【お題:麦わら帽子 20240811】【20240818up】
幼稚園の時の夏の制服、帽子が麦わら帽子だった。
それから小学生に上がってからの数年は、夏外で遊ぶ時は帽子を被りなさいって言われて、大抵は麦わら帽子を被っていた。
高学年になると麦わら帽子は何故か恥ずかしくて、普通の帽子を被っていたけれど、まぁ麦わら帽子の方が涼しかったのは確かだ。
中学、高校と夏に帽子を被った記憶は少ない。
どちらかと言えば、冬に寒さとお洒落で被っていた記憶ばかりだ。
で、今だけど。
「夏って言ったら、スイカと花火に蚊取り線香でしょう」
「いやいやいや、ビールに枝豆、そして冷や奴だよ」
「夏?ゲリラ豪雨じゃないっすか?」
「夏はフェス一択っすよ!」
「海!プール!水着の女の子!」
「安西さん、それセクハラです〜」
「えっ、マジで!」
みんなでワイワイ騒ぎつつも、視線は画面で手は忙しなく動く。
お盆ソレなに美味しいの?状態の我社では、世間の連休中も普通に出勤して残業している。
何故なら八月は繁忙期だから。
それでまぁ、世間の連休に浮かれている人々と自分達の境遇の差に絶望しそうになっていたところ、何とか気を紛らわせようと始めたのが、『夏と聞いて思い浮かぶもの』という、あまり頭を使わずに済む話題。
「私は麦わら帽子かねぇ」
八人居るメンバーの中で、最年長の大場さんが呟くように言った。
「あ、私も昔はそうでした。でも今は麦わら帽子のイメージが変わっちゃって⋯⋯」
「あー」
「うん、確かに」
「『夏!麦わら帽子!』じゃなくなったな」
「うん?どういうことだい?」
大場さんの年齢だとこれはわからないかも知れないけど。
他のメンバーは皆頷いている。
そうだよね、こう言うの好きな人たちが集まってるもんね、うちの部署。
「『海賊!麦わら帽子!』とか、『麦わら帽子!ルフィ!』っていうイメージに変わったな」
「そうそう、そうなのよ」
「言われてみると、そうだね。海を背景に麦わら帽子が描かれたイラストがあるとして、何を連想するかって言われたら」
「海賊」
「ルフィ」
「ONE PIECE」
「って、なっちゃうよね。ONE PIECEを知らない頃なら確実に『夏』ってなるけど」
皆のその様子に大場さんは腕を組んでコクコクと頷いている。
「なるほどねぇ。そう考えると、そのONE PIECEって言うのは凄いね。一部とはいえ、人間のイメージをガラッと変えたんだから。私にはできない事だ」
「本当、凄いっすよね。これが日本だけじゃなく世界での話だし」
うんうん、凄い話だ。
そしてそれが、自分たちと同じ日本人がやってのけている事に、勝手に誇りを持ってしまう。
作者の先生と知り合いでも何でも無いのにね。
人間て意外と単純な生き物なのかもしれない。
「ふむ、で、福留さんの今の『夏と聞いて思い浮かぶもの』は?」
「今はそうですね、カキ氷です」
「フラッペも美味しいですよね」
「マンゴーとか堪らない」
連日の猛暑で食べたくなるけど、家に帰る頃にはお店は閉まっている悲しさ。
お陰で近所のコンビニでガリガリ食べる冷たいアレとか買って帰る毎日ですよ。
「あ、カキ氷のシロップって味は全部一緒って話し知ってる?」
「違うのは匂いだけなんだっけ?」
「そうそう」
「いつも思うんだが、ブルーハワイって何味なんだろうな」
「えっ、ハワイの味じゃないんすか!」
「ハワイの味って何だよソレ」
「ブルーハワイは、今はラムネ味が主流らしいっすよ」
「ラムネ味⋯⋯、そうなるとラムネ味って一体⋯⋯」
どうでもいい事で盛り上がりながら夜は更けて行く。
手は忙しなく動き、視線は画面に釘付け。
このまま、あと数時間は会社に拘束されるのだ。
きっと今日も、終電ギリギリの時間まで帰れないだろう。
無事解放されて家に帰って、レンチンしたコンビニのお弁当を食べるのではなく、金髪のぐるぐる眉毛のコックさんの美味しい手料理が食べたい、とか思う程度には私の疲労は蓄積しているようだ。
あー、この忙しいのが終わったら、美味しい食べ物食べ歩きするぞー!
