机に突っ伏してキツく瞼を閉じる。
こんなはずじゃなかった⋯⋯、なんて、在り来りの言葉しか出てこない自分が嫌い。
何でだろう、いつもそうだ、こんなことばっかり、もう嫌だ。
「どうした?」
声をかけてきたのは、腐れ縁の男友達。
名前を飯田 友樹という。
中学、高校と同じクラスで、大学まで一緒。
ついでに借りたマンションの部屋も隣同士とか、なんの呪いだろう。
まぁ、そんなことはどうでも良くて。
「別れたんだって」
こちらは、神崎 結花。
私の友達で、大学で知り合って、バイト先も一緒で仲良くなった。
見た目は派手だけど、すごく真面目な良い子。
「今回も短かったな」
「1ヶ月⋯⋯経ってないね」
「呪われてるんじゃね?」
「有り得るね。お祓いに行こうよ、沙奈、ね?」
「う〜ん」
私、藤堂 沙奈、二ヶ月前に二十歳を迎えました。
大学に通いつつ、青春時代を謳歌する今が、一番楽しいはずの時期なのに。
「これで、大学入って五人目?」
「そうだな 、中学からだと九人目か。あと一人で十人、二桁突入だ。頑張れ藤堂!」
コイツ、面白がってる。
「沙奈、可愛いのに。何で何時も浮気されるのかなぁ?」
「⋯⋯さぁ、なんでだろうな。日頃の行いが悪いんじゃないか?」
私はがばりと顔を上げて友樹を睨む。
が、私に睨まれても友樹は涼しい顔をしたままで、向いの席に座ってお気に入りの『おしるこ』を飲んでいる。
夏でも冬でも何時もおしるこを飲む変人、友樹。
いや、世間一般的には『イケメン』らしい。
私は坊主頭の頃から見慣れているのでそうは思わなくて。
まぁ、顔が整っているのも、スタイルが良いのも認めはするけど。
話を戻して。
友樹が面白がるのも無理は無くて、私は昔から付き合った相手に浮気される。
一番初めは中二の時のひとつ上の先輩。
先輩の方から告白してきて、私は嫌いではなかったので付き合った。
付き合ったとは言っても、放課後に一緒に帰る程度で、⋯⋯手を繋いだりはしたかな。
ただ、付き合い初めて二ヶ月経った頃に夏休みに入って、すぐに先輩からの連絡が途絶え、新学期一日目に一方的に別れを告げられた。
何でも好きな人ができたとか。
いや、ちょっと待て、私の事好きって告白してきたのそっちだよね?
という、私の心のツッコミは言葉として口から出ることはなかった。
まぁ、自分は先輩を好きだった訳ではなく、付き合って欲しいと言われたから付き合っただけだったし、傷つくほど相手に関心もなかった。
それからずっと似たような感じで、相手から告白されて付き合って、相手に新しく好きな人が出来て別れる。
そんなことを繰り返している。
大学に入ってからは、合コンとかで出会いが増えて付き合う、別れるのサイクルが加速した。
けど、相変わらず別れる理由は相手に好きな人ができたり、浮気されたりで、本当に呪われているのかもしれないと思う。
最近は付き合う時に『上手くいかなくったっていい、コレはいい人に巡り会うための準備期間なんだ』と思うようにしていた。
そうしないと、何だか自分が欠陥人間のような気がして来るから。
でも⋯⋯。
「私、恋愛向いてないのかな⋯⋯」
なんて呟いてしまうくらいには、落ち込んでいたりするんだけど。
「どうすれば、相手を好きになれるのかなぁ⋯⋯?」
友樹、何『おしるこ』吹き出してるのよ。
結花もなんで目を丸くして、私を見てるの?
「沙奈はあの人のことが好きだから付き合ったんじゃないの?」
「ううん、違うよ。どうして?」
「⋯⋯あの、今まで付き合った人で好きだった人って言うか、こう、その人のこと考えると胸がキュンって締め付けられるとか、夜も眠れないとか、一緒にいるとドキドキするとか、そういう人は⋯⋯いた?」
しばし考える。
胸がキュン?⋯⋯ないな。
夜も眠れない?⋯⋯いえ、いつも快眠です。
一緒にいてドキドキ?⋯⋯記憶にございません。
「いない」
ちょっと友樹、何むせてんのよ。
結花は何で頭抱えているの?
