真岡 入雲

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【お題:終点 20240810】

「お疲れしたぁ」

夢すらも見ない、深い深い眠りを叩き起されたような気がした。
意識は一生懸命状況を理解しようとしているのに、脳がそれを拒否してうるような、そんな感覚。
ぼうっとする頭とは対称的に、視界は驚くほどクリアで先程挨拶をくれた(多分、『彼』だと思うのだが、まぁ、彼ということにしよう)彼の日本人には無い、南国の海の色を連想させる瞳と、眩い光をキラキラと反射させている少し癖のあるプラチナブロンド、そして彫刻のように整った顔に視線が釘付けになった。

「片山さん、片山 拓美さーん、聞こえてっすかぁ?」

バリバリの西洋人顔の人物の口から出る、流暢な日本語、しかもウェイ系。
偏見だと言うのは重々承知なのだが、やはり違和感は拭えない。
取り敢えず彼の質問に対して私は、無言で頷く事で返事をした。

さて、問題はここが何処なのかという事だ。
まず、私の家で無いことは確かだ。
何故なら私の家は六畳ほどのワンルームマンションだったので、ここのようにだだっ広い部屋ではない。
それから、日本でもない、恐らくだが。
目の前の窓らしき物の向こう側に見える景色はグランドキャニオンだと記憶している。
因みに右手側の窓の向こう側は金色の稲穂が頭を垂れている一面の田園風景、その対面には中世ヨーロッパの古城が見える。

「まだちょっと喋るのは厳しいかもっすがぁ、そのうち喋れるようになるんで焦らないで大丈夫っす」

取り敢えず、また頷いておいた。
その様子を見て、金髪の彼は人好きのする顔でニカッと笑った。
彼は手元のタブレットに視線を移すと、二、三回タップして正面のグランドキャニオンが見えている窓を指さした。

「あっち見てて欲しいっす」

彼のその言葉に私はまた無言で頷いた。
彼は満足気に頷いて話し出した。

「これから片山さんの人生をダイジェストで見て行くっす。で、右上んとこに『0』ってあるっすよね?」

確かに彼の言うとおり、右上に0と表示されている。
言われるまで気が付かなかったのだが、初めからあったのか、さっき表示されたのかは定かではない。

「あれ、片山さんのポイントっす。あ、今0なのはまだ始めてないからっす。で、あのポイントの使い道なんすが⋯⋯、あー、はい、了解っす。スンマセン、ポイントの使い道はダイジェストを見た後で説明するっす」
「はぁ⋯⋯」
「あ、喋れるようになったっすね。気になる事があったら遠慮なく聞いてくれて良いっす。んじゃ、始めるっす」

彼がタブレットに触れると、辺りが一気に暗くなった。
そして、聞こえてくる心音。
何処か懐かしいような、苦しいようなそんな気分にさせられる。

『ほあぁ、ほあぁ、ほあぁ、ほあぁ』

赤ん坊はこの世に産まれ落ちると、大声で泣く。
母親の体内という、自分にとって最も安全で優しい場所から、訳の分からない世界に送り出された不満と恐怖を抱いて。

「はい、右上に注目っす。ポイントが1になったっす。普通⋯⋯、つまり欠損や先天性の疾患が無ければ、通常は1ポイントっす」
「欠損や先天性の疾患があった場合はどうなるんですか?」
「時と場合によるっすが、大抵は大幅にポイントが加算されるっすね。100から5000の間ぐらいで」
「え、そんなに?」
「そうっす。でも、加算が多い場合はすぐにここに来る事が多いっすけど」

つまりココは、死んだ人間が来る場所って事か。

「んじゃ、続き行くっす」

映し出される場面が変わっていく。
自分では覚えていない、赤ん坊の頃の出来事がまるで映画のように映し出される。
年若い父と母が、赤ん坊の私に向かって話しかける。
慌てて困ったような顔をして、二人顔を見合わせた次の瞬間に笑いあう、そんな両親の姿を私は覚えていない。
二人はいつも無表情で、時にはお互いがそこに居ないかのように無視を決め込んで、冷めた関係の父と母しか記憶が無い。
こんな幸せな時期があったのかもしれない、そんな事すら考える事もないほどに。

ふと、ポイントに目をやると、そこには15の表示があった。
今映し出されている私は、多分二歳くらいだと思う。
この状態でこのポイント数が、多いのか少ないのか私には判断がつかない。
映像は止まることなく流れ続け、私の知る両親の顔になった頃には、ポイントが100近くまで増えていた。
だが、それよりも気になることがある。

