真岡 入雲

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6/27/2024, 5:17:31 PM


多分それは幼い頃の記憶

場所はよく分からないけど
たぶん、日本だと思う
観光地なのかな?
芝生が広がっていて
海がみえて
…ただそれだけ

あとは、女の人が隣にいて
俺は誰かに抱かれている

たぶん、両親なんだろうな
二人とも嬉しそうなのはわかる
けど、顔ははっきりと見えなくて
ぼやけている

人の顔はぼやけているのに
芝生とか海とかわかるって
不思議でならないけどな

そして今俺は、車を走らせている
目的地まであと10分と
ナビが教えてくれている

週末は大体、ドライブだ
平日の夜にネットで目的地を探しておいて
最近では、金曜の夜から出かける
何故なら目的地が段々と遠くなっているからだ

記憶にあるあの場所を
俺は探している

物心ついた時には両親はいなくて
施設でほかの子供たちと一緒に生活していた
そんなに不便なことは無かった
施設の人も優しかったし
施設のみんなとも仲良くやれた

まぁ、学校でちょっとした
"いじめ"とかあったけど
そんなの些細なことだ

幸い優秀な頭脳と
人に好かれる容姿という
最高のプレゼントを貰っていたから
親がいなくても
人生そこそこイージーモードを進んできた

『目的地付近です。案内を終了します』

優しげなナビの音声が告げる
駐車場らしきところに車を停め
エンジンを切る
シンと静かになった車内は暗く
周囲にも人工の明かりはひとつもなかった

「さて、今回はどうかな…」

フロントガラス越しに見えるのは
夜の海とそれを照らす月の道
窓を開ければきっと
岩場を打つ波の音が聞こえてくるだろう

仕事はそれなりにキツいが
やり甲斐はある
日付が変わる頃に電車に飛び乗ったり
机の下で仮眠を取ったり
夢中になって気がつけば朝とか
ざらにある職場だけど
同僚も上司もいい人ばかりだ
欲を言えば、もう少し給料を上げてもらえれば
会社の近くに部屋が借りられるかなってところか

車があると、なかなか厳しいんです
都心の物件は、ね

今日、正確には昨日は
残業2時間で会社を出て
1時間かけてアパートに戻り
準備していた荷物を持って愛車に乗り込んだ

途中、コンビニで
おにぎり、パン、水と
同期の秦野のイチオシのスイーツ
"ふわふわ天使のミルクレープ"を購入した

高速には乗らず
ナビに従って車を走らせ続けること4時間と45分
太平洋を望むこの場所にたどり着いた

車内灯をつけて
ミルクレープを頬張る
商品名通りふわふわで口溶けが早い
クリームの中にほんの少し入った蜂蜜が
ほのかな甘みと独特の香りを放つ
これはスイーツ好きには堪らない美味しさだ
いや、スイーツ好きじゃなくても堪らないだろう

ぱくぱくと無言で食べ進め
あっという間に完食した

「ご馳走様でした」

施設にいた頃はコンビニのスイーツなんて食べる機会がなかった
まぁ、食べたこともないから
別段食べたいとも思わなかったけれど

初めて食べたのは就職してから
女子社員に進められて買ったのがきっかけ

今ではコンビニだけじゃなく
色々と食べ歩いていたりする
週末のこのドライブも
目的の半分はスイーツだ

「少し寝るかぁ」

日の出まであと三時間弱
次の目的地はここから2時間とちょっと
運転は苦にはならないが
寝不足は判断を鈍らせる
仮眠はしっかりとるべきである



『覚えておいて、ここがパパとママが出逢った場所だよ』
『流石に無理じゃないか?まだ1歳だぞ』
『私達の子だもん、きっと覚えてくれるよ』
『はははっ、頑張れよ。ママは本気だぞ。忘れたら怖いぞぉ』