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) サンジさんの飯、食べたいなぁ (✽´ཫ`✽)
【お題:終点 20240810】
「お疲れしたぁ」
夢すらも見ない、深い深い眠りを叩き起されたような気がした。
意識は一生懸命状況を理解しようとしているのに、脳がそれを拒否してうるような、そんな感覚。
ぼうっとする頭とは対称的に、視界は驚くほどクリアで先程挨拶をくれた(多分、『彼』だと思うのだが、まぁ、彼ということにしよう)彼の日本人には無い、南国の海の色を連想させる瞳と、眩い光をキラキラと反射させている少し癖のあるプラチナブロンド、そして彫刻のように整った顔に視線が釘付けになった。
「片山さん、片山 拓美さーん、聞こえてっすかぁ?」
バリバリの西洋人顔の人物の口から出る、流暢な日本語、しかもウェイ系。
偏見だと言うのは重々承知なのだが、やはり違和感は拭えない。
取り敢えず彼の質問に対して私は、無言で頷く事で返事をした。
さて、問題はここが何処なのかという事だ。
まず、私の家で無いことは確かだ。
何故なら私の家は六畳ほどのワンルームマンションだったので、ここのようにだだっ広い部屋ではない。
それから、日本でもない、恐らくだが。
目の前の窓らしき物の向こう側に見える景色はグランドキャニオンだと記憶している。
因みに右手側の窓の向こう側は金色の稲穂が頭を垂れている一面の田園風景、その対面には中世ヨーロッパの古城が見える。
「まだちょっと喋るのは厳しいかもっすがぁ、そのうち喋れるようになるんで焦らないで大丈夫っす」
取り敢えず、また頷いておいた。
その様子を見て、金髪の彼は人好きのする顔でニカッと笑った。
彼は手元のタブレットに視線を移すと、二、三回タップして正面のグランドキャニオンが見えている窓を指さした。
「あっち見てて欲しいっす」
彼のその言葉に私はまた無言で頷いた。
彼は満足気に頷いて話し出した。
「これから片山さんの人生をダイジェストで見て行くっす。で、右上んとこに『0』ってあるっすよね?」
確かに彼の言うとおり、右上に0と表示されている。
言われるまで気が付かなかったのだが、初めからあったのか、さっき表示されたのかは定かではない。
「あれ、片山さんのポイントっす。あ、今0なのはまだ始めてないからっす。で、あのポイントの使い道なんすが⋯⋯、あー、はい、了解っす。スンマセン、ポイントの使い道はダイジェストを見た後で説明するっす」
「はぁ⋯⋯」
「あ、喋れるようになったっすね。気になる事があったら遠慮なく聞いてくれて良いっす。んじゃ、始めるっす」
彼がタブレットに触れると、辺りが一気に暗くなった。
そして、聞こえてくる心音。
何処か懐かしいような、苦しいようなそんな気分にさせられる。
『ほあぁ、ほあぁ、ほあぁ、ほあぁ』
赤ん坊はこの世に産まれ落ちると、大声で泣く。
母親の体内という、自分にとって最も安全で優しい場所から、訳の分からない世界に送り出された不満と恐怖を抱いて。
「はい、右上に注目っす。ポイントが1になったっす。普通⋯⋯、つまり欠損や先天性の疾患が無ければ、通常は1ポイントっす」
「欠損や先天性の疾患があった場合はどうなるんですか?」
「時と場合によるっすが、大抵は大幅にポイントが加算されるっすね。100から5000の間ぐらいで」
「え、そんなに?」
「そうっす。でも、加算が多い場合はすぐにここに来る事が多いっすけど」
つまりココは、死んだ人間が来る場所って事か。
「んじゃ、続き行くっす」
映し出される場面が変わっていく。
自分では覚えていない、赤ん坊の頃の出来事がまるで映画のように映し出される。
年若い父と母が、赤ん坊の私に向かって話しかける。
慌てて困ったような顔をして、二人顔を見合わせた次の瞬間に笑いあう、そんな両親の姿を私は覚えていない。
二人はいつも無表情で、時にはお互いがそこに居ないかのように無視を決め込んで、冷めた関係の父と母しか記憶が無い。
こんな幸せな時期があったのかもしれない、そんな事すら考える事もないほどに。
ふと、ポイントに目をやると、そこには15の表示があった。
今映し出されている私は、多分二歳くらいだと思う。
この状態でこのポイント数が、多いのか少ないのか私には判断がつかない。
映像は止まることなく流れ続け、私の知る両親の顔になった頃には、ポイントが100近くまで増えていた。
だが、それよりも気になることがある。
「すみません」
「はい、なんすか?」
「あの、あれは何でしょう?」
私が指さしたのは、細いロープのようなもの。
私の首の後ろ辺りからプラーンと垂れ下がっている。
髪の毛かとも思っていたのだが、少し違うようだ。
「あ、あれっすか。あれは糸っすね。糸が纏まったものなんで紐とかロープとか呼んだリもするんすけど」
うん、答えのようで答えじゃないような⋯⋯。
「えーと、その糸っていうのは?」
「あー、そっちっすね」
そっちと言うか、どっちもと言うか。
「俺達は選択の糸って呼んでるっすね。生きてると色んな場面で選択するじゃないっすか。例えば、朝パンを食べるか、ご飯を食べるか。足元のボールを拾うか、蹴るか、無視するか、とか、意識してなくてもほんのちょっとの事でも選んでるっす。生き物ってやつは」
「何となく言いたい事はわかります」
