多分それは幼い頃の記憶
場所はよく分からないけど
たぶん、日本だと思う
観光地なのかな?
芝生が広がっていて
海がみえて
…ただそれだけ
あとは、女の人が隣にいて
俺は誰かに抱かれている
たぶん、両親なんだろうな
二人とも嬉しそうなのはわかる
けど、顔ははっきりと見えなくて
ぼやけている
人の顔はぼやけているのに
芝生とか海とかわかるって
不思議でならないけどな
そして今俺は、車を走らせている
目的地まであと10分と
ナビが教えてくれている
週末は大体、ドライブだ
平日の夜にネットで目的地を探しておいて
最近では、金曜の夜から出かける
何故なら目的地が段々と遠くなっているからだ
記憶にあるあの場所を
俺は探している
物心ついた時には両親はいなくて
施設でほかの子供たちと一緒に生活していた
そんなに不便なことは無かった
施設の人も優しかったし
施設のみんなとも仲良くやれた
まぁ、学校でちょっとした
"いじめ"とかあったけど
そんなの些細なことだ
幸い優秀な頭脳と
人に好かれる容姿という
最高のプレゼントを貰っていたから
親がいなくても
人生そこそこイージーモードを進んできた
『目的地付近です。案内を終了します』
優しげなナビの音声が告げる
駐車場らしきところに車を停め
エンジンを切る
シンと静かになった車内は暗く
周囲にも人工の明かりはひとつもなかった
「さて、今回はどうかな…」
フロントガラス越しに見えるのは
夜の海とそれを照らす月の道
窓を開ければきっと
岩場を打つ波の音が聞こえてくるだろう
仕事はそれなりにキツいが
やり甲斐はある
日付が変わる頃に電車に飛び乗ったり
机の下で仮眠を取ったり
夢中になって気がつけば朝とか
ざらにある職場だけど
同僚も上司もいい人ばかりだ
欲を言えば、もう少し給料を上げてもらえれば
会社の近くに部屋が借りられるかなってところか
車があると、なかなか厳しいんです
都心の物件は、ね
今日、正確には昨日は
残業2時間で会社を出て
1時間かけてアパートに戻り
準備していた荷物を持って愛車に乗り込んだ
途中、コンビニで
おにぎり、パン、水と
同期の秦野のイチオシのスイーツ
"ふわふわ天使のミルクレープ"を購入した
高速には乗らず
ナビに従って車を走らせ続けること4時間と45分
太平洋を望むこの場所にたどり着いた
車内灯をつけて
ミルクレープを頬張る
商品名通りふわふわで口溶けが早い
クリームの中にほんの少し入った蜂蜜が
ほのかな甘みと独特の香りを放つ
これはスイーツ好きには堪らない美味しさだ
いや、スイーツ好きじゃなくても堪らないだろう
ぱくぱくと無言で食べ進め
あっという間に完食した
「ご馳走様でした」
施設にいた頃はコンビニのスイーツなんて食べる機会がなかった
まぁ、食べたこともないから
別段食べたいとも思わなかったけれど
初めて食べたのは就職してから
女子社員に進められて買ったのがきっかけ
今ではコンビニだけじゃなく
色々と食べ歩いていたりする
週末のこのドライブも
目的の半分はスイーツだ
「少し寝るかぁ」
日の出まであと三時間弱
次の目的地はここから2時間とちょっと
運転は苦にはならないが
寝不足は判断を鈍らせる
仮眠はしっかりとるべきである
『覚えておいて、ここがパパとママが出逢った場所だよ』
『流石に無理じゃないか?まだ1歳だぞ』
『私達の子だもん、きっと覚えてくれるよ』
『はははっ、頑張れよ。ママは本気だぞ。忘れたら怖いぞぉ』
「………コレは絶対見つけないとなぁ……」
ぼんやりとする思考を
水を飲んで覚醒させる
外を見るといつの間にか
車が3台に増えていた
車から降りて大きく伸びをする
固まった筋肉が小さな悲鳴をあげつつ
少しずつほぐれていく
少し先の芝の上には三脚を広げ
白んできた海に向かって
カメラを構える人が二人
もうすぐ、日が昇る
朝の清々しい空気の中
日が昇ったばかりの海を眺めつつ
車を北へと走らせる
ナビはしばらく道なりを案内し
それっきり静かに画面だけを動かしている
結局ここも記憶にある場所とは違った
またネットで場所探しだ
まぁ、それもまた色々と発見があったりするので
楽しみの一つではある
そして今日は
ホテルのスイーツバイキングを楽しんで
秘境の温泉宿に1泊の予定だ
口コミで女将さんの作る
レアチーズケーキが絶品だと言う最高の宿だ
"ここではないどこか"を探して
おひとり様の週末ドライブは
海岸沿いを走り続ける
6/27/2024, 5:17:31 PM