「………コレは絶対見つけないとなぁ……」

ぼんやりとする思考を
水を飲んで覚醒させる
外を見るといつの間にか
車が3台に増えていた

車から降りて大きく伸びをする
固まった筋肉が小さな悲鳴をあげつつ
少しずつほぐれていく

少し先の芝の上には三脚を広げ
白んできた海に向かって
カメラを構える人が二人

もうすぐ、日が昇る



朝の清々しい空気の中
日が昇ったばかりの海を眺めつつ
車を北へと走らせる

ナビはしばらく道なりを案内し
それっきり静かに画面だけを動かしている

結局ここも記憶にある場所とは違った
またネットで場所探しだ
まぁ、それもまた色々と発見があったりするので
楽しみの一つではある

そして今日は
ホテルのスイーツバイキングを楽しんで
秘境の温泉宿に1泊の予定だ
口コミで女将さんの作る
レアチーズケーキが絶品だと言う最高の宿だ

"ここではないどこか"を探して
おひとり様の週末ドライブは
海岸沿いを走り続ける


6/26/2024, 6:29:55 PM

今でも覚えてる
キミと最初に会った日

親の仕事の都合で
引っ越してきたキミは
随分と機嫌が悪かったよね
引越しの挨拶の時ニコリともせず
終始仏頂面で
僕とは視線さえ合わそうとしなかった

翌日学校の教室で再会した時も
変わらず仏頂面で
自己紹介も小さく名前を言っただけだった

勿体ないなって思ったよ
すごく可愛いのに
仏頂面でいるのはすごく勿体ない

だから僕はキミを笑わせることにした

志村けんのモノマネをしたり
加藤茶のモノマネをしたり
時にはいかりや長介のモノマネもしてみた

クラスのみんなは笑ってくれた
けれどキミは笑ってくれなかった

ダチョウ倶楽部とか出川哲朗とか
コロッケのモノマネを真似て
美川憲一とかもやってみた

それでもキミは笑ってくれなかった
僕はちょっと悔しかった

あの頃のキミは仲の良かった友達と別れて
とても悲しくて寂しかったんだと
後で教えてくれたね

笑わないキミは学校では1人だった
初めは声をかけてくれた子達も
仏頂面で笑いもせず
必要最低限の言葉しか発しないキミを
避けるようになってしまっていた

僕はどうにかしてキミを笑わせないと、と
謎の使命感に燃えていた
けれどキミを笑わせることができずに
1ヶ月が経ったあの日
僕はキミを笑わせることに成功した

その日は僕の誕生日で
頼んでいたケーキを受け取りに行って
戻ってきたところだった

母さんに我儘を言って買って貰った
少し大きなホールケーキ
街でいちばん美味しいケーキ屋さんのケーキ
是非キミにも食べて欲しかったんだ

母さんは危ないからと
ケーキを運ぶのを止めたのに
僕はどうしても自分で運びたかった

いつもより大きなケーキは
少し重かった
だから両手で運ぶことにした

当然足元なんて見えない
けれどここは自分の家の庭
生まれてから10年も住んでいる
もう何百回も何千回も歩いているから大丈夫……
な、はずだった

ツルリ

踏み出した右足が摩擦を失う
残念ながら踏ん張ることはできなかった

宙に投げ出される
僕のバースデーケーキと
地面と平行になる僕の体

「ああぁーっ!」

母さんの叫び声と
視界の端に映ったのは
驚いたキミの顔

やっぱり可愛いなぁ

なんて思った瞬間
白い塊が僕の顔に落ちてきた

んぶふっ

これじゃまるでドリフのコントだな
そんなコトを考えつつ
口に入ったケーキを飲み込む

うん、美味しい

右目の周りのクリームを拭って、ぺろり
左目の周りのクリームも拭って、ペロリ

そして鼻の中に入ったクリームは
勢いよく息を吐き出して、ポンっ

「あははっ、ドリフみたい!」

予想通り、笑ったキミはとても可愛くて
僕の目はキミに釘付けだった

当然、バースデーケーキはダメになったし
母さんにはだいぶ怒られたけど
僕は偶然でもキミを笑わせることができて
とても満足で、とても幸せだった



「調子はどう?」
「んー、ぼちぼちかな」

スルスルと林檎の皮を剥くキミ
随分と上手になった
初めの頃は1個剥くのに
30分はかかっていた

「おばさんが行けなくてごめんなさいって」
「気にしなくて良いのに。俺も来週には19だし、子供じゃないから」
「ふふっ、伝えておくね。はい」

シャリッ

小さく薄く切られた林檎が口の中に入れられる
勿体ぶるように、じっくりとゆっくりと噛みしめる

「夏輝くんの試合、観たかった?」
「まぁね。来年は応援に行くよ。大事な弟の試合だからな」
「……うん、そうだね。はい、林檎」
「ん」

シャリッ

じわりと口の中に甘酸っぱい水分が広がる