「分かって貰えて良かったっす。んで、その選択ってどれかを選んでるんすけど、こう、十本ある糸から一本引き抜くって感じじゃなく、十本の糸を選んだ一本を軸に撚り合わせてるってのが本来の形っすね」
「撚り合わせ⋯⋯」
「そうっす。選択しなかった他の糸もいらない糸じゃなく必要だった糸なんすよ」
「なるほど」
言われれば、妙に納得出来る。
複数の選択肢があるからこそ、ひとつを選べる。
つまり選択肢がひとつしかなければ選択のしようがないから、そこに『選択する』という行動は起きない、という事だ。
だから選ばれなかった物も必要な物だった、という事になる。
「選択肢の数も、選択する回数も内容も、それこそ千差万別っすけど、その選択の結果がその生き物の生死に大きく関わってくるって言うのは、全てにおいて共通の掟っすからね」
「掟か。あ、それであれはポイントに関係はあったりするのかい?」
「あー、どうっすかね、あんま関係無いかも知れないっす」
「そうなのか⋯⋯」
こうやって話してる間にも、映像は止まる事なく流れていく。
そしてポイントが少しずつ加算されていき、例の選択の糸も徐々に太く長くなって行った。
小学校に入学して、友達が出来て、あぁ、あんなに目を輝かせて野球をしていたのか。
勉強も頑張っていたな、うん、理科とか算数とか、答えがハッキリしているものが好きだったな。
「選択の糸は重要な選択であればあるほど、選択肢が細かくなるっす。つまり、太くなるんっすよ。そして、人との関わりが多くなればなるほど、深くなればなるほど太くなっていくっす。だから大人になると、色々と慎重になって、歳を取ればそれだけ糸を撚るのに時間が必要になって行くっす」
「逆に言うと重要な選択が少なくて、人との関わりも少なくて、浅い関係しか構築できていなければ選択の糸は細いって事?」
「大体そんな感じっす。ただ例外もあるっすよ。片山さんみたいに」
「私が例外、ですか?」
「そうっす」
「え、それって⋯⋯」
「まずは、最後まで見るっす。片山さんの人生」
「あ、はい」
小学校六年の夏、両親が離婚した。
そこから私の人生はガラリと変わった。
母親と暮らすことになった私は、転校し大好きだった野球を辞めた。
母の実家で暮らす事になったのだが、母は一週間もしないうちに置き手紙ひとつで居なくなった。
『拓美をよろしく』
たったの七文字。
しかも便箋なんかじゃない。
コンビニのレシートの裏に殴り書きされた、別れの七文字。
前日の夕飯前、着飾って出かける母を見たのが最後。
それ以降、母とは一度も会っていない。
ここに私の選択など無かった。
加えて、祖父母は懸命に私を育ててくれたが、大学に通えるほどの金銭的余裕はなく、また足腰が弱り始めたことから、私は高校を卒業して直ぐに働き、祖父母の介護と家の家事とゆっくり休む間も無かった。
その二人も四年前に相次いで他界し、住んでいた家は伯父の持ち物となり、私は家を追い出された。
そのまま働いていても良かったのかも知れない。
ただ、祖父も祖母も亡くなり、母の居場所は分からない。
父とも12歳以降、一度も連絡を取っていない。
父と母に、祖父と祖母に、そして伯父にと、人に流され生きるだけだった自分の人生を変えたいと思った。
だから、高校を卒業してから18年務めた介護施設を辞め、自分のことを知る人がいない街へと向かった。
同じ仕事を選んでも良かったのかもしれない。
けれど、どうせならと、ずっとやってみたかった仕事を選んだ。
惣菜屋の店員。
料理を作るのは好きで、何処か理科の実験に似ている。
上手く行けば嬉しいし、美味しいものが食べることが出来て、失敗したら何がダメだったのか分析して次に繋げる。
祖父母へ食事を作るのも苦ではなかったし、美味しいと言って貰えるのが何よりも喜びだった。
そうやって働き始めて四年が経とうとしていた。
給料は安く、たくさん貯金ができるような暮らしではなかったが、充実はしていたと思う。
夢は小さくても良いから自分の店を持つこと。
そのために貯金して、調理関係の勉強も頑張った。
「美味そうっすね」
「有難うございます」
働いている自分の姿をこうして見るのは、なんだか不思議な感じがする。
この時点でのポイントは、1,346ポイント。
何となくだけれど、少ないのかな、と思った。
惣菜屋も四年も働いていれば常連さんとは顔馴染みになるし、二、三言葉を交わす事もある。
大して内容がある会話でもなければ、相手の名前さえ知らない仲での会話だけれど、顔は知っている、少し話したことがある、たったそれだけの事でも心暖かになれる。
「私の選択の糸、長くなりましたね」
「そうっすね。前職の介護士もこの惣菜屋も沢山の人と関わる仕事っすから。関わりはそう深くは無いっすけど」
「なるほど。この太さや長さは一般の人と比べるとどうなんです?」
「ん〜、一般と言うか、同年齢の男性平均と比べると、だいぶ細いし短いっす」
「あ、そう、ですか」
「やっぱ、結婚して子供がいると選択の糸は太く長くなるっすよ。人の命を授かったり、一生を共にするっていう選択をしてるんで」
「あ、はい⋯⋯」
つまり独身で子供のいない、いや、魔法使いな私では太刀打ちできないという事ですか。
「あ、この先ちょっとショックかもしれないっすが、見て欲しいっす」
「へっ?」
あぁ、そうだ、思い出した。
二、三日に一度、500円を握りしめて、弟とお弁当を買いに来る四歳位の女の子。
髪の毛は伸びっぱなしで、服も綺麗とは言えない。