「沙奈はさ、そんな相手とキスしたりしてたわけ?」
「キス?」
「そう、キスとか、場合によってはセッ⋯⋯とか」
「⋯⋯してないよ」
キスなんてしていない。
だって好きじゃないから。
その先なんてもちろんの事だ。
「マジで?」
コレは、友樹。
ってか、何であんたそんな前のめりになってんのよ。
「何よ、悪い?手繋いだり、腕組んだりはしたことあるけど」
ん?何で友樹がガッツポーズしてるの?
結花 、なんでそんな深いため息吐いてるの?
え?何?私、何か変なこと言った?
「沙奈、お祓いの前に縁結びの神社行こうか」
「へ?あ、うん」
「それから、今日から飯田くんと付き合いなさい」
「へっ?」
「恋愛とは何か、教えて貰いなさい。いいよね、飯田くん」
「⋯⋯しかたねぇな」
何で友樹の顔が赤くなってるの?
「いい、沙奈。まずは人を好きになるとはどういうことか、飯田くんを見て学びなさい。全ては、それからよ。わかった?」
よくは分からないけれど、結花の気迫に負けて頷いた。
取り敢えず、友樹を見ていればいいのよね?
友樹と結花は何やら二人でコソコソと話をしている。
⋯⋯何か二人、ちょっと近過ぎない?
「⋯⋯?」
何だか胃の当たりがモヤモヤする。
昨日何か食べ過ぎたかな?
藤堂 沙奈、二十歳。
人生記念すべき?十人目の彼氏は、腐れ縁の飯田 友樹についさっき決まりました。
これからは『上手くいかなくったっていい』何て思いながら誰かと付き合わなくていいように、頑張って恋愛を学びます!
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(´-ι_-`) 友樹頑張れ〜(o⚑'▽')o⚑*゚フレーフレー
曾祖父の代に起こした事業に成功し、以降、我が家は使用人を何人も抱えるほどの裕福な家で、それは今も変わらない。
私と兄は両親ではなく祖父母に育てられた。
礼儀作法に始まり、勉強、スポーツ、音楽とありとあらゆる事を叩き込まれた。
それこそ自由になる時間など少なく、両親と顔を合わせるのは食事の時くらい、という程に。
けれどそこには祖父母の愛情があった。
この先の人生で、私たちが恥をかくことがないよう、要らぬ苦労をすることがないようにと。
私と三つ年の離れた妹は、母に育てられた。
生まれて直ぐ兄や私を祖父母に取られたような形となった母は、妹は自分の手で育てると祖父母に直談判した。
父も母の希望に添い、母と共に祖父母に願い出たと言う。
祖父母は渋っていたが、子供を自分らの手で育てたいという父の願いを無下にはできず、妹のことに関しては口を出さない約束をしたのだそう。
妹とは両親同様、食事の時くらいしか顔を合わせることがなかった。
私も兄も勉強や習い事に忙しく、あまり家には居なかったから。
だからか、兄とは違い妹には家族の愛情のようなものを感じたことがなかった。
兄が16歳、私が14歳の時、祖父母によって許嫁が決められた。
兄の相手は祖父の友人の孫娘、兄と同い年の奏さんは優しく、綺麗で素敵な女性。
私の相手は父の知り合い、と言うか取引先の息子さんで泰広さん、私のひとつ年上の方。
所謂、政略結婚で、この時代に政略結婚なんて、と思われるかも知れないけれど私は別に構わなかった。
この家に生まれた時点でそういうものだと聞かされて育ってきたのだから。
寧ろ、泰広さんはモデルのようにスタイルも良く、とても格好良い方だったので内心良かったと思っていた。
「⋯⋯えっ?」
「だからぁ、泰広さんは私が貰うね。お姉ちゃん」
夕食時、事もなげにそう言った妹に私は言葉を失った。
貰う?どういう事?泰広さんは私の許嫁だけど?
