真岡 入雲

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今でも覚えてる
キミと最初に会った日

親の仕事の都合で
引っ越してきたキミは
随分と機嫌が悪かったよね
引越しの挨拶の時ニコリともせず
終始仏頂面で
僕とは視線さえ合わそうとしなかった

翌日学校の教室で再会した時も
変わらず仏頂面で
自己紹介も小さく名前を言っただけだった

勿体ないなって思ったよ
すごく可愛いのに
仏頂面でいるのはすごく勿体ない

だから僕はキミを笑わせることにした

志村けんのモノマネをしたり
加藤茶のモノマネをしたり
時にはいかりや長介のモノマネもしてみた

クラスのみんなは笑ってくれた
けれどキミは笑ってくれなかった

ダチョウ倶楽部とか出川哲朗とか
コロッケのモノマネを真似て
美川憲一とかもやってみた

それでもキミは笑ってくれなかった
僕はちょっと悔しかった

あの頃のキミは仲の良かった友達と別れて
とても悲しくて寂しかったんだと
後で教えてくれたね

笑わないキミは学校では1人だった
初めは声をかけてくれた子達も
仏頂面で笑いもせず
必要最低限の言葉しか発しないキミを
避けるようになってしまっていた

僕はどうにかしてキミを笑わせないと、と
謎の使命感に燃えていた
けれどキミを笑わせることができずに
1ヶ月が経ったあの日
僕はキミを笑わせることに成功した

その日は僕の誕生日で
頼んでいたケーキを受け取りに行って
戻ってきたところだった

母さんに我儘を言って買って貰った
少し大きなホールケーキ
街でいちばん美味しいケーキ屋さんのケーキ
是非キミにも食べて欲しかったんだ

母さんは危ないからと
ケーキを運ぶのを止めたのに
僕はどうしても自分で運びたかった

いつもより大きなケーキは
少し重かった
だから両手で運ぶことにした

当然足元なんて見えない
けれどここは自分の家の庭
生まれてから10年も住んでいる
もう何百回も何千回も歩いているから大丈夫……
な、はずだった

ツルリ

踏み出した右足が摩擦を失う
残念ながら踏ん張ることはできなかった

宙に投げ出される
僕のバースデーケーキと
地面と平行になる僕の体

「ああぁーっ!」

母さんの叫び声と
視界の端に映ったのは
驚いたキミの顔

やっぱり可愛いなぁ

なんて思った瞬間
白い塊が僕の顔に落ちてきた

んぶふっ

これじゃまるでドリフのコントだな
そんなコトを考えつつ
口に入ったケーキを飲み込む

うん、美味しい

右目の周りのクリームを拭って、ぺろり
左目の周りのクリームも拭って、ペロリ

そして鼻の中に入ったクリームは
勢いよく息を吐き出して、ポンっ

「あははっ、ドリフみたい!」

予想通り、笑ったキミはとても可愛くて
僕の目はキミに釘付けだった

当然、バースデーケーキはダメになったし
母さんにはだいぶ怒られたけど
僕は偶然でもキミを笑わせることができて
とても満足で、とても幸せだった



「調子はどう?」
「んー、ぼちぼちかな」

スルスルと林檎の皮を剥くキミ
随分と上手になった
初めの頃は1個剥くのに
30分はかかっていた

「おばさんが行けなくてごめんなさいって」
「気にしなくて良いのに。俺も来週には19だし、子供じゃないから」
「ふふっ、伝えておくね。はい」

シャリッ

小さく薄く切られた林檎が口の中に入れられる
勿体ぶるように、じっくりとゆっくりと噛みしめる

「夏輝くんの試合、観たかった?」
「まぁね。来年は応援に行くよ。大事な弟の試合だからな」
「……うん、そうだね。はい、林檎」
「ん」

シャリッ

じわりと口の中に甘酸っぱい水分が広がる
外はだいぶ暑くなってきたらしい
ここは全館空調で常に23度に保たれている