弟くんも同じで、身奇麗ではない。
一緒に働いているパートさんたちの話では、母親と弟と三人暮しで、母親は夜の仕事をしていて、弟の世話は彼女が殆どしているらしい。
半年くらい前に近くのアパートに越してきたらしいけど、その頃はまだ二人とも身奇麗だったと。
ああなったのは、三ヶ月前位だとも言っていた。
そして丁度その頃から、彼女は弟と一緒に弁当を買いに来るようになった。
『お金をくれるだけ、まだましなんだよ』
『そうそう。学校の給食だけで生きてるって子もいるらしいから』
『助けてあげたいけどね、なかなか難しくて』
『親の権利って奴さ。まぁ、義務を果たしていないのに何が権利だって話しだけどねぇ』
『私らにできるのは、惣菜とご飯の量を少しだけ多くしてあげる事ぐらいかね』
二人手を繋いで歩いて行く後ろ姿を見送りながら、パートさん達は話している。
私達はそれからも、少しだけご飯や惣菜を多めに盛ったお弁当を彼女に渡した。
時には新商品の試食という事で、追加で惣菜を渡したりもしていた。
あの日も彼女と弟は五百円玉を握りしめて弁当を買いに来た。
ただ何時もよりも、遅い時間だったので、その日の売れ残りの惣菜も弁当とは別にパックに入れて渡した。
初めは驚いた顔をしていたが、やがてにっこりと笑って二人で『ありがとうございます』と頭を下げて行った。
ふたりがいなくなったあと、そこに小さなポーチが落ちているのを見つけた。
中にはラミネート加工された写真が1枚と、住所と電話番号が書かれた紙が丁寧に折り畳まれて入っている。
写真には父親らしき人に抱かれた女の子と母親らしき人に抱かれた赤ん坊が、笑顔で写っていた。
私は店をパートさんにお願いして走った。
あの子にとって大切な物であろうこのポーチを返さなくては、と思って。
日々の運動不足が祟り、すぐに息切れを起こした私は、体力作りにマラソンでも始めるか、とか考えながら走った。
視界に道路を渡ろうとしている姉弟を捉え、声を掛けようとした瞬間、体が勝手に動いた。
青信号の横断歩道に足を踏み出した二人が、眩いヘッドライトに照らされる。
自分のどこにそんな瞬発力があったのだろうか、と思うほど早く私は二人の腕を引き歩道へと投げるように彼女たちをふっ飛ばした、自分の体を代償にして。
視界いっぱいに舞い散る、自分が作った惣菜。
右腹部に感じた、重い衝撃。
歩道に飛ばされた姉弟の何が起きたのか理解出来ていない顔。
そして、女の子の手元に落ちている小さいポーチ。
ものすごいスピードで宙を舞い、回転しながら落下する体、そしてそこに来る二度目の衝撃。
回転して落ちた先は車のボンネット、そしてフロントガラス越しに見えたあの顔は、12歳の時に別れてから初めて見る、年老いた自分の父親。
「あ、選択の糸が⋯⋯」
ボンネットの上から落ちた私の周りをぐるっと囲むようにして、首から外れた選択の糸落ちている。
そして、選択の糸の端、つまり首についていた側が少しずつ、太くなって?いる。
「丸くなっ⋯⋯た?」
円を描いたのではなく、首に付いていた端が丸く球体になったのだった。
「終点っす。人生の終わりって事っすね。因みに反対側の端は起点って呼ばれてるっす。起点も終点みたいに球体になってるっすよ。ただ、ちっさ過ぎて肉眼では見えないっすけど」
「へぇ」
「あと、選択の糸は、あ、来たっす」
彼がそう言うと現れたのは、大きい蜘蛛だった。覚めるような水色の体毛に背中?の部分に大きな五芒星が描かれている。
蜘蛛は選択の糸を器用にクルクルと丸くまとめると、それを持って行ってしまった。
「あれは?」
「蜘蛛っすね。色んな奴がいるっす。水色はレアキャラっすね。あとは、ポイントが、おっ結構いい感じっす。9,682ポイントっと」
タブレットに打ち込んで彼は笑った。
ん?九千?さっき見た時は1,400も無かったのに?
「じゃぁ、ポイントの使い道の説明をするっす」
そう言って彼は話し出した。
まず、ポイントとは何かと言う所だが、早い話がポイントはその人物に対する神々の『いいね』だそう。
私のポイントは姉弟を助けようと体を張った事、そして事故の相手が父親であった事が神々の興味を惹いたそうで、ポイント数が爆増したのだとか。
そして、そのポイントを使って色々できるということだった。
例えば現世での知り合いの事を知ることが出来る。
時間を問わず、過去、現在、未来、つまり自分が知り得なかった事もポイントで知ることが出来る。
ただ、ポイント数はそれなりにかかるけれど。
次に次の生(人間とは限らないので敢えて『生』とする)でのギフトの購入。
例えば人間なら、容姿や生まれる家庭環境、才能、場所、国、そして世界などを決めることが出来る。
またこのポイントは持ち越しが可能らしく、前の生で獲得したポイントも使える。
何だかゲームのようだ、と思ったのは私だけでは無いと思う。
まぁ、私の場合は無課金で暇な時間に少し遊ぶ程度だったけれど。
「では、片山さん、何か希望はあるっすか?」
「⋯⋯⋯⋯あの姉弟の、20年、いえ、30年後を見ることはできますか?」
「30年後っすね。そうなるとポイント数は、500ポイントになるっす。いっすか?」
「えぇ、お願いします」
初めに映し出されたのは、弟くんの様子。
結婚して、あぁ、子供もいる。
親子でキャッチボールをしている。
良かった。
そして次は、お姉ちゃんの様子。
場所は、海外かな?