祖父は4年前、祖母は3年前に亡くなった。
兄は大学卒業と同時に奏さんと結婚し、父が祖父から継いだ会社で働いている。
今は会社近くのマンションで奏さんと新婚生活を楽しんでいる。
私はと言うと、大学に進学し勉学に励んでいる。
来年大学を卒業したら泰広さんと結婚する予定だったのだけれども。
「そういうことなの。あちらも了承してくださったわ」
「泰広さん、お姉ちゃんより私の方が好きなんだって」
「当然でしょう、あなたの方が可愛いんだから」
「だから、来年、泰広さんと結婚するのは私なの。ゴメンねお姉ちゃん、私、お姉ちゃんより先に結婚しちゃうねぇ」
母と妹が、お気に入りの服を譲れとでも言うかのように話しているのに目眩がした。
特別、泰広さんに恋愛感情がある訳では無い。
泰広さんと妹が、そういう仲なのであれば、喜んで許嫁の座を渡すのだが、これは⋯⋯。
「⋯⋯⋯⋯わかりました」
私や兄と違い、両親によって、蝶よ花よと育てられた妹は我慢することを知らない人間に育った。
欲しいものがあればすぐに手に入れたいと、父や母におねだりをする。
そして父も母もそんな妹に甘い。
おかげで色々な物を妹に取られた。
祖母に貰ったビスクドール、祖父から贈られたネックレス、友人から誕生日に貰ったぬいぐるみは、気がついたら妹の部屋にあり、しばらく後にボロボロの状態で私の部屋に投げ入れられていた。
その時妹は『もう飽きたから要らない』と言った。
人の物を黙って取っていきながら、要らないとはどういうことなのか。
私はボロボロになったぬいぐるみを一晩かけて直した。
それからもお気に入りの服、靴、鞄と、気がつくと妹に取られている。
初めのうちは返すよう、妹に言ったが、いつも母が姉なんだから譲れと言う。
毎回毎回言われれば、こちらはもう言い返す気力さえなくなる。
だから、自分の好きな物ではなく、妹が好きにならない物を身に付けるようになった。
シンプルなデザインの可愛くもない無難な物だけを。
幼い頃、両親と手を繋いで歩く妹を見た時、羨ましいと思ったことがある。
私と兄は両親とあんな風に歩いた記憶がない。
食事の時もマナーを守らず、食べるものを選り好みし、自分の嫌いな物があれば使用人に文句を言う。
祖父母が何時も冷たい眼差しで妹ではなく父と母を見ていた理由が今ならわかる。
両親の子育ては『優しい虐待』だ。
社会に出て、子供が苦労することがないように、子供をきちんと躾る、その最低限の事ができていない。
これから苦労するのは、妹だ。
そして自分がそういう状態であるという事を彼女は気づけるだろうか。
まぁ、そんな妹に手を差し伸べるほど、私は妹に愛情を持っていないのだけれど。
食事を終え、私は部屋に戻り兄に連絡する。
泰広さんのこと、それから今後のことを相談するために。
取り敢えず、この家は出ようと思う。
一度でいいから、一人暮らしがしたかったし。
確か兄所有のマンションに空きが出たと言っていた気がする。
そうだ、結婚する必要が無くなるのなら、留学してみるのも悪くない。
世界を旅行して回るのもいいかもしれない。
キャンピングカーで日本一周というのも、いい経験になるだろう。
兄は少しの間私が、自由に生きるのを許してくれるだろうか。
ずっとでなくて構わないし、必要があれば政略結婚でも何でもする。
だからそれまでの少しの間だけでも、私は自由を満喫してみたいと思う。
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(´-ι_-`) 身が美しいのが『躾』
『こうなることは、最初から決まってた』
なんてことを言われて、腹が立たない者がいるのか?
『お前の努力は全て無駄だったんだよ』
そう、言われているのも同然の言葉を投げられて、はい、そうですか、って納得できるわけが無い。
部下たちを、臣民を目の前で殺されて、無駄な努力でしたね、だと?
ふざけるのもいい加減にしろ!