そのせいか、季節感がなかなか感じられない

「大学はどう?友達はできた?」
「うん、何人かね。でもみんな授業について行くのに必死だよ。レポートも多いから遊んでる暇は無いなぁ」
「はははっ、頑張れ医大生」

告白したのは、中学に入ってすぐ
他の誰かにキミを渡したくなかった

初デートは水族館
キミが行きたいと言っていたから

初めてキスをしたのは
その年のクリスマス

お互い緊張しすぎて
ほんのチョット
唇が触れ合っただけだった
それでも凄く嬉しくて
その日の夜は
なかなか眠れなかった

勉強に、部活に、恋愛に
あの頃は全てにおいて
一生懸命だった

同じ高校に合格して
一緒に通えることが嬉しかった

部活はせずにバイトを始めた
お小遣いじゃなく
自分で稼いだお金で
キミにプレゼントを贈りたかった

その年のクリスマスは
家族ではなく
君とふたりで過ごした

キミの白い肌に映える
濃い青色の輝石を使った
ネックレスと指輪のセット

キミは凄く喜んでくれて
俺はとても幸せだった

初めは食欲が落ちた
夏だったのもあって、夏バテかと思った

次に、その食欲が戻らないうちに体重が減ってきた
食べる量が減っていたから当然だと思った

そして徐々に体力が落ちてきて
頻繁に腹痛がおきるようになった
何かがおかしいと思い始めたのはこの頃

「林檎、食べる?」
「あーゴメン、もうお腹いっぱいだ」
「うん。じゃぁ残り冷蔵庫に入れておくね。後で食べて」
「ありがとう」

本当にゴメン
全部食べられなくて
前のも結局捨ててしまった

「お皿とか、洗ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」

3年に上がってすぐ
病院に行った

受験の年だったのもあり
体は万全にしておきたかった

けれど、そう簡単な話ではなかった

医者に病名を告げられた時
母親は泣き崩れ
父親は表情を無くした

受け入れるには時間が必要だった

自分の人生が
親よりも短い時間で
終わってしまうであろうことへの
申し訳なさと

この先彼女と共に生きられる
時間の短さに絶望した

「どうしたの?」
「うん?初めて会った日のこと思い出してた」
「!」

瞬間、キミの顔が赤くなる

「ダメ、忘れて!」
「無理だよ。一目惚れした瞬間なんだから」
「えっ?」
「あれ?言ってなかった?」
「聞いてない…って、あの頃の私、不貞腐れてて…全然」
「可愛かったよ。もちろん今も可愛いよ」
「もう、ホント恥ずかしいから」

うん、やっぱり可愛い

キミと同じ大学に通いたかった
長期の休みには2人で旅行したかった

キミのウエディングドレス姿を見たかった
くしゃくしゃに泣いて両親への手紙を読む
キミを抱き締めてあげたかった

子供を抱くキミを見たかった
少し疲れた顔をして
それでも幸せそうに笑うキミを
子供ごと抱き締めて
愛してると伝えたかった

「あ…そろそろ時間だね」
「そうだね」
「そうだ、誕生日プレゼント、欲しいものある?」

"健康な体"
なんて言えない

「物じゃないけど、今欲しいものはある」
「今?来週じゃ駄目なの?」
「ダメじゃないけど、今がいいな」
「うーん、何が欲しいの?」
「お姫様のキスと最高の笑顔」
「ふむ、承知しました」

キミの笑顔は最高だよ
俺を幸せにしてくれる

1度目は軽く唇を合わせるだけのキス
2度目は互いの唇を食むようなキス
3度目は深く互いの愛を確かめ合うキス
4度目は短く名残惜しい気持ちが乗ったキス
5度目は少し恥じらいながら互いの目を見て記憶するキス

病室を去るキミの後ろ姿を
貰った笑顔と共に脳に焼きつける

今日がキミと最後に会った日になるのかも知れないから


6/26/2024, 6:29:55 PM