あぁ、シェフになったのか。
忙しそうだけど、楽しそうだ。
うん、良かった。
「後は、どうするっすか?」
「⋯⋯次の生が何か知ることはできますか?」
「それはポイント必要ないっす。片山さんの次の生は⋯⋯森の人っすね」
「え、オランウータンですか?」
「あ、違うっす、エルフの方っすね」
「エルフ⋯⋯、はぁ」
「あれ?嬉しくないっすか?」
「いえ、嬉しいと思います。ただ実感が湧かないだけですね」
「そっすか。えーと、ポイント使って何かギフトつけるっすか?片山さんは⋯⋯今までの分も合わせると、合計107,568ポイントもあるっす。普通1万あれば良い方なんで、破格っすよ。で、どうするっす?」
「⋯⋯なら、生き物と会話できる能力ってありますか?」
「えーと、あ、あるっす。36,000ポイントになるっす」
「では、それを」
「後はいいっすか?」
「えぇ、後は自分で努力します」
「了解っす」
彼に挨拶をして、開けられた白い扉から出ると、少しずつ自分という形が崩れていくのがわかった。
記憶の一つ一つが、細胞の一つ一つが消えて行く。
そして私はまた起点に立つのだろう。
受けた生の終点に向けて歩き出すために。
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 長くなった〜( .ˬ.)"
20240813 up
机に突っ伏してキツく瞼を閉じる。
こんなはずじゃなかった⋯⋯、なんて、在り来りの言葉しか出てこない自分が嫌い。
何でだろう、いつもそうだ、こんなことばっかり、もう嫌だ。
「どうした?」
声をかけてきたのは、腐れ縁の男友達。
名前を飯田 友樹という。
中学、高校と同じクラスで、大学まで一緒。
ついでに借りたマンションの部屋も隣同士とか、なんの呪いだろう。
まぁ、そんなことはどうでも良くて。
「別れたんだって」
こちらは、神崎 結花。
私の友達で、大学で知り合って、バイト先も一緒で仲良くなった。
見た目は派手だけど、すごく真面目な良い子。
「今回も短かったな」
「1ヶ月⋯⋯経ってないね」
「呪われてるんじゃね?」
「有り得るね。お祓いに行こうよ、沙奈、ね?」
「う〜ん」
私、藤堂 沙奈、二ヶ月前に二十歳を迎えました。
大学に通いつつ、青春時代を謳歌する今が、一番楽しいはずの時期なのに。
「これで、大学入って五人目?」
「そうだな 、中学からだと九人目か。あと一人で十人、二桁突入だ。頑張れ藤堂!」
コイツ、面白がってる。
「沙奈、可愛いのに。何で何時も浮気されるのかなぁ?」
「⋯⋯さぁ、なんでだろうな。日頃の行いが悪いんじゃないか?」
私はがばりと顔を上げて友樹を睨む。
が、私に睨まれても友樹は涼しい顔をしたままで、向いの席に座ってお気に入りの『おしるこ』を飲んでいる。
夏でも冬でも何時もおしるこを飲む変人、友樹。
いや、世間一般的には『イケメン』らしい。
私は坊主頭の頃から見慣れているのでそうは思わなくて。
まぁ、顔が整っているのも、スタイルが良いのも認めはするけど。
話を戻して。
友樹が面白がるのも無理は無くて、私は昔から付き合った相手に浮気される。
一番初めは中二の時のひとつ上の先輩。
先輩の方から告白してきて、私は嫌いではなかったので付き合った。
付き合ったとは言っても、放課後に一緒に帰る程度で、⋯⋯手を繋いだりはしたかな。
ただ、付き合い初めて二ヶ月経った頃に夏休みに入って、すぐに先輩からの連絡が途絶え、新学期一日目に一方的に別れを告げられた。
何でも好きな人ができたとか。
いや、ちょっと待て、私の事好きって告白してきたのそっちだよね?
という、私の心のツッコミは言葉として口から出ることはなかった。
まぁ、自分は先輩を好きだった訳ではなく、付き合って欲しいと言われたから付き合っただけだったし、傷つくほど相手に関心もなかった。
それからずっと似たような感じで、相手から告白されて付き合って、相手に新しく好きな人が出来て別れる。
そんなことを繰り返している。
大学に入ってからは、合コンとかで出会いが増えて付き合う、別れるのサイクルが加速した。
けど、相変わらず別れる理由は相手に好きな人ができたり、浮気されたりで、本当に呪われているのかもしれないと思う。
最近は付き合う時に『上手くいかなくったっていい、コレはいい人に巡り会うための準備期間なんだ』と思うようにしていた。
そうしないと、何だか自分が欠陥人間のような気がして来るから。
でも⋯⋯。
「私、恋愛向いてないのかな⋯⋯」
なんて呟いてしまうくらいには、落ち込んでいたりするんだけど。
「どうすれば、相手を好きになれるのかなぁ⋯⋯?」
友樹、何『おしるこ』吹き出してるのよ。
結花もなんで目を丸くして、私を見てるの?