全くもって腹立たしい結末だ!
王よと傅かれ、国を民を頼むと、家族を恋人を頼むと、口にはされずともわかっていた。
自分はこの国を守るため、民を守るために存在する。
先王亡き後、先王の記憶を引継ぎ生まれてきた自分の存在意義は、この国の民を守ることだった。
我が国の民は見目があまり良くないが、人は良い奴ばかりだ。
まぁ、あまり考えていない、とも言えるのだがそこもまた良いところだろう。
ただこの見た目が、人間達には恐怖を与えるらしく、いつしかそれは敵意に変わった。
我等が何をせずとも奴らは攻めてくる、此方はそれに応戦するしかなく、結果、望まぬ戦争が始まり泥沼と化した。
日々失われていく民の命、そして子らの笑顔。
元より望んで始めた戦争ではない。
多大な犠牲を出してまで、続ける必要のある戦争だとは思えなかった。
故に我らはその地を捨て、大陸の西側、人間の住めない土地へ引きこもる事にした。
それから長い間、我々は平和な時を過した。
民は相変わらず見目は良くないし、あまり深く物事を考えることはしないが、よく笑うし、よく働く。
前の土地より広いこの地は、人の手が入っていない未開の地であった。
土地は痩せ細り、畑をするにも、牧畜をするにも向いていなかった。
我々は長い月日をかけて土地を開拓、改良し、街を畑を作り、国の礎を成した。
少しずつ発展していく街を見るたび、子らの笑顔が増えるたびに己の選択が過ちではなかったと実感する。
このまま平和な時間が続くと、そう、思っていたのだが。
「勇者?」
「はい。そう、名乗っているようです」
「そいつが何故、我が国に?目的は?」
「わかりません」
「⋯⋯追い返せ」
「畏まりました」
二度と人間と戦争はしたくなかった。
故に人間の領地と接する場所は、敢えて開拓していない。
荒涼とした大地や鬱蒼とした森をそのままにしてある。
そこには様々な魔物が巣喰っているため、そう簡単には我が国へ足を踏み入れることは出来ないはずなのだ。
だが、最も南に位置する街の近くに人間が現れたと連絡が来たのだった。
勇者の報告を聞いてひと月も経たないうちに、人間の軍隊が攻めてきた。
森の一部を焼き払い、軍隊が進めるよう整備していたらしい。
近くの街が攻められ、一人残らず殺されたと報告が入った。
そして、その報告はひとつではなく複数同時に入ってきた。
国境付近は常に警備させていた、それなのに何故奴らの動きを知ることが出来なかったのか。
その答えは、勇者と名乗った一行が城にまで入ってきた時に知ることとなった。
「幻術?」
「はっ。森を焼き払い道を作っている間、ずっと幻術を張っていたらしく、我々は気付けず。申し訳御座いません」
「待て、いくら幻術を使ったといっても、あの数だ。一箇所や二箇所の話ではない。少なくとも二十、いや三十近い場所全てに幻術を張っていたというのか?」
「はい。勇者一行の中に魔術に長けた者がいるらしく」
「⋯⋯そうか。お前たちは下がれ」
「陛下?」
「奴らの狙いは私なのだろう。お前達が無駄に命を散らす必要は無い」
「はははっ、カッコイイねぇ、魔王様」
王の間に、明るい男の声が響いた。
開け放たれたドアから入ってきたのは、まだ若い、人間の男。
右手に大層立派な剣を持ち、白と金の鎧を着込んでいる。
背に流れるマントは真紅、そして左手には、近衛の首があった。
「貴様⋯⋯」
「それと、俺達の狙いはあんただけど、王様たちの狙いはこの国だからさ、皆殺しって命令されてるんだ」
「何、だと?」
「ここって元々人が住めないような荒れた土地だったんでしょ?それが今じゃこんなに豊かだ」