「すみません」
「はい、なんすか?」
「あの、あれは何でしょう?」

私が指さしたのは、細いロープのようなもの。
私の首の後ろ辺りからプラーンと垂れ下がっている。
髪の毛かとも思っていたのだが、少し違うようだ。

「あ、あれっすか。あれは糸っすね。糸が纏まったものなんで紐とかロープとか呼んだリもするんすけど」

うん、答えのようで答えじゃないような⋯⋯。

「えーと、その糸っていうのは?」
「あー、そっちっすね」

そっちと言うか、どっちもと言うか。

「俺達は選択の糸って呼んでるっすね。生きてると色んな場面で選択するじゃないっすか。例えば、朝パンを食べるか、ご飯を食べるか。足元のボールを拾うか、蹴るか、無視するか、とか、意識してなくてもほんのちょっとの事でも選んでるっす。生き物ってやつは」
「何となく言いたい事はわかります」
「分かって貰えて良かったっす。んで、その選択ってどれかを選んでるんすけど、こう、十本ある糸から一本引き抜くって感じじゃなく、十本の糸を選んだ一本を軸に撚り合わせてるってのが本来の形っすね」
「撚り合わせ⋯⋯」
「そうっす。選択しなかった他の糸もいらない糸じゃなく必要だった糸なんすよ」
「なるほど」

言われれば、妙に納得出来る。
複数の選択肢があるからこそ、ひとつを選べる。
つまり選択肢がひとつしかなければ選択のしようがないから、そこに『選択する』という行動は起きない、という事だ。
だから選ばれなかった物も必要な物だった、という事になる。

「選択肢の数も、選択する回数も内容も、それこそ千差万別っすけど、その選択の結果がその生き物の生死に大きく関わってくるって言うのは、全てにおいて共通の掟っすからね」
「掟か。あ、それであれはポイントに関係はあったりするのかい?」
「あー、どうっすかね、あんま関係無いかも知れないっす」
「そうなのか⋯⋯」

こうやって話してる間にも、映像は止まる事なく流れていく。
そしてポイントが少しずつ加算されていき、例の選択の糸も徐々に太く長くなって行った。
小学校に入学して、友達が出来て、あぁ、あんなに目を輝かせて野球をしていたのか。
勉強も頑張っていたな、うん、理科とか算数とか、答えがハッキリしているものが好きだったな。

「選択の糸は重要な選択であればあるほど、選択肢が細かくなるっす。つまり、太くなるんっすよ。そして、人との関わりが多くなればなるほど、深くなればなるほど太くなっていくっす。だから大人になると、色々と慎重になって、歳を取ればそれだけ糸を撚るのに時間が必要になって行くっす」
「逆に言うと重要な選択が少なくて、人との関わりも少なくて、浅い関係しか構築できていなければ選択の糸は細いって事?」
「大体そんな感じっす。ただ例外もあるっすよ。片山さんみたいに」
「私が例外、ですか?」
「そうっす」
「え、それって⋯⋯」
「まずは、最後まで見るっす。片山さんの人生」
「あ、はい」

小学校六年の夏、両親が離婚した。
そこから私の人生はガラリと変わった。
母親と暮らすことになった私は、転校し大好きだった野球を辞めた。
母の実家で暮らす事になったのだが、母は一週間もしないうちに置き手紙ひとつで居なくなった。

『拓美をよろしく』

たったの七文字。
しかも便箋なんかじゃない。
コンビニのレシートの裏に殴り書きされた、別れの七文字。
前日の夕飯前、着飾って出かける母を見たのが最後。
それ以降、母とは一度も会っていない。
ここに私の選択など無かった。
加えて、祖父母は懸命に私を育ててくれたが、大学に通えるほどの金銭的余裕はなく、また足腰が弱り始めたことから、私は高校を卒業して直ぐに働き、祖父母の介護と家の家事とゆっくり休む間も無かった。
その二人も四年前に相次いで他界し、住んでいた家は伯父の持ち物となり、私は家を追い出された。
そのまま働いていても良かったのかも知れない。
ただ、祖父も祖母も亡くなり、母の居場所は分からない。
父とも12歳以降、一度も連絡を取っていない。
父と母に、祖父と祖母に、そして伯父にと、人に流され生きるだけだった自分の人生を変えたいと思った。
だから、高校を卒業してから18年務めた介護施設を辞め、自分のことを知る人がいない街へと向かった。
同じ仕事を選んでも良かったのかもしれない。
けれど、どうせならと、ずっとやってみたかった仕事を選んだ。
惣菜屋の店員。
料理を作るのは好きで、何処か理科の実験に似ている。
上手く行けば嬉しいし、美味しいものが食べることが出来て、失敗したら何がダメだったのか分析して次に繋げる。
祖父母へ食事を作るのも苦ではなかったし、美味しいと言って貰えるのが何よりも喜びだった。
そうやって働き始めて四年が経とうとしていた。
給料は安く、たくさん貯金ができるような暮らしではなかったが、充実はしていたと思う。
夢は小さくても良いから自分の店を持つこと。
そのために貯金して、調理関係の勉強も頑張った。