外はだいぶ暑くなってきたらしい
ここは全館空調で常に23度に保たれている
そのせいか、季節感がなかなか感じられない

「大学はどう?友達はできた?」
「うん、何人かね。でもみんな授業について行くのに必死だよ。レポートも多いから遊んでる暇は無いなぁ」
「はははっ、頑張れ医大生」

告白したのは、中学に入ってすぐ
他の誰かにキミを渡したくなかった

初デートは水族館
キミが行きたいと言っていたから

初めてキスをしたのは
その年のクリスマス

お互い緊張しすぎて
ほんのチョット
唇が触れ合っただけだった
それでも凄く嬉しくて
その日の夜は
なかなか眠れなかった

勉強に、部活に、恋愛に
あの頃は全てにおいて
一生懸命だった

同じ高校に合格して
一緒に通えることが嬉しかった

部活はせずにバイトを始めた
お小遣いじゃなく
自分で稼いだお金で
キミにプレゼントを贈りたかった

その年のクリスマスは
家族ではなく
君とふたりで過ごした

キミの白い肌に映える
濃い青色の輝石を使った
ネックレスと指輪のセット

キミは凄く喜んでくれて
俺はとても幸せだった

初めは食欲が落ちた
夏だったのもあって、夏バテかと思った

次に、その食欲が戻らないうちに体重が減ってきた
食べる量が減っていたから当然だと思った

そして徐々に体力が落ちてきて
頻繁に腹痛がおきるようになった
何かがおかしいと思い始めたのはこの頃

「林檎、食べる?」
「あーゴメン、もうお腹いっぱいだ」
「うん。じゃぁ残り冷蔵庫に入れておくね。後で食べて」
「ありがとう」

本当にゴメン
全部食べられなくて
前のも結局捨ててしまった

「お皿とか、洗ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」

3年に上がってすぐ
病院に行った

受験の年だったのもあり
体は万全にしておきたかった

けれど、そう簡単な話ではなかった

医者に病名を告げられた時
母親は泣き崩れ
父親は表情を無くした

受け入れるには時間が必要だった

自分の人生が
親よりも短い時間で
終わってしまうであろうことへの
申し訳なさと

この先彼女と共に生きられる
時間の短さに絶望した

「どうしたの?」
「うん?初めて会った日のこと思い出してた」
「!」

瞬間、キミの顔が赤くなる

「ダメ、忘れて!」
「無理だよ。一目惚れした瞬間なんだから」
「えっ?」
「あれ?言ってなかった?」
「聞いてない…って、あの頃の私、不貞腐れてて…全然」
「可愛かったよ。もちろん今も可愛いよ」
「もう、ホント恥ずかしいから」

うん、やっぱり可愛い

キミと同じ大学に通いたかった
長期の休みには2人で旅行したかった

キミのウエディングドレス姿を見たかった
くしゃくしゃに泣いて両親への手紙を読む
キミを抱き締めてあげたかった

子供を抱くキミを見たかった
少し疲れた顔をして
それでも幸せそうに笑うキミを
子供ごと抱き締めて
愛してると伝えたかった

「あ…そろそろ時間だね」
「そうだね」
「そうだ、誕生日プレゼント、欲しいものある?」

"健康な体"
なんて言えない

「物じゃないけど、今欲しいものはある」
「今?来週じゃ駄目なの?」
「ダメじゃないけど、今がいいな」
「うーん、何が欲しいの?」
「お姫様のキスと最高の笑顔」
「ふむ、承知しました」

キミの笑顔は最高だよ
俺を幸せにしてくれる

1度目は軽く唇を合わせるだけのキス
2度目は互いの唇を食むようなキス
3度目は深く互いの愛を確かめ合うキス
4度目は短く名残惜しい気持ちが乗ったキス
5度目は少し恥じらいながら互いの目を見て記憶するキス

病室を去るキミの後ろ姿を
貰った笑顔と共に脳に焼きつける

今日がキミと最後に会った日になるのかも知れないから


6/26/2024, 3:04:11 AM

夜空に開く
夏の大輪

キミは瞳に映った火の華を
瞼を閉じて封じ込める

散りゆく華に照らされた
紅色の頬に指を這わせ

少し開いた唇に
自分のそれをおしあてる

吐息さえも漏らさぬように
キミの熱を奪い取り

俯くキミの耳元で
小さく愛の言葉を紡ぐ

ワタシの世界に小さく咲いた
脆く儚い繊細な花

枯らさぬように
手折らぬように

世界が終わるその時まで
護り続けることを誓おう

6/24/2024, 3:38:13 PM

なぁ、頼みがあるんだ
今すぐ家に帰れ、な?

『 』

あぁ、知ってる。
この商談が成功すれば、昇進できるもんな
そしたら、あいつにプロポーズするんだろう?

