていられた
なのに、お前は違う
正しくあろうと瞳を濡らして、魂まで見抜くような澄んだ眼差しをしている
その姿は傷付いていて、だけどとても美しくて、目を逸らせない
初めて、こんなの笑えないと思った
穢れを知らない、美しい魂
それが俺の完璧だった笑みを歪ませる
この世界は
この世界は、正しいと正しくないに分かれている
この世界は、男と女に分かれている
正しい方を選んでおけば、それなりにいい人生が待ってる
そう思ってきたけど
なんとなく誰か女の子に好かれて、好きになって、多分子供は二人くらいって、そう思ってたけど
自覚しないようにしてきた初恋は、隣の家に住む幼馴染に向いている
それは黒髪がつやつやと光る、肌は白く、オクスフォードスタイルの眼鏡がよく似合う、2歳年上の男だ
数年目のそんな沈んだ初恋は僕を根暗に仕立てるには十分で
なのに彼は笑う
「こんな世界で健康で楽しく生きる、人生なんてそれだけで十分だ」って
本当にそれだけで許される?そんな気持ちは晴れないけれど
この眩しい笑顔が僕の俯いた世界に差す光になっているのは間違いないみたいで、それが正しくないなんて絶対に言われたくない、そう思ったりする
変わらないものはない
美しい果実も、ただそこにあるだけでいずれは茶色く酸化して変わってしまう。
僕たちもただ過ごすだけでいずれは身体が衰えていく。
「…なんで人間って誰かと生きようとするんだろ。」
「…くくりがでかいな…まあ、孤独は毒だし。それから…たぶん、他人からしか見えない自分がいるからじゃない?」
「晶は根っから理系の割にはエモい物言いをするよね。」
「ええ〜…恋人の真剣な意見に対してその返答…?」
「ふふふふ。」
僕は笑った。晶の横顔は12歳の頃の面影を少しだけ残して、より聡明そうになった。
これからもその変化を見詰めていたい。僕にはただ、それだけだ。