「美味そうっすね」
「有難うございます」

働いている自分の姿をこうして見るのは、なんだか不思議な感じがする。
この時点でのポイントは、1,346ポイント。
何となくだけれど、少ないのかな、と思った。
惣菜屋も四年も働いていれば常連さんとは顔馴染みになるし、二、三言葉を交わす事もある。
大して内容がある会話でもなければ、相手の名前さえ知らない仲での会話だけれど、顔は知っている、少し話したことがある、たったそれだけの事でも心暖かになれる。

「私の選択の糸、長くなりましたね」
「そうっすね。前職の介護士もこの惣菜屋も沢山の人と関わる仕事っすから。関わりはそう深くは無いっすけど」
「なるほど。この太さや長さは一般の人と比べるとどうなんです?」
「ん〜、一般と言うか、同年齢の男性平均と比べると、だいぶ細いし短いっす」
「あ、そう、ですか」
「やっぱ、結婚して子供がいると選択の糸は太く長くなるっすよ。人の命を授かったり、一生を共にするっていう選択をしてるんで」
「あ、はい⋯⋯」

つまり独身で子供のいない、いや、魔法使いな私では太刀打ちできないという事ですか。

「あ、この先ちょっとショックかもしれないっすが、見て欲しいっす」
「へっ?」

あぁ、そうだ、思い出した。
二、三日に一度、500円を握りしめて、弟とお弁当を買いに来る四歳位の女の子。
髪の毛は伸びっぱなしで、服も綺麗とは言えない。
弟くんも同じで、身奇麗ではない。
一緒に働いているパートさんたちの話では、母親と弟と三人暮しで、母親は夜の仕事をしていて、弟の世話は彼女が殆どしているらしい。
半年くらい前に近くのアパートに越してきたらしいけど、その頃はまだ二人とも身奇麗だったと。
ああなったのは、三ヶ月前位だとも言っていた。
そして丁度その頃から、彼女は弟と一緒に弁当を買いに来るようになった。
『お金をくれるだけ、まだましなんだよ』
『そうそう。学校の給食だけで生きてるって子もいるらしいから』
『助けてあげたいけどね、なかなか難しくて』
『親の権利って奴さ。まぁ、義務を果たしていないのに何が権利だって話しだけどねぇ』
『私らにできるのは、惣菜とご飯の量を少しだけ多くしてあげる事ぐらいかね』
二人手を繋いで歩いて行く後ろ姿を見送りながら、パートさん達は話している。
私達はそれからも、少しだけご飯や惣菜を多めに盛ったお弁当を彼女に渡した。
時には新商品の試食という事で、追加で惣菜を渡したりもしていた。
あの日も彼女と弟は五百円玉を握りしめて弁当を買いに来た。
ただ何時もよりも、遅い時間だったので、その日の売れ残りの惣菜も弁当とは別にパックに入れて渡した。
初めは驚いた顔をしていたが、やがてにっこりと笑って二人で『ありがとうございます』と頭を下げて行った。
ふたりがいなくなったあと、そこに小さなポーチが落ちているのを見つけた。
中にはラミネート加工された写真が1枚と、住所と電話番号が書かれた紙が丁寧に折り畳まれて入っている。
写真には父親らしき人に抱かれた女の子と母親らしき人に抱かれた赤ん坊が、笑顔で写っていた。
私は店をパートさんにお願いして走った。
あの子にとって大切な物であろうこのポーチを返さなくては、と思って。
日々の運動不足が祟り、すぐに息切れを起こした私は、体力作りにマラソンでも始めるか、とか考えながら走った。
視界に道路を渡ろうとしている姉弟を捉え、声を掛けようとした瞬間、体が勝手に動いた。
青信号の横断歩道に足を踏み出した二人が、眩いヘッドライトに照らされる。
自分のどこにそんな瞬発力があったのだろうか、と思うほど早く私は二人の腕を引き歩道へと投げるように彼女たちをふっ飛ばした、自分の体を代償にして。
視界いっぱいに舞い散る、自分が作った惣菜。
右腹部に感じた、重い衝撃。
歩道に飛ばされた姉弟の何が起きたのか理解出来ていない顔。
そして、女の子の手元に落ちている小さいポーチ。
ものすごいスピードで宙を舞い、回転しながら落下する体、そしてそこに来る二度目の衝撃。
回転して落ちた先は車のボンネット、そしてフロントガラス越しに見えたあの顔は、12歳の時に別れてから初めて見る、年老いた自分の父親。