『 』

付き合って6年になるもんな
前の会社が倒産して、なかなか次が見つからなくて
そんな状態でも見捨てずに支えてくれた
お前にはもったいないくらい、いい女だよな

『 』

あぁ、だから、頼む
今すぐ帰ってくれ


『 』

今日、あいつ仕事休んだよな?お前の誕生日だからって
お前の好きなビーフシチューを1日がかりで作るんだって言って
きっと今頃、作ってる最中じゃないか?

幸せそうな顔してさ
ちょっと、調子の外れた鼻歌なんか歌ってさ
隠し味に味噌入れて……

見たいだろ?
そんなあいつを

聴きたいだろ?
ズレてるのに微妙に耳障りのいい鼻歌を

なぁ頼むよ、お前にしかできないんだよ
今すぐ帰って、温泉にでも連れて行ってやれよ
あいつをあの部屋から連れ出してくれ

なぁ、頼むよ…

お前、後悔するんだぞ
ずっとずっと、生きている間ずっとだ
1週間後、1ヶ月後、3ヶ月後、1年後、5年後、10年後、20年後
そして46年後の今も、こうして後悔してる

昇進なんかどうでもいい!
昇進しなくたって、死にやしない

プロポーズだって今すぐすればいい
お前はお前なんだから
肩書き1つでお前自身が変わるわけじゃないだろう?

お前はあいつを
肩書きがなければ、結婚してくれないような女だと
思っている訳ではないだろう?

『 』

それなら今すぐ帰って、あいつに言えよ
この先の人生、俺にくださいって

そしたらあいつ絶対に
泣きながら笑って、抱きついてくるよ

なぁ、頼むよ………

俺、あいつにプロポーズしたかったんだ
泣き笑いで抱きついてくるあいつを
腕の中に納めてキスしたかったんだ

そうしたら
俺の人生
すげぇ幸せだったと胸を張って言えるんだ

だから、頼む
あいつを------------------- 。




6/23/2024, 7:58:10 PM

『19時にいつもの店で』

LINEが届いたのは1時間前。
三徹して書き上げた原稿を担当編集に送った直後のことだった。
急いで熱いシャワーを浴びて眠気を追い出し、ボサボサの髪と無精ヒゲを処理する。
クローゼットの中から、先月妹に薦められて買った服を引っ張り出して袖を通す。
それなりに値が張るだけあって、着心地は良い。
財布とスマホを手に家を出て、5分後店に着いた時、彼女は既に1杯目を飲み干した後だった。

「遅い!」

イヤ、まだ19時になってないし…という言葉は呑み込んで、彼女の向かいの席に座る。
突然呼び出されるのは毎度の事。
今の所、俺は彼女からの呼び出しを断ったことがない。
仕事で人と会う予定があったとしても、39度近い熱があったとしても、3日前に転んで足を捻挫していたとしても、だ。
店員にいくつかの料理と烏龍茶を頼んで彼女と向き合った。
2杯目のビールも既にジョッキ半分の勢いでなくなっている。
これは覚悟せねばなるまい。

「ねぇ、運命って何?」

運命、人間の意志を超えて幸福や不幸、悲しみや…って、そういうことを知りたいわけじゃ無いよな。

「何があったんだ?」

店員が運んできた烏龍茶を受け取って一口飲む。
確か、先々月呼び出された時は、新婚旅行はどこに行くのがいいかって、生まれてこの方日本どころか、本州から出た事もない、ほぼ家に引きこもりの34のおっさんに相談してきたんだよな。
まぁ、散々惚気られて俺の心はズタボロになったわけですが。

「……き………た」
「うん?ごめん、聴こえなかった」

そんな睨まれても全然怖くないし、寧ろ可愛いとか思ってしまう所、俺も重症だよな。
まぁ、実際可愛い…いや、美人だしな。
ちょっと吊り目できつい印象は受けるけど、笑うと可愛いし、色白だし胸も大きいし、腰細いしいい匂いするし。
幼稚園の頃から男子に人気あったし、中学に入ってからすぐに彼氏できてたし、大学ではミスコンで優勝もしてたよな。
就職してからも、会社の先輩とか取引先の奴とか街コンで出会った男とかと付き合ってたし、今の男はマッチングアプリで知り合ったんだろ?
えーと確か…3年、いや、4年付き合ってるのか。
次のふたりの記念日、来年春に結婚するんだって言ってたよな、薬指にはめた指輪見せびらかして。
お陰様でその時の原稿、書き直し喰らいまくったわ。
んで、式場とか見て回って場所探ししてるって……、ん?指輪が無いな、そう言えば。

「浮気してた」
「お前が?」
「違うわよ!あっちが!」

追加で注文したビールが届いた。
それ、3杯目だよな、ペース早すぎじゃないか?