「あっちの国は好き勝手し過ぎて、草一本生えないような土地ばっかりなのよ。だから豊かなこの土地が欲しいんですって」
「でも欲しいのは土地だけだ。お前らは必要ない」
次々と部屋に足を踏み入れた者達が発した言葉が私の理性を奪っていく。
自分たちの勝手で、我々に戦を仕掛け、自分たちの勝手で、土地を痩せさせ、また自分たちの勝手でこの土地と民の命をも奪うというのか。
「あー、別に怒ってもいいけど俺らに当たんないでね。俺ら関係ないから」
この状態で関係ないと言い切るのか。
人間達も身勝手ではあるが、お前たちも同類だ。
「じゃぁ、さっさと終わらせて帰ろうぜ」
「だな」
「了解」
「はーい」
そう、言い切ると奴らは動き出す。
部屋にいた者達をいとも簡単にあっさりと切りつけ、その命を狩っていく。
ひとりまたひとりと、膝をつき倒れ込みそのまま動かなくなる。
「やっべ、超弱いじゃん」
「キャハハ、逆逆、うちらが強いんだって」
手が、足が、体が、玉座に縫い付けられたように動かない。
次々と事切れていく臣下達の最後の姿が見開いたままの眼に映り込む。
声のひとつすらあげられず、ただ失われていく命を見ていることしかできず、何が王か。
「さてと、さ、残りはあんた一人だ、魔王様」
近付いてきた勇者が、剣に着いた血糊を振り払い切っ先を私の首元に向ける。
相変わらず体は動かず、声も出ない。
「無駄な抵抗はやめた方がいいよ、って言っても動けないか」
「ねぇ、早く終わらせて帰ろうよ。スイーツ食べたい」
「ほんと、早くハンバーガー喰いてぇ」
「俺、カレーがいい」
「いや、ここは寿司一択だろ⋯⋯じゃなくて。はぁ、さっさと終わらせるか。じゃぁな、魔王様」
指先一つ動かせず、声すら出せずに終わるのか。
「こうなることは、最初から決まってたんだよ。だから恨むなら俺達じゃなくて、神様を恨んでね」
首筋に感じた熱い痛み、回転する視界、目の前に広がる血溜まり。
勇者が何か喋っているようだが、もう私には聞こえなかった。
「という、記憶がある。よって、今度の私はこれを回避すべく、さっさと西へ移動し人間の土地との境界をガッチリ固めようと思う。皆、宜しく!」
「はっ!」
王の間にずらりと並んだ臣下達が一様に膝をつき、頭を垂れる。
これが上手くいくかどうかは分からないが、取り敢えずやれる事はやってやる。
神々の暇潰しに自分達の命をかけなければならないのならば、何度でも足掻いてみせる。
「三一回目のやり直し、今度は上手くいくかどうか⋯⋯」
なぜ記憶を引き継いでいるのか不明だが、使えるものは使わせていただく。
後で吠え面かくなよ、神々よ!
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 魔王様、弱すぎてゴメン
(´-ι_-`) 書いてた途中で消えた⋯⋯神様ヒドイ(;´Д`)
ジリジリと肌を焼かれる感覚
顳かみから滝のように流れる汗
屈んだままの膝は痛く
足もそろそろ痺れてきた
「何で、今やらなきゃいけないの?」
その問いに答えてくれる人はいない
ただ生ぬるい風が吹き抜けていくだけ
「暑いよぅ」
口にすれば余計に暑く
己で発した言葉に後悔する
一週間残業をしてやっとの事で休みをもぎ取った。
実家に着いたのが二時間前で、着いたそうそう着替えを渡され、麦わら帽子と軍手と鎌と虫除けスプレー
そしてタオルと凍ったペットボトルと一緒に、ここ、一族のお墓に連行された。
「クソ兄貴!」
車で私を置き去りにした人物に悪態をつく。
明日の墓参り前に綺麗にしておかないといけないって、それはわかる。
けど、何で私が?
私、さっき帰ってきたばっかりなんですけど?