「あ、選択の糸が⋯⋯」

ボンネットの上から落ちた私の周りをぐるっと囲むようにして、首から外れた選択の糸落ちている。
そして、選択の糸の端、つまり首についていた側が少しずつ、太くなって?いる。

「丸くなっ⋯⋯た?」

円を描いたのではなく、首に付いていた端が丸く球体になったのだった。

「終点っす。人生の終わりって事っすね。因みに反対側の端は起点って呼ばれてるっす。起点も終点みたいに球体になってるっすよ。ただ、ちっさ過ぎて肉眼では見えないっすけど」
「へぇ」
「あと、選択の糸は、あ、来たっす」

彼がそう言うと現れたのは、大きい蜘蛛だった。覚めるような水色の体毛に背中?の部分に大きな五芒星が描かれている。
蜘蛛は選択の糸を器用にクルクルと丸くまとめると、それを持って行ってしまった。

「あれは?」
「蜘蛛っすね。色んな奴がいるっす。水色はレアキャラっすね。あとは、ポイントが、おっ結構いい感じっす。9,682ポイントっと」

タブレットに打ち込んで彼は笑った。
ん?九千?さっき見た時は1,400も無かったのに?

「じゃぁ、ポイントの使い道の説明をするっす」

そう言って彼は話し出した。
まず、ポイントとは何かと言う所だが、早い話がポイントはその人物に対する神々の『いいね』だそう。
私のポイントは姉弟を助けようと体を張った事、そして事故の相手が父親であった事が神々の興味を惹いたそうで、ポイント数が爆増したのだとか。
そして、そのポイントを使って色々できるということだった。
例えば現世での知り合いの事を知ることが出来る。
時間を問わず、過去、現在、未来、つまり自分が知り得なかった事もポイントで知ることが出来る。
ただ、ポイント数はそれなりにかかるけれど。
次に次の生(人間とは限らないので敢えて『生』とする)でのギフトの購入。
例えば人間なら、容姿や生まれる家庭環境、才能、場所、国、そして世界などを決めることが出来る。
またこのポイントは持ち越しが可能らしく、前の生で獲得したポイントも使える。
何だかゲームのようだ、と思ったのは私だけでは無いと思う。
まぁ、私の場合は無課金で暇な時間に少し遊ぶ程度だったけれど。

「では、片山さん、何か希望はあるっすか?」
「⋯⋯⋯⋯あの姉弟の、20年、いえ、30年後を見ることはできますか?」
「30年後っすね。そうなるとポイント数は、500ポイントになるっす。いっすか?」
「えぇ、お願いします」

初めに映し出されたのは、弟くんの様子。
結婚して、あぁ、子供もいる。
親子でキャッチボールをしている。
良かった。
そして次は、お姉ちゃんの様子。
場所は、海外かな?
あぁ、シェフになったのか。
忙しそうだけど、楽しそうだ。
うん、良かった。

「後は、どうするっすか?」
「⋯⋯次の生が何か知ることはできますか?」
「それはポイント必要ないっす。片山さんの次の生は⋯⋯森の人っすね」
「え、オランウータンですか?」
「あ、違うっす、エルフの方っすね」
「エルフ⋯⋯、はぁ」
「あれ?嬉しくないっすか?」
「いえ、嬉しいと思います。ただ実感が湧かないだけですね」
「そっすか。えーと、ポイント使って何かギフトつけるっすか?片山さんは⋯⋯今までの分も合わせると、合計107,568ポイントもあるっす。普通1万あれば良い方なんで、破格っすよ。で、どうするっす?」
「⋯⋯なら、生き物と会話できる能力ってありますか?」
「えーと、あ、あるっす。36,000ポイントになるっす」
「では、それを」
「後はいいっすか?」
「えぇ、後は自分で努力します」
「了解っす」

彼に挨拶をして、開けられた白い扉から出ると、少しずつ自分という形が崩れていくのがわかった。
記憶の一つ一つが、細胞の一つ一つが消えて行く。
そして私はまた起点に立つのだろう。
受けた生の終点に向けて歩き出すために。


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(´-ι_-`) 長くなった〜( .ˬ.)"
20240813 up

8/10/2024, 9:35:57 PM