「沙奈はあの人のことが好きだから付き合ったんじゃないの?」
「ううん、違うよ。どうして?」
「⋯⋯あの、今まで付き合った人で好きだった人って言うか、こう、その人のこと考えると胸がキュンって締め付けられるとか、夜も眠れないとか、一緒にいるとドキドキするとか、そういう人は⋯⋯いた?」
しばし考える。
胸がキュン?⋯⋯ないな。
夜も眠れない?⋯⋯いえ、いつも快眠です。
一緒にいてドキドキ?⋯⋯記憶にございません。
「いない」
ちょっと友樹、何むせてんのよ。
結花は何で頭抱えているの?
「沙奈はさ、そんな相手とキスしたりしてたわけ?」
「キス?」
「そう、キスとか、場合によってはセッ⋯⋯とか」
「⋯⋯してないよ」
キスなんてしていない。
だって好きじゃないから。
その先なんてもちろんの事だ。
「マジで?」
コレは、友樹。
ってか、何であんたそんな前のめりになってんのよ。
「何よ、悪い?手繋いだり、腕組んだりはしたことあるけど」
ん?何で友樹がガッツポーズしてるの?
結花 、なんでそんな深いため息吐いてるの?
え?何?私、何か変なこと言った?
「沙奈、お祓いの前に縁結びの神社行こうか」
「へ?あ、うん」
「それから、今日から飯田くんと付き合いなさい」
「へっ?」
「恋愛とは何か、教えて貰いなさい。いいよね、飯田くん」
「⋯⋯しかたねぇな」
何で友樹の顔が赤くなってるの?
「いい、沙奈。まずは人を好きになるとはどういうことか、飯田くんを見て学びなさい。全ては、それからよ。わかった?」
よくは分からないけれど、結花の気迫に負けて頷いた。
取り敢えず、友樹を見ていればいいのよね?
友樹と結花は何やら二人でコソコソと話をしている。
⋯⋯何か二人、ちょっと近過ぎない?
「⋯⋯?」
何だか胃の当たりがモヤモヤする。
昨日何か食べ過ぎたかな?
藤堂 沙奈、二十歳。
人生記念すべき?十人目の彼氏は、腐れ縁の飯田 友樹についさっき決まりました。
これからは『上手くいかなくったっていい』何て思いながら誰かと付き合わなくていいように、頑張って恋愛を学びます!
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(´-ι_-`) 友樹頑張れ〜(o⚑'▽')o⚑*゚フレーフレー
曾祖父の代に起こした事業に成功し、以降、我が家は使用人を何人も抱えるほどの裕福な家で、それは今も変わらない。
私と兄は両親ではなく祖父母に育てられた。
礼儀作法に始まり、勉強、スポーツ、音楽とありとあらゆる事を叩き込まれた。
それこそ自由になる時間など少なく、両親と顔を合わせるのは食事の時くらい、という程に。
けれどそこには祖父母の愛情があった。
この先の人生で、私たちが恥をかくことがないよう、要らぬ苦労をすることがないようにと。
私と三つ年の離れた妹は、母に育てられた。
生まれて直ぐ兄や私を祖父母に取られたような形となった母は、妹は自分の手で育てると祖父母に直談判した。
父も母の希望に添い、母と共に祖父母に願い出たと言う。
祖父母は渋っていたが、子供を自分らの手で育てたいという父の願いを無下にはできず、妹のことに関しては口を出さない約束をしたのだそう。
妹とは両親同様、食事の時くらいしか顔を合わせることがなかった。
私も兄も勉強や習い事に忙しく、あまり家には居なかったから。
だからか、兄とは違い妹には家族の愛情のようなものを感じたことがなかった。
兄が16歳、私が14歳の時、祖父母によって許嫁が決められた。
兄の相手は祖父の友人の孫娘、兄と同い年の奏さんは優しく、綺麗で素敵な女性。
私の相手は父の知り合い、と言うか取引先の息子さんで泰広さん、私のひとつ年上の方。
所謂、政略結婚で、この時代に政略結婚なんて、と思われるかも知れないけれど私は別に構わなかった。
この家に生まれた時点でそういうものだと聞かされて育ってきたのだから。
寧ろ、泰広さんはモデルのようにスタイルも良く、とても格好良い方だったので内心良かったと思っていた。
「⋯⋯えっ?」
「だからぁ、泰広さんは私が貰うね。お姉ちゃん」
夕食時、事もなげにそう言った妹に私は言葉を失った。
貰う?どういう事?泰広さんは私の許嫁だけど?