ってか
「暑ーい」
田舎の墓ってやつは無駄に広く山の中にある。
かく言う我が家の墓もご多分にもれず広い。
虫に食われるので長袖長ズボン長靴の完全防御で、草が生え放題の墓と格闘すること一時間。
渡されたペットボトルは半分以上が空だ。
「ったく、お兄ちゃんがきちんと草むしりしてれば、こんなに草ぼうぼうにならなかったはずじゃんか」
昨年までは母親が定期的に草むしりをしていたらしい。
が、この春父の転勤で一緒に海の向こうへ飛んで行ってしまった。
ちょいちょい送られてくるLINEを見る限り、随分と楽しくやっているようで良かったけれど。
とりあえず、とっとと終わらせて家で涼みたい。
草を抜いて、刈って移動して、時折大きな蜘蛛や、名前の知らない虫と格闘して、ペットボトルの水が無くなった頃に草刈りも終了した。
「あぁぁぁ、終わったぁ」
あとは墓石を綺麗にして⋯⋯。
「バケツが無い!水も無い!」
キョロキョロと辺りを見回して、少し離れた所に水道の蛇口とバケツらしきものを発見。
仕方がないが歩いて向かう。
相変わらず汗は滝のように出てくる。
首周りも背中もウエストも汗でびちょびちょだ。
このままでは倒れるかもしれない。
「はぁ、気持ちいい」
バケツに溜めた水に手を浸し、タオルも一緒に濡らす。
さて、あと少しだ、頑張れ私!
たっぷりと水を汲んだバケツを汗だくになりながら運び、浸したタオルで墓石に水をかける。
「あっつい!」
黒い墓石は太陽の熱を含んで、卵が焼けそうなくらいに熱い。
タオルで拭いた傍から、水があっという間に蒸発していく。
でも、私に残された体力は少ない。
手を止めることなく墓石を拭きあげ、残ったバケツの水を墓石の上からかけて全ての作業は終了した。
「おわった⋯⋯」
早く涼みたいし、シャワーを浴びたい。
私をここに置き去りにした人物に連絡をすべくスマホを⋯⋯。
「うそでしょう⋯⋯」
着替えた時にスマホを持ってくるのを忘れた。
ポケットを叩いても、服をパタパタさせてもスマホは出てこない。
しょんぼりと肩を落として、空になったペットボトルに飲めない水を入れ、濡らしたタオルを首に巻いて、徒歩三十分の実家を目指す。
ジリジリと肌を焼く太陽を背負って、緩やかな下りの道をひとり歩く。
願わくば、気を利かせたクソ兄貴が迎えに来てくれますように。
━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 毎日暑いデスネー
【お題:鐘の音 20240805】
都にも、街にも、村にも、人の住む場所には必ず鐘楼がある。
鐘楼には鐘の魔具が設えられており、日に二度奏でられる鐘の音が、魔物から人々の生活と命を護る。
特殊な力を宿した道具を魔具と言い、魔具を作る者を魔具師と呼ぶ。
魔具師は誰でもなれるわけではなく、己の魔力を他へ移すことが出来る者のみがなれる職業である。
そして、彼の祖父もまた魔具師であった。
「そろそろだな」
彼はすくりと立ち上がると、部屋の奥の扉を開けた。
人ひとりが通れるほどのドアを潜ると、両の手を伸ばせば壁につくほどの狭い空間に出る。
そこに設えられた、木の梯子に手を掛け彼は躊躇無く登り始める。
建物の高さにして五階分以上、部屋自体も地上四階に位置しているため、上まで登ればその高さは目も眩むほどだ。
最後の段を登り、彼は目を細める。
東側の山の稜線が薄っすらと色付き始めている。
藍色の空が次第に明るくなり、朱色に染まりだす。
じきに太陽が顔を出し、この断崖にへばりつく様にしてできた小さな村にもその光の恩恵をもたらすのだろう。
村の北側、背後に絶壁を背負うような形でこの村の鐘楼は建っている。
東側は北側から続く急峻な山、西も同じく山ではあるがこちらはなだらかな斜面で、柑橘の木が植えられている。
そして目の前、南側には数件の古びた建物と、目が覚めるほど青い色をした海が広がっている。