「今日、デートの予定だったの。で、待ち合わせのカフェに行ったら女と一緒にいて…」

そしてそのまま彼女は何も言わず俯いた。
顔を隠すように流れた髪の隙間から、ぽたりぽたりと小さな雫が落ちている。

「知り合いか、誰か…なのかとおもっ…て、そし…た…ら……」
「……うん、そしたら?」
「………妊娠してるって言うのよ!しかももう少しで5ヶ月だって!それにその子22歳なのよ、信じられる?22よ、私達より一回りも下なの。あいつとは15も離れてるのよ?」
「もしかして…」
「そうよ、新入社員よ。教育係として仕事を教えているうちに、とか言ってたけど、入社して2ヶ月で種しこ、もがっ」

咄嗟に彼女の口にサイコロステーキを放りこんだ。
いくら騒がしい居酒屋だからと言っても、お下品な言葉は控えようか。

「あ、このステーキ柔らかくて美味しい」
「それは良かった」
「…可愛い子だったわ。何ていうの、こう、ふわふわしてて、護りたくなるような?」

そういう子に限って腹黒いものだよ。
うん、これはきっと初めから狙ってたんじゃないか。
大手企業の役職付きで、確か親は既に鬼籍に入っているんだったか。
そうなれば、介護の心配もなくて、親が残した家も土地もあるし、超優良物件だよな。
ちょっとこう弱いフリして誘い込んで、1度寝てしまえば後は済し崩し的にってところか。

このサイコロステーキ本当、美味しいな。
このガーリックがきちんと役目を果たして…って、え、もう3杯目飲み終わったの、早すぎる。
次は日本酒って、泊まっていく気だな…はぁ…。

「"僕たちが出会ったのは運命なんだ"とか言って、2人で手を握ってみつめあっちゃったりして、もう、ドン引き。指輪突き返して帰ってきたわ」
「おつかれ。でも良かったんじゃないか、結婚する前で」
「まぁ、そうよね。うん、そういうことにするわ。いい勉強になった!」
「そうだな」

それから1時間もしないうちに彼女は酔いつぶれ、彼女を背負って俺は店を出た。

「おーい、大丈夫か?」
「……ねぇ」
「うん?」
「私って魅力ない?」
「…十分、魅力的だよ」
「でも、22の小娘に負けた……」
「それは…」
「ほら、やっぱり魅力ないんだぁ!」
「ちょっ、暴れるな。落ちるぞ」

足をばたつかせて、あ、ほら、ヒール落ちた。
アスファルトに投げ出されたヒールを拾って、彼女を背負い直す。
ついでにもう片方のヒールも脱がせてしまう。
ヒールに傷がつくと怒られるのは何故か俺で、その度に1足プレゼントさせられる。

「悔しいよぅ…」
「うん」
「辛いよぅ…」
「うん」
「やっと結婚できると思ったのにぃ…」
「……そんなに結婚したいのか?」
「したいぃ、結婚したいよー」
「………なら、俺とするか?」

どうせ、明日になれば忘れてる。

「いいの?」
「あぁ」
「本当に?」
「本当だ」
「じゃぁ、指切り!」
「は?この体勢で?」
「はやく!」
「わっ、暴れるなって、本当に落ちるぞ」
「ゆーびーきーりー!」
「ったく、ちょっと待て……、いいか、絶対動くなよ、ほら」

彼女を背中に乗せたまま少し前屈みになる。
彼女を右手だけで支えて、左の小指を差し出した。

「ゆぅびきーりげんまん♪」

彼女が歌うこの歌を子供の頃はよく聴いた。
何か約束する度に指切りをさせられた。
それは、遊びの約束だったり、勉強を教える約束だったり。
でも、いつの間にかしなくなっていた。

「嘘ついたら、ラムせんぼんのぉます、ゆびきったぁ……」

下戸の俺にラム酒千本飲ませたら死ぬぞ、コラ。
あっという間に規則正しい寝息を立て始めた彼女を背負って、残りの家路を急ぐ。
重くは無いし、体力的にも問題は無い。
あと1時間以上はこのまま背負って歩ける。
けど背中にあたる双丘の柔らかさと、首筋にあたる寝息、そして三徹明けのヤバいテンションの脳ミソのせいで、理性が持たない。

「あー、覚えててくれねぇかなぁ…」

俺の呟きは夜の闇に吸い込まれていった。



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