祖父は4年前、祖母は3年前に亡くなった。
兄は大学卒業と同時に奏さんと結婚し、父が祖父から継いだ会社で働いている。
今は会社近くのマンションで奏さんと新婚生活を楽しんでいる。
私はと言うと、大学に進学し勉学に励んでいる。
来年大学を卒業したら泰広さんと結婚する予定だったのだけれども。
「そういうことなの。あちらも了承してくださったわ」
「泰広さん、お姉ちゃんより私の方が好きなんだって」
「当然でしょう、あなたの方が可愛いんだから」
「だから、来年、泰広さんと結婚するのは私なの。ゴメンねお姉ちゃん、私、お姉ちゃんより先に結婚しちゃうねぇ」
母と妹が、お気に入りの服を譲れとでも言うかのように話しているのに目眩がした。
特別、泰広さんに恋愛感情がある訳では無い。
泰広さんと妹が、そういう仲なのであれば、喜んで許嫁の座を渡すのだが、これは⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯わかりました」
私や兄と違い、両親によって、蝶よ花よと育てられた妹は我慢することを知らない人間に育った。
欲しいものがあればすぐに手に入れたいと、父や母におねだりをする。
そして父も母もそんな妹に甘い。
おかげで色々な物を妹に取られた。
祖母に貰ったビスクドール、祖父から贈られたネックレス、友人から誕生日に貰ったぬいぐるみは、気がついたら妹の部屋にあり、しばらく後にボロボロの状態で私の部屋に投げ入れられていた。
その時妹は『もう飽きたから要らない』と言った。
人の物を黙って取っていきながら、要らないとはどういうことなのか。
私はボロボロになったぬいぐるみを一晩かけて直した。
それからもお気に入りの服、靴、鞄と、気がつくと妹に取られている。
初めのうちは返すよう、妹に言ったが、いつも母が姉なんだから譲れと言う。
毎回毎回言われれば、こちらはもう言い返す気力さえなくなる。
だから、自分の好きな物ではなく、妹が好きにならない物を身に付けるようになった。
シンプルなデザインの可愛くもない無難な物だけを。
幼い頃、両親と手を繋いで歩く妹を見た時、羨ましいと思ったことがある。
私と兄は両親とあんな風に歩いた記憶がない。
食事の時もマナーを守らず、食べるものを選り好みし、自分の嫌いな物があれば使用人に文句を言う。
祖父母が何時も冷たい眼差しで妹ではなく父と母を見ていた理由が今ならわかる。
両親の子育ては『優しい虐待』だ。
社会に出て、子供が苦労することがないように、子供をきちんと躾る、その最低限の事ができていない。
これから苦労するのは、妹だ。
そして自分がそういう状態であるという事を彼女は気づけるだろうか。
まぁ、そんな妹に手を差し伸べるほど、私は妹に愛情を持っていないのだけれど。
食事を終え、私は部屋に戻り兄に連絡する。
泰広さんのこと、それから今後のことを相談するために。
取り敢えず、この家は出ようと思う。
一度でいいから、一人暮らしがしたかったし。
確か兄所有のマンションに空きが出たと言っていた気がする。
そうだ、結婚する必要が無くなるのなら、留学してみるのも悪くない。
世界を旅行して回るのもいいかもしれない。
キャンピングカーで日本一周というのも、いい経験になるだろう。
兄は少しの間私が、自由に生きるのを許してくれるだろうか。
ずっとでなくて構わないし、必要があれば政略結婚でも何でもする。
だからそれまでの少しの間だけでも、私は自由を満喫してみたいと思う。
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(´-ι_-`) 身が美しいのが『躾』
『こうなることは、最初から決まってた』
なんてことを言われて、腹が立たない者がいるのか?
『お前の努力は全て無駄だったんだよ』
そう、言われているのも同然の言葉を投げられて、はい、そうですか、って納得できるわけが無い。
部下たちを、臣民を目の前で殺されて、無駄な努力でしたね、だと?
ふざけるのもいい加減にしろ!
全くもって腹立たしい結末だ!
王よと傅かれ、国を民を頼むと、家族を恋人を頼むと、口にはされずともわかっていた。
自分はこの国を守るため、民を守るために存在する。
先王亡き後、先王の記憶を引継ぎ生まれてきた自分の存在意義は、この国の民を守ることだった。
我が国の民は見目があまり良くないが、人は良い奴ばかりだ。
まぁ、あまり考えていない、とも言えるのだがそこもまた良いところだろう。
ただこの見た目が、人間達には恐怖を与えるらしく、いつしかそれは敵意に変わった。
我等が何をせずとも奴らは攻めてくる、此方はそれに応戦するしかなく、結果、望まぬ戦争が始まり泥沼と化した。
日々失われていく民の命、そして子らの笑顔。
元より望んで始めた戦争ではない。
多大な犠牲を出してまで、続ける必要のある戦争だとは思えなかった。
故に我らはその地を捨て、大陸の西側、人間の住めない土地へ引きこもる事にした。
それから長い間、我々は平和な時を過した。
民は相変わらず見目は良くないし、あまり深く物事を考えることはしないが、よく笑うし、よく働く。
前の土地より広いこの地は、人の手が入っていない未開の地であった。