「今日も平和な一日でありますように」
別に決まりという訳では無いが、彼は毎日そう口にしてから鐘を鳴らす。
一際大きな鐘を三回、小さい鐘と中くらいの鐘を交互に四回、大きい鐘、小さい鐘、大きい鐘中くらいの鐘、と複雑に組合せて独特の音色を響かせる。
鐘の音は背後の絶壁に反響し、遠くの東の山にぶつかって戻ってくる。
この鐘の音が聞こえる範囲が鐘の魔具の有効範囲。
鐘の音が澄んで聞こえればそれだけ魔具の効果は高い。
大きな都市などは大鐘楼を中心として複数の鐘楼を配置し、大鐘楼の鐘の音に合わせ他の鐘楼も鐘を鳴らすことで範囲を広げ、効果を高めていると聞く。
最後に大きな鐘を鳴らし、その音が大気に溶け込み消えるまで彼は目を閉じていた。
彼の家はその昔、この地を収める領主の一族だった。
優秀な兄の元、兄を支え共に領地の民に平和と繁栄をと身を粉にして働いていた。
だが、狡猾な臣下に騙され兄を罠にはめる形となってしまった彼の先祖は自ら兄に申し出て、領地の最果てのこの地に居を移した。
かつて良質な宝石が採掘された東の山の管理という名目で。
既に石は枯れ、猫の額ほどの土地では自分達が食べるものを作るので精一杯。
目の前の海には高い断崖を下って行くしか方法がなく、また海に出たとしても大型の魔物が生息しているため漁に出ることも難しい。
そんな誰からみてもなんの旨味もない、寧ろあるだけ管理に手間がかかるような土地に彼は今、ひとりで住んでいる。
三年前、流行病で相次いで両親を亡くし、魔具師であり、彼の師匠である祖父も前の冬に老衰で旅立った。
彼に兄弟はなく、一族の者も皆死に絶えた。
彼が最後のひとりなのだった。
「さて、食糧の買い出しに行かないと」
無駄に広い屋敷は、ここに移り住んだ際に領主である兄が建ててくれた物だと聞いている。
事実、屋敷の造りは古く200年ほど前の建築様式だ。
ただ、この屋敷がほぼ当時のまま保たれているのは、屋敷の至る所にある魔具のおかげだ。
劣化することも汚れることも無く、破損しても時間が経てば元の状態に戻るようになっている。
そしてその魔具の多くは初代の手で作り出されたもので、鐘楼の大きい鐘も初代が作ったものだった。
彼は部屋に戻りマントを羽織る。
深い緑色のマントは父が使っていた物だ。
因みに家具や服、小物等も魔具のおかげか劣化することがない。
ただし、食べ物や飲み物等はその範囲では無いようで、普通に悪くなる。
目下、彼の目標は食べ物や飲み物の劣化を防ぐ、若しくは遅らせる魔具の作成だ。
「おっと、薬草薬草っと」
山で採取した薬草は街でいい値段で売れる。
時間を見ては山に入り、採取した薬草を乾燥させている。
溜まった薬草を革袋に入れ、腰に剣を穿き馬を車に繋ぐ。
西の山を越えた先、隣の領へ続く街道沿いにある街まで三時間ほど。
今から出れば、日が落ちる前には余裕で戻ってこられる。
「準備よし!」
両親がいた頃は、街に泊まって翌日に帰る事もあった。
その時に聞く、村とは違う鐘の音を今でもたまに思い出す。
一人になってしまった今は、村から出られるのは朝の鐘と夜の鐘の間だけ。
鐘を鳴らし忘れると、家畜や畑が魔物に荒らされる。
先祖が守ってきた土地を、そんな事で失うわけには行かないのだから。
「さ、出発だ」
この先どれだけの鐘を鳴らすのか、彼には分からない。
晴れの日も、曇りの日も、雨の日も、風の日も、うだるほど暑い朝も、凍えるほど寒い夜も、彼は鐘を鳴らす。
今はその音を耳にするのがたとえ自分一人だけで、誰もいない村に虚しく響くだけだとしても。
この小さな村とも呼べない場所で彼は待つ。
彼の鳴らす鐘の音を、共に聞いてくれる誰かが来るのを。
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(´-ι_-`) カエルノタメニカネハナル ル҉*\( * ॑˘ ॑* )