土地は痩せ細り、畑をするにも、牧畜をするにも向いていなかった。
我々は長い月日をかけて土地を開拓、改良し、街を畑を作り、国の礎を成した。
少しずつ発展していく街を見るたび、子らの笑顔が増えるたびに己の選択が過ちではなかったと実感する。
このまま平和な時間が続くと、そう、思っていたのだが。
「勇者?」
「はい。そう、名乗っているようです」
「そいつが何故、我が国に?目的は?」
「わかりません」
「⋯⋯追い返せ」
「畏まりました」
二度と人間と戦争はしたくなかった。
故に人間の領地と接する場所は、敢えて開拓していない。
荒涼とした大地や鬱蒼とした森をそのままにしてある。
そこには様々な魔物が巣喰っているため、そう簡単には我が国へ足を踏み入れることは出来ないはずなのだ。
だが、最も南に位置する街の近くに人間が現れたと連絡が来たのだった。
勇者の報告を聞いてひと月も経たないうちに、人間の軍隊が攻めてきた。
森の一部を焼き払い、軍隊が進めるよう整備していたらしい。
近くの街が攻められ、一人残らず殺されたと報告が入った。
そして、その報告はひとつではなく複数同時に入ってきた。
国境付近は常に警備させていた、それなのに何故奴らの動きを知ることが出来なかったのか。
その答えは、勇者と名乗った一行が城にまで入ってきた時に知ることとなった。
「幻術?」
「はっ。森を焼き払い道を作っている間、ずっと幻術を張っていたらしく、我々は気付けず。申し訳御座いません」
「待て、いくら幻術を使ったといっても、あの数だ。一箇所や二箇所の話ではない。少なくとも二十、いや三十近い場所全てに幻術を張っていたというのか?」
「はい。勇者一行の中に魔術に長けた者がいるらしく」
「⋯⋯そうか。お前たちは下がれ」
「陛下?」
「奴らの狙いは私なのだろう。お前達が無駄に命を散らす必要は無い」
「はははっ、カッコイイねぇ、魔王様」
王の間に、明るい男の声が響いた。
開け放たれたドアから入ってきたのは、まだ若い、人間の男。
右手に大層立派な剣を持ち、白と金の鎧を着込んでいる。
背に流れるマントは真紅、そして左手には、近衛の首があった。
「貴様⋯⋯」
「それと、俺達の狙いはあんただけど、王様たちの狙いはこの国だからさ、皆殺しって命令されてるんだ」
「何、だと?」
「ここって元々人が住めないような荒れた土地だったんでしょ?それが今じゃこんなに豊かだ」
「あっちの国は好き勝手し過ぎて、草一本生えないような土地ばっかりなのよ。だから豊かなこの土地が欲しいんですって」
「でも欲しいのは土地だけだ。お前らは必要ない」
次々と部屋に足を踏み入れた者達が発した言葉が私の理性を奪っていく。
自分たちの勝手で、我々に戦を仕掛け、自分たちの勝手で、土地を痩せさせ、また自分たちの勝手でこの土地と民の命をも奪うというのか。
「あー、別に怒ってもいいけど俺らに当たんないでね。俺ら関係ないから」
この状態で関係ないと言い切るのか。
人間達も身勝手ではあるが、お前たちも同類だ。
「じゃぁ、さっさと終わらせて帰ろうぜ」
「だな」
「了解」
「はーい」
そう、言い切ると奴らは動き出す。
部屋にいた者達をいとも簡単にあっさりと切りつけ、その命を狩っていく。
ひとりまたひとりと、膝をつき倒れ込みそのまま動かなくなる。
「やっべ、超弱いじゃん」
「キャハハ、逆逆、うちらが強いんだって」
手が、足が、体が、玉座に縫い付けられたように動かない。
次々と事切れていく臣下達の最後の姿が見開いたままの眼に映り込む。
声のひとつすらあげられず、ただ失われていく命を見ていることしかできず、何が王か。
「さてと、さ、残りはあんた一人だ、魔王様」
近付いてきた勇者が、剣に着いた血糊を振り払い切っ先を私の首元に向ける。
相変わらず体は動かず、声も出ない。
「無駄な抵抗はやめた方がいいよ、って言っても動けないか」
「ねぇ、早く終わらせて帰ろうよ。スイーツ食べたい」
「ほんと、早くハンバーガー喰いてぇ」
「俺、カレーがいい」
「いや、ここは寿司一択だろ⋯⋯じゃなくて。はぁ、さっさと終わらせるか。じゃぁな、魔王様」
指先一つ動かせず、声すら出せずに終わるのか。
「こうなることは、最初から決まってたんだよ。だから恨むなら俺達じゃなくて、神様を恨んでね」
首筋に感じた熱い痛み、回転する視界、目の前に広がる血溜まり。
勇者が何か喋っているようだが、もう私には聞こえなかった。
「という、記憶がある。よって、今度の私はこれを回避すべく、さっさと西へ移動し人間の土地との境界をガッチリ固めようと思う。皆、宜しく!」
「はっ!」
王の間にずらりと並んだ臣下達が一様に膝をつき、頭を垂れる。
これが上手くいくかどうかは分からないが、取り敢えずやれる事はやってやる。
神々の暇潰しに自分達の命をかけなければならないのならば、何度でも足掻いてみせる。
「三一回目のやり直し、今度は上手くいくかどうか⋯⋯」
なぜ記憶を引き継いでいるのか不明だが、使えるものは使わせていただく。
後で吠え面かくなよ、神々よ!
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(´-ι_-`) 魔王様、弱すぎてゴメン
(´-ι_-`) 書いてた途中で消えた⋯⋯神様ヒドイ(